釣り竿
家に帰る。
道中で黒崎と異端審問官になるか否かでモメる。
結局入ることになるが、どうも腑に落ちない。
そんな帰り道だ。
夜の空気がうまい。
見上げるとオリオン座が見える。
綺麗なベテルギウスだ。いつかはあの星も消えてなくなってしまうのか。
でも、本当はあの星はこの世界に存在していない。すでに潰えた記憶だけを見ている。
それなのにこの空に浮かぶ星々と来たら美しいものだ。
人は須く夜空を見上げるときは過去を見つめている。
だけど今日は、いやあの日から俺は一人過去にとらわれているのかもしれない。
記憶というものに。
暖かい風呂に入り、髪を乾かして歯を磨く。
台所に立つと母さんがいないのが実感として胸に突き刺さる。
ベッドにつくと暗闇が襲ってくる。
つらいあの瞬間が真っ暗な闇の中に浮かび上がってくる。
ここに星空はなかった。
でも目を閉じると、自然と母さんのキヲクが込み上げてきた。
それと同時に頬を熱い雫がつたった。
俺は眠りにつく。
夢の中に移る。
「ナギトちゃん!!おかえり!!無事で何より~☆あの銃やっぱり使えたんだね!!」
うん・・・。
「もうどうなることかとオモタヨー。ナギトちゃんがあそこで殺されちゃったら私もオジャンだったんだゾ☆」
でしょうね。君、俺の頭の中にしかいないから。
「ギュってしてあげる!ムチュ!」
きもいからやめろよ。っていうか俺今日こそはゆっくりしたいんだけど。
えぇ~とアイツは困ったような顔をする。
「でもでも!キヲクの整理は大事だよ☆ホラホラどの引き出しを開けるの~???コレカナコレカナ?」
おもむろに俺のキヲクの引き出しを開けようとする。しかしアイツは自分が持つ鍵の引き出ししか開けられない。より深いところにある俺のキヲクは俺が開けるしかない。
「もぉ~もっと見せてよぉ。私の知的好奇心はこんなもんじゃ止められないんだぞぉ~?この夢の管理人ロロをなめるんじゃあないぜ!!」
こいつ、多分俺の好きな漫画の引き出しを見たんだろうな。影響されやすいから。
あぁ、わかったよ。今日はこれだな。
鍵を取り出して、古い木でできた引き出しを開ける。
そこには、爺ちゃんの釣り竿があった。
スラングハンマーじゃない。俺の祖父、榊勇将の形見だ。
じいちゃんは厳しい人でもなかったし、頭のいいひとでもなかった。
けど、すごく優しかった。
母さんは生まれてこの方爺ちゃんに怒られたことがなかった。
でも一度だけ本気で怒っている爺ちゃんをみたことがあるといっていた。
親父が出ていくと言い出したときらしい。
理由はわからないが、親父は俺たちを捨てていったそうだ。
ただ一言「合わない」とかいっていたらしい。だけど母さんは彼の目に決意めいたものを見たともいっていた。
俺は彼がどうして俺たちを捨てたのか知りたい。
どこかで会えるものなら・・・。
とにかく親父が出ていくとき、小さかった俺のことを本気で心配して怒ったそうだ。
そんな優しい爺ちゃんの形見。
ボロボロなのに、そこには想い出が詰まっていた。
夏に爺ちゃんが
「凪斗、鰯を釣りに行こう。」
といって車で乗せていってくれたっけ。
爺ちゃんは数年前に亡くなった。
幸せだったといっていた。
亡くなる直前、家に帰りたいと言っていた。
家族みんながいる家に。
そんな爺ちゃんに、"もうすぐ帰れるからね" と家族と親族全員で嘘をつくのは辛かった。
きっとじいちゃんも気づいていた。
だけど口には出さなかった。
そして僕らは皆で嘘をついた。
悲しくて切なくて、暖かい嘘を。




