こんなにも悲惨で残酷で綺麗な世界の空
右手にかまえていた銃をそっとこめかみから外す。
そよ風が額にあたった。
あぁ、そうだ。東の空を見に行こう。
行き詰ったときはいつもそうだ。
どんなにつらくても、死にそうなくらいどうしようもなくなっても、
世界がどれだけ悲惨で残酷で赤く染まっていても
-どうして空はこんなにも綺麗なんだろう・・・。-
「あぁ・・・。ああああああああああ!!!!」
目の前には仲良くもなかった母親の死体がある。
すっかり血の気がなくなって、作り物の人形のように横たわっていた。
一体誰が・・・。なんでこんなことを・・・!!!!!
緑が豊かなK県E市の住宅地は夜の静寂と小雨の騒がしさに包まれているのに、1件だけ赤く、狂気に染まっている。俺の家だ。榊家だ。少しゆとりがある生活を維持するための我が家だ。長い時間をともにしたうすベージュの平屋の家だ。そこで俺は動かなくなった母親の体を抱きかかえて涙を流している。
そして唯一この場に合わない、巨大な乳母車のような毒々しい見た目の奇怪な乗り物。
この世界にいる吸血鬼、ノスフェラトスの輸送車だ。
上にいた華奢なノスフェラトスがひょこっと降りてきて、俺の前で腕を腰に当てながら俺の顔色を覗く。
「おい、ニンゲン!!ソイツお前の家族か??」
人の死を当然だといわんばかりの光のこもっていない瞳と、生まれてこの方不自由なんてひとつもありませんと言葉を発している紫の、これもまた輸送車に引けを取らない派手なドレスに身を包んだ女の吸血鬼が好奇心旺盛に質問してくる。
「ギャハハハハハ!!残念だったな!!ソイツ死んでるぞ!!」
「知っ・・・てる、よ。」
涙で震える声で言い返す。
「お前らがやったんだろ。」
「そうだよ!!!ボクたちがやったんだ!!ネェネェどんな気持ち????悔しいよねぇ~。」
コイツらに人の気持ちが、感情が通じるなんて思ってない。けど、俺は、
榊凪斗は言葉を放つ。
「俺は正直、この母親と仲が良かったわけじゃあない。」
「へぇ~??じゃあ寧ろ死んでくれてセイセイしたとか!!???」
「それでもな、俺が大学へ進学するって伝えたときには笑ってくれたんだ。女手一つでここまで育ててくれたんだ。」
俺は母さんが大好きだったんだ。愛していたんだ。
「てめぇらみたいなクソ共に貶されていい命じゃねぇんだよぉ!!!」
泣きながら、思い出しながら、そしてその思い出でまた涙を流して愛を叫ぶ。
奴らはあざ笑いながらそのまま俺も殺すだろう。それでも俺は言う。この榊凪斗は言う。
「お前ら全員ぶっ殺してやる!!人を愛せない奴らなんか!!」
しかし奴らは俺を殺さなかった。
「ほぉ・・・?いい根性だな。気に入ったぞ。」
だからなんだっていうんだ。
「お前にはもうちぃいいいいいとだけ苦しんでもらうとするか!!うんうんボクながらいいアイデアだな!!」
輸送車の上に乗っていたもうひとりの女ノスフェラトスが文句を垂れる。
「ハァ~?お嬢、頼むよ。アタシらを恨むやつらをこれ以上増やさんでくれよ。」
「んだようるせーな!!ならそのデカい乳でこの男を懐柔してやればいーじゃんよぉ!!」
「わかったわかった。でも御父上がなんて言うか知らねーぞ?」
「へへーんだ。いいもーん!!今月デーモン3体捕縛してるしぃー。」
人の家族の死の傍らでくだらない言い争いをしているこの吸血鬼共も、もう俺の中では背景に溶け込んでいた。突然、その中央に映っていた衣装が飛び出してきた。
「おい、ニンゲン!!コッチを見ろ!!」
髪をぐしゃと掴まれて眼を無理やり合わせられた。
あの吸血鬼の瞳が怪しく光る。
瞬間、身体の自由が奪われる。
金縛りにでもあったかのようだ。
母親の死体をドサッと地面に落とす。
これは契約だと言いながら肩のシャツをずらして噛みついてきた。
「ぐ・・・。」
あーあーホントにやるんだと車の上で足を組んでる女吸血鬼が呆れている。
吸血されてる。クソ・・・。やっぱり死ぬのか・・・。しかしコイツらは俺を生かすようなことを言っていた。マジでこのカス共に理屈なんかねぇのか。
ドサッと自らの母親の骸の上に倒れこむ。
あぁ・・・。やっぱり死んでるんだな。母さん。すごく冷たいよ。
「お前。名前はなんだ??」
「榊・・・凪斗・・・。」
どうしてすぐさま答えたのだろう。こいつらの戯言に付き合ってやる必要はない。
けど、アイツもすぐ答えた。
「ボクはシャーロット。苗字は教えてやらねー。自分で探せ。」
何がしたいんだコイツ。意図がさっぱりわからなかった。
だがどