床屋
芳山教授の日々道楽「床屋」
髪の毛が伸びた。
散髪に行こう。
私は、今時のチャラチャラとした美容室が大嫌いだ。ブティックだが、美容室だか区別がつかない。
格好もそうだ。
普段着で、しかも、帽子をかぶり、腕にはガチャガチャと腕輪が、
あれで仕事ができるのか?
私には理解ができない。
やはり、散髪と言ったら床屋だ。
あのクルクルと回るサインポールと言うものが昭和文化を象徴している。
よき時代のよき文化。
床屋は日本文化の宝だ!…
丁度いい店を見つけた。
古そうだ。築50年は経っている。
いい雰囲気だ。
ここに入ろう。
予約などはしない。私は、切りたい時に切る。
それが、ポリシーだ。
ギーッ
ドアを開ける。
「いらっしゃいませー」
女性が出迎えた。
頑固そうなおやじがチラリと見る。
無言、
いい感じだ。
気に入った。
私は、こういう頑固なおやじが大好きだ。
床屋なのに髭面、短髪ボサボサの髪、
うんうん、ますます気に入った。
夫婦でやっているのか?
おやじが散髪をし、夫人が顔剃りをしている。
「少々お待ちください」
夫人が言った。
「はい」
待合椅子に座る。
柔らかず硬からず、いい感じの椅子だ。
私は待つのは好きだ。
待つ間、今後起きる色々なでき事を想像するのが楽しい。
たまに、想像もつかない事も起きるが、
カチャ、カチャ、
ハサミの音が耳に響く。
いい音だ、
心が落ち着く。
これから散髪をする気持ちの準備が、でき上がる。
おやじの仕事を見てみる。
上手い!
見事な角刈りだ。
素晴らしい、定規で線を引いた様な角度。テキパキとした動き。
無駄がない。
下手な技術者こそ、無駄な動きが多い。
カッコだけは一人前だが、身体と手が噛み合ってない奴もいる。
しかし、上手い。
ここのおやじは、上手い!
只者じゃない。
よく見ると、
店の奥にトロフィーが転がっている。
雑然と置いてある。
このおやじのか?
優勝したのか?
普通、優勝したりすると、店の前に飾ったり目立つ所に置くが、ここは違う。あんな風に邪魔そうには置くなんて、決して自慢してない。
いい、
そこがいい、
いい店を見つけた。その心意気が気に入った。
静かだ、
BGMはラジオだけ。
「へい、お待ち」
私の番が来た。
タオルでクセを直し、散髪が始まる。
サクッ、サクッ、
刈り始める。
なぬ!
注文を聞かないのか?
サク、サク、
どんどん進む。
サク、サク、
どんどん刈り進める。
まあ、私の髪型は普通の髪型なので問題は無いが、
しかし、気分が変わって「パーマをかける」と言ったらどうする?
サク、サク、
黙々と進めるおやじ。
待てよ、さっき終わった客といい、その前の客といい、皆、角刈りだった。
もしかして、ここは角刈り専門店!
まずいぞ、
明日は、講義がある日だ。学生たちに驚かれてしまう。
困った、
「あの〜」
ギロ、
鋭い形相のおやじ。
言えない、
さすがの私でも、このおやじの形相には言葉が出ない。
夫人に助けを、
いない。
いつの間にか、夫人は奥へと引っ込んでいた。
どうしよう、
言うべきか、言わざるべきか、
ギロッ、
このおやじの目が怖い…
今なら、まだ間に合う。言おう、
「普通の髪型にしてください」
「お願いします」
ああっ、言えない。
カチ、カチ、カチ
時計の針は進む。
カチャ、カチャ、カチャ
ハサミの音は響く…
……
……
パンパン、タオルを外す。
終わった、
カッコいい、カッコいいじゃないか!
角刈りではない、私の理想通りの髪型だ。
いい、
文句なし、言う事なし、
何も言っていないのに、何故、私の好みが解る?
おやじがニヤリと笑う。
お代を払う。
「ありがとうございました」
夫人の笑顔。
気持ちが良かった。
最高だ。
しかし、あのおやじ、心が読めるのか?
それとも、職人というものは、ああいうものなのか?
まあ、いい。
私の隠れ家ナンバーに入れておこう。
時計を見る。
まだ、日没には時間がある。少し、散歩をしよう。
さっぱりした気持ちのいい、
土曜日の午後だった。




