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タバコ屋

芳山教授の日々道楽「たばこ屋」


久しぶりに飲んだ。


ゼミの学生との懇親会。

楽しかった。だいぶ飲んだ。

飲み過ぎたか?

まぁ、いい。

……

学生たちは帰って行った。

最近の学生は真面目だ。皆、一次会で帰る。

少し物足りない。もう少し飲んでいこう。

「おやじ、焼酎もう一杯」

……

……

「おっとっとっと」

「はい、どうぞ」

「すまん、すまん」

ふと気付くと、見知らぬ男が隣に座っていた。

「君〜は、ウチのゼミの学生だったかな?」

「いいえ、違います」

「君〜は、誰だ?」

「私くし、日本利き煙草協会 煙草ソムリエマイスター板垣宗一郎と申します」

名刺を出す男。

なぬ!

珍しい職業だ。初めて聞いた。

利き酒と言う言葉は聞いた事があるが、利き煙草とは、そんな協会があるのか?

煙草柄の蝶ネクタイに目がいく。

よく見ると、チャップリンとシャーロックホームズを足して二で割った様な格好をしていた。

怪しい…

「世間の皆様に煙草のおいしさと素晴らしさをお伝えしようと、全国行脚しております」

「よろしかったら、どうぞ、こちらの葉巻も販売しておりますよ」

そう言って、男はアタッシュケースを出した。

カチャ、

たくさんの葉巻が並んでいる。

そこから一本取り出し、私の前に置いた。

うーん、いい香りだ。

ここからでも香りが良いのが解る。

私も、愛煙家の友人は多いが、今まで葉巻を吸う者は一人もいなかった。

初めて見た。

だが、良い物の価値は解る。

これは良質だ。

「換気扇を消してください」

男は、居酒屋のおやじに言った。

シュン、換気扇が止まる。

「まず、鼻で葉巻の香りを嗅いでみて下さい」

クンクン、

鼻に葉巻を近づけてみる。

「どうですか?」

「いい香りでしょう」

「うん、いい香りだ」

「一本4000円ですが、いかがでしょう?」

「この位の物じゃないと、葉巻の良さは解りませんよ」

「まあ、少々高いが滅多にない機会だ。買う事にしよう」

「ありがとうございます」

「では、まず、シガーカッターで前後を切ります」

カシッ、カシッ、

おっ、よく切れる。

「次に、火を近づけ、ゆっくりと回します」

ボッ、徐々に火が着いていく。

「そして、口に咥えます」

「さらに、強くふかします」

スウー、スウー

「どうですか?」

ゴホゴホ、ゴホ

「難しいな」

「こうです」

スウーッ、ぷふぁー

「おお、上手いな」

「こうか」

スウーッ、ぷふぁー

「そうです、上手です」パチパチ

生まれて初めての葉巻、

いいじゃないか。

煙草とは違った、高級な、甘辛い、まろやかな芳醇スパイシーアロマの香り。

うーん、美味い。

「決して肺に吸わないで下さいね。口の中に含み、煙を転がす様に味わって下さい」

やってみる。

スウーッ、クル、クル、ぷふぁー

高級な味、

私自身も高級になった気分だ。

ハッハッハッハッ、

アメリカの俳優が吸っていたのを思い出す。

たまには、いいだろう。こんな贅沢も必要だ。

私は葉巻の煙に、どっぷりと全身を包まれた。決して嫌味ではない良味な香り。高級な香りが全身を包見込む。

心が喜ぶ。

時を忘れる…

……

……

いつの間にか、煙草ソムリエは、煙の様に消えていた…

……

……

シューーン

居酒屋のおやじが、換気扇を回した。

基本、店内は禁煙だった。

「悪かったな、おやじ」

私は札を出し、釣りをチップにした。

いい経験をした。

香りも五感の一つだ。

今時は、愛煙家の住みずらい世の中だ。

頑張って欲しい。

煙草の火を消さないでくれ、

この名刺は、私の隠れ家ナンバーに入れておこう。


香りの良い、金曜日の夜だった。


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