包帯少女
翌日。今日はあの夢の世界には入らなかった。
夢を見たとき、そのままキヲクの引き出し倉庫に入る。
倉庫というよりは図書館みたいなイメージの方が近いんだけれども。
とにかく今日は昨日からツギハギのない一日。
どうも気分がさっぱりしない。長島という男も悪い奴ではないにしろあまり空気感には馴染みづらい。
今日も大学で講義を受けて、一方で復讐のためにあの吸血鬼の情報を集めて・・・。
自分が今正しいことをしているのかわからなくなる。
昼間に講義を受けている自分は紛れもなく普通の大学生だ。
このまま何も考えずに普通の人生のために行動し続けたほうがいいんじゃないか。
そんな気がする。というかそっちの生き方があってるんだと思う。
だけどそう思う度、あの吸血鬼の言葉が甦ってくる。
”僕を殺しに来い”
たった数日前のあの時は嘲笑の意を込めたように聞こえてたと思ったのに、
まるでそうして欲しいと言わんばかりの”希望”を感じるような。
この気持ちが復讐心なのか、見えない何かを追い求めているのか
よくわからなくなっていた。
今日は茶花はいないのか、そういえばアイツ今日はバイトか。
実家の手伝いと居酒屋のバイトを兼業していて、大学にしてはそこそこ稼ぎもいいんだったな。
講義が夕方頃に終わり、帰路につこうとする。
今日はまるで平和そのものだ。
デーモンも、ノスフェラトスもこの時間・この空間にはいない。
だけど校門に黒崎メンドウがいることで、非日常が近づく気配があった。
アイツ、ずっと同じ服なのか。
黒のワイドパンツに黒のパーカー。
名前にも黒が入っていて、コイツは何を闇に隠したいんだか。
来たか。と黒崎が挨拶も無しに話し始めた。
「僕がいない間にもいろいろ巻き込まれたようだな。」
「おかげさまでな。公安のスペシャリストがもう少し守ってくれればいいんだけど。」
俺は皮肉たっぷりに返す。
「お前だって能力者だ。自分の身くらい自分で守れ。」
黒崎が先を歩き始める。
「で、あんたはなんで校門に立ってたんだ。」
「お前が情報を得たシャーロットのことを確認したい。奴はプラネット・キャンベルの社長令嬢で・・・つまり手を出しづらい相手だってことだな。」
「あぁ、社会にも公表されてないんだろ?社長令嬢が化け物だって。」
「ノスフェラトスは御伽噺に出てくるような化け物じゃない。人の体をベースにして、何らかの力でひとつ上の次元に到達した存在だ。」
その言い方だと、奴らがまるで新人類だとでも言いたげじゃないか。
俺たちの方が劣っているというような・・・。
「俺たちと違って霊的な存在により近く、神やデーモンといった精霊、力の磁場を感知できる。
その賜物なのか知らないが科学力までお墨付きだ。」
「だから俺が受けた仕打ちは我慢しろってのか?」
我慢して普通の人生を歩んだほうがいいのか・・・?
陽が落ち、空も赤色に
あたりは暗く、雲に反射した緋色が消えかかっている。
「そうじゃない。まずは奴らが害のあるやつらかどうか判断する必要がある。」
害のあるやつらって・・・害が発生した後にそんなことを言ってしまってどうするんだ。
「俺の家族がすでに殺されてんだろ。」
「それは本当にそいつらがやったことなのか?直に見たのか、その瞬間を。」
え・・・?
なんだこの違和感は。
俺が来た時に母さんは首から血を流して倒れてて、その目の前にあいつらが居て。
居て、なんなんだ?犯人がそのままそこに居座るのか?何のために?
見栄を張るため?そのまま俺も殺すため?
でも俺は殺されなかった。
でもあいつは自分を殺しに来いって言ったってことは、自分が仇だと理解してるからで・・・。
カンカンカンという音とともに街灯がつき始めた。
と同時に、真後ろから声が聞こえた。
「榊先輩、その男誰。」
え・・・?俺が、先輩?
と考えた瞬間俺の頭がグンと地面に組み伏せられた。
と同時にガシン!という金属同士が激しく当たる音。
気づくと黒崎が俺の体をかばい、
背負っていた筒状のもので金属バットの振り下ろしを防御してギリギリと音を立てている。
ちょっとまて、金属バットで俺を不意打ちで殴ろうとしたのか?
そう考え切らないうちにその少女は後ろへステップを踏む。
見ると、黒崎の筒状の者はカバーやら袋がはじけ飛んで中の物が現れている。
その中にあるものは刀でもこん棒でもなければライフル銃でもない。
「筆」だった。
俺は体を起こしながら体制を整える。
少女のほうを見ると彼女は俯いている。
そこでやっと容姿の全体像を捉えることができた。
髪はボブで左目と右手が包帯で覆われている。
すると後ろから煙の化け物の集合体のようなデーモンも現れ、彼女の周りを満たし始めた。
コイツが長島の言っていた女だ。
「アイツ、普通じゃあないな。」
黒崎が彼女を凝視したまま分析して当然のことを言い放つ。
そりゃ俺が不意に攻撃された時点で普通じゃないだろ。
ボブ髪少女はチラとこちらを睨みつけると黒崎の方を指さす。
すると煙のデーモンが体を伸ばして攻撃してくる。
黒崎は慣れた手つきで巨大な筆をくるりと回すと空に一筋の線を描く。すると文字が浮き出てきた。
「盾」
盾と言う文字を描いたのか?あの一瞬で?
