一)見世物一座とケダモノの子 2
「ヨッ」
威勢の気合いが小屋の奥から鳴り渡る。小屋の中には、舞台があった。間口は八間、奥行五間。手前に広がる空間は目算でも三百人が胡坐をかける。詰めれば倍は入るだろう。中は遮光がなされて薄暗く、客が足元を外さぬ程度に灯が点けられていた。すでに三人の演者が客には見えた。舞台の上で踊っている。
太鼓を抱える髭面巨漢、六連鼓を背負った細身の女、輿に座って横笛を吹く若坊主。彼らの音曲は小屋の中を軽やかにする色である。三人はそれに合わせて自ら楽しげに跳ね回っているものだから、驚いたのは客の方だ。
「ひゃあ、もう始まってんのかい」
「見ろよ、輿にいるのは笛吹き洋兵衛じゃねえか、豪奢なこった」
「花形かい」
「その一人。横の打ち物ふたりは初顔だがな」
「新入りか」
「とはいえ一座の芸持ちだ、はやくいい場所座ろうぜ」
客入れから花形を見せる外連味は、人を前へと寄せ付ける。舞台上の者達は体のいたるところに朱や緑、黒に茶の派手な化粧を施している。それに見合う技芸の質を〈讃礼の舞踏団〉は保証する。髭面巨漢が前に躍り出て、太鼓を乱れ打つ。
「ギュウグッ」
野太い声が発されて、入れ替わりで六連鼓の女が出る。しなやかな手さばきで奏でる鼓の音色に客席から拍手が起きた。女はにかっと笑んで叫ぶ。
「タヅナッ」
巨漢と女が舞台奥に視線をやる。そのとき場内にある灯篭がいっせいに消され、あたりは暗黒に包まれた。ただ一箇所をのぞいては。輿の上で、ぽぅ、と灯る燭台がふたつ。かぼそい光はまわりを照らす。数瞬も経たずして静寂を迎えた舞台には、一本の笛だけが浮かんで見えた。
「ヨウベエッ」
闇の中から声が聴こえた。それからは、場内の空気が強烈に変わった。竹筒と吸気がこすれる音。耳を澄まさないと聞き取れない、そんな些細な音だけで客座にいる者達の背筋がぴんと伸びたのだ。
それは、息を吸って吐くだけの、いわば誰でもできる事。ちょうど手頃な竹筒が指に乗っているだけである。その指がちろちろと竹筒に空いた穴の上を行ったり来たりするだけの事。難しい話をしているのではない。芸人とは、こんな《《簡単な事》》で他人の心に干渉するほど《《それ》》を極めた者をさすのだ。
誰もがみな、闇の中に響く音色を心に浸透させていた。その世界に吹き手は存在していない。ただ一朶の曲が竹の筒から流れ出ているだけなのである。今や見物客の心はすべて笛の音色そのものとなった。
ぴゃっと、音曲が攻めに転じる。音の符がにわかに波立ち、一気呵成の相をなして客席に殺到した。聞く者達は気づいていないが自然と体が前のめりになっている。そればかりではない額に汗がにじみ出ている。
笛の音色はまだ昂る。鬼気迫る情があぶれだし、身の奥から魂魄が熱を帯びて吶喊せんと気迫を語る。
音色は歌う、我はここに存在すると。音色は叫ぶ、我を見ろと。
――ひぃやっ
太鼓が打ち鳴らされた。