裏切り
ガチャン。
屋上に着くと少し強めだが心地いい風が肌をなでる。
「あぁ~いい空気だな。やっぱ病院とはいえ人が多いからな。そとの空気はうまい。」
「ホントですね。つい昨日あんなことがあったのがウソみたいです。」
晴れやかな気分が少しでもあるのは、自分と同じ境遇を経験している人が目の前にいるという安心感からだろう。
「そうだな。俺も凪斗くんがいてくれて心強いよ。」
少し太陽に影がかかってきた。街の一部がすっぽりと穴に落ちたかのように暗くなる。
「でもよぉ凪斗くんよぉ。おめぇ、よくバカだって言われないか?お人よしだとかよぉ。」
・・・?さっきまでの親近感はどこへいったのだ。空気が変わる。それもよくない方に。
「おめぇ、よく宗教勧誘とかお得な商品だとか、ワンクリック詐欺ってヤツに騙されるんじゃねーの?こんな簡単に引っかかるとかよぉ。」
数秒沈黙が生まれる。その沈黙はさらに早いスピードで俺の心に危機感の警報を鳴らす。
何か、ヤバい。そう感じて間もなく、俺の体は吹っ飛ばされた。
ドゴォ。ガシャーン。
鈍いからだに響く音と落下防止のフェンスに強く打ち付けられる音。すごいパワーで殴り飛ばされた。
何が起こってるんだ!?と男の方を向くと、そこには銀二という男ではないものがいた。
いや、銀二という男から何か出ている。そのまま化身のように体の何倍かの大きさの、馬の姿をした鬼神のような、それでいて背景が少し透けているものが銀二という男から出ている。当の銀二という男の目は虚ろだ。先ほど病室に入ってきたときのように釣り人形のように動いている。
「まさかこんな俺に運が向いているとは思わなかったぜぇ!!『ノスフェラトスの眷属様』と相まみえるとはよぉ!!!しかもこんな弱っちいヤツが!!」
眷属とかいったが・・・どういうことだ?コイツはノスフェラトスとは違うのか!?
いろいろ考えるが、今懸念すべきは自分の命。先ほどの拳の威力からして手加減しようという気はなさそうだ。あと何発か食らったら確実に死ぬ。
「なぁよお?なんてノスフェラトスだった?名前は名乗っていなかったか?」
黙っていてはまた何かしらの攻撃をされる。内臓がひっくり返りそうな気分の悪さを覚えながら答える。
「シャ、シャーロット・・・。」
すると上機嫌な化け物はさらに大きな声で高らかにハッハッハと笑う。
「こんな偶然があっていいのかよぉ!!!俺を足蹴にしてあざ笑いやがったあのクソったれお嬢様シャーロットの眷属様が目の前で苦しそうに転がってるとかよぉおお!!!」
絶望。圧倒的な力の差だけではない。同じ境遇で、絶望を超えた先にあったほんの少しのほのかな希望の灯、友情さえ失った。ゆっくりと燃えていくロウソクの炎に上からバケツで水をかけられて一瞬にして暗闇になったかのような、深い絶望だ。
同時に、聞き覚えのある声が響く。
「抜いて・・・!!」
なんだ・・・?
「早く抜いて!!!!!」
ロロの声だ。その時、攻撃でできたダメージではないヒリヒリとした痛みの正体に気づく。
あの紋章だ。あの紋章が微量ながら光を放って、うずうずと何かを繰り出そうとしている。