すると青白いモヤのようなものが盾の形をとると、ガギン!という音と共にデーモンの攻撃を防いだ。
それを見計らってボブ髪少女はすごいスピードでこちらに飛びかかりながら金属バットの横振りを繰り出す。
咄嗟にかわすと金属バットが真横の建物の石垣を粉々にした。
ゴロゴロゴロと石垣が崩れる音が響く。
この女、華奢のクセにものすごい剛腕だ。
黒崎がさらに筆を振る。
「炎」
今度は炎という文字を瞬時に描くと地面に瞬く間に豪炎が巻き起こる。
すると、少女はあからさまに嫌悪の顔を浮かべる。
「チッ・・・この黒い奴マジで邪魔・・・!」
少女が言うと先程よりも更に強い殺気がほとばしってくる。
強い怨念ともとれるような異常な感覚。
凄みに圧倒され鳥肌が立ってくる。
黒崎も焦り始めたのか、
「何してる!!お前も応戦しろ!」
と俺を怒鳴りつける。
俺は咄嗟にココロウガチを召喚するが、
その瞬間だった。
少女が左目の包帯を取ると、そこには禍々しい紋様の目がこちらを睨んでいる。
まるで鬼の目だけがそこに憑りついたようだ。
その瞬間、俺たちの体は動かなくなる。
金縛り・・!かろうじて数ミリ体をよじることはできるがほぼ動けない状態だ。
まるで地球の重力が一時的に何十倍にもなったかのようだ。
「ぐっ・・・!」
苦しい声を出すと同時くらいだろうか、包帯少女は黒崎めがけて瞬時に突進してくる。
少女が黒崎の間合い1メートルほどで金縛りが解ける。
咄嗟に防御するが、黒崎は包帯少女の金属バットを正面から受けた。
黒崎は後ろへすごいスピードで吹っ飛ぶ。
道の曲がり角でコンクリの壁に激突し、ぐはっ!という声とともに倒れこむ。
同時に霧状のデーモンがこちらに襲いかかってきた。
だが、一瞬隙ができた。
セレクターはALL。いける!
俺は引き金を包帯少女に向けて引いた。
バキィン!という金属音が混じった発砲音とほぼ同時にバリィン!という精神を打ち砕いた着弾音が響く。
当たった!
しかし、少女は少しフラついたがすぐさまその場に踏みとどまった。
ドスっ!という地面を蹴る音が響き、地面に亀裂が入る。
何トンの力で地面を踏んでいるんだコイツは!?
すると、ギュォオオオという無理やり何かを引きずるような音で霧状のデーモンから包帯少女のほうに何かが吸い込まれていく。
頭を少し振ると何事もなかったかのようにケロリとしている。
包帯少女はギロリとこちらを見る。
「榊先輩。ひどいですよ。」
猛烈な怒りの目を携えた無表情の顔ままこちらに近づいてくる。
「君はなんなんだ!俺が・・・先輩だって?」
「先に銃を撃っておいて、自分が危うい状態になったらやっと会話するんですか?カッコ悪い。そんなの榊先輩じゃないですよ。」
「問答無用で襲ってきて何言ってんだ!?」
「私のことも忘れているっぽいし・・・やっぱりあの吸血鬼・・・いやそれだけじゃない。先輩の周りにいる奴ら全員先輩の毒だよ・・・!!」
華奢な剛腕で俺の胸倉をつかんで後ろの壁に叩きつける。
黒崎の時よりかは幾分か手加減しているようだが。
「榊!」
黒崎が負傷した部分をかばいながら叫んでいる。
「先輩。これから私が先輩の面倒を見ます。全部。食事もトイレも睡眠も。先輩ご家族もういらっしゃらなかったですよね?
でもこれからは大丈夫。私がいついかなる時もそばにいて、寂しかったら抱きしめてあげます。寝れなかったら子守歌を歌ってあげます。」
「幸せの強制ほどキツイものはないんだぞ!ってか君は誰なんだ!」
包帯少女が俺の胸倉から手を放す。俺はその場に崩れおちる。
それを包帯少女は膝に手を置き、かがんだようにしてこちらを見下ろす。
「私は不可思議 舞。先輩、今日は私の家で私の名前を覚えるまで声に出して千回ノートに書きましょう。」
不可思議舞・・・。思い出した!
高校の時の水泳部の後輩だ!でもなんで俺はこの子のことを覚えているんだ・・・。
俺は部活にも入っていなかったし、友達だって多くいたわけじゃない。
だけど、記憶に霞がかかったようになってうまく思い出しきれない。
しかも高校の時のこの子はもっと穏やかでもの静かだったはずだ。
なのにこんな鬼のような、妖怪のような姿で俺たちに襲いかかってきている。
「先輩。愛してます。どこまでも。永遠に。」
ゾっとした。
この少女の底知れぬ愛情が憎悪と混ざり合ったような表情。
甘くドス黒い毒の味が広がるような感触だった。
意を決して、今度はデーモンの方に片手で銃口を向け発砲する。
弾丸が一筋の閃光となってデーモンを撃ち抜く。
またも着弾し貫通するが、自己再生をしていく。
「先輩。無駄ですよ。私は自分の体が腕だけになってもアナタを愛します。体が無くなってもアナタから離れません。」
不可思議舞が冷徹に告げる。多分コイツは、自分が生きていようが死んでようが、執念だけで俺にまとわりつく気だ。
最期には呪い殺されてしまうようなことも容易に想像できる。
だが俺は彼女を見て、長島のモヤを見たときと同じように違和感を見つけた。
コイツのモヤが、霧状のデーモンと繋がっていた。




