一)見世物一座とケダモノの子
稙田砦の見下ろす平野に初夏の風が吹き抜ける。風は若草を撫でていく。青く晴れた陽の光がさし、あたりに緑の匂いを満たしている。
風はやがて街道に吹く。砦を包む山の間はいくつか道があるのだが、稙田の西へ行った碑佐山への道すがらには山桜の森があり、つい一ト月前まで見頃だった。
ただ戦のために見物客は集まらなかった。宴会幟や紅白幕の代わりに旗指物と陣幕が山桜を見上げたのである。
合戦、合戦、小国同士の小競り合い。その戦も恐ろしかった。国境を獲った奪られたのせめぎ合いでも、刃物で切ったら人は死ぬのだ。遺骸を弔うのは生き残れた人ばかりである。
(また、地蔵を一つ彫っておくか)
拝めるものがあったら喜ぶ人は少なくない。
ま、とにかく今は商売、商売。首筋をスパンと叩いて音を鳴らした。
「だから、押すなつってんだろう、お席はあるから並んだ並んだっ」
人波が押し寄せている。農民、浪人、揉み烏帽子にほっかむり、風体は皆不揃いであるが富んでもないのは一目でわかる。人の集いから立ち込める熱気そして人間の臭い。そこに溜まる者共はやれ「まだか」だの「はよしろ」だのといきり立ってざわめいている。
なにゆえ彼らは殺到するのか……理由なんざ一つだけである。
「整った」
平野の地面に杭を打つ天張り小屋を前にして、小さな老爺馬佐良は叫んだ。
壮齢をとっくに過ぎた小男だ。背丈は四尺。白髪頭を蝋で逆立て、左右に毛先を分けている。瞼の形は捻くれ者のそれであるが、瞳の艶に衰えはない。浅葱色でそろえた上下の下は軽衫袴。ベンガラの赤に染めた羽織は肩がやけに張り出す意匠。
出で立ちは珍妙きわまりない。そんな珍妙老人馬佐良を目にする者たちの顔は楽しげである。馬佐良も彼らにちらりと歯を見せ、いつものように据え置いてある台に立つ。老爺の口でにやりと皺が深くなる。
「トザイ、トーザイ」
発せられたのは、芯から張った通る声。
「見世物一座、旅芸人。馬佐良が大将筆頭に一芸持つ者引き連れて、北は奥州、南は薩州いずこの土地にも居付かない流れ者の玉手箱。風の噂か捕縛のお触れか、名を知るアイツはだいたいウチの子。寄ってらっしゃい見てらっしゃい、日の本一の見世物小屋だよっ」
天張り小屋の入り口に、掛け看板が据えてある。木彫りの線に墨を入れ、読んでみせるは〈讃礼の舞踏団〉と荒文字書きの大仰きわまる看板だ。
合戦あるたび棲み処を追われて笑いを失くした民草に、顔面崩壊まったなし、カブいた夢を見せてやろう。どこの殿にも取り入らぬいわば破落戸、その名は御褒美。
ばさらものが集まった、大胆不敵の見世物衆。
「さあお立ち合いよ、お立ち合い。我らが見世を始める時分だ、いずれも様もとくとご笑覧あそばされませ」
天張り小屋の幔幕を上げ、馬佐良の声は初夏に響いた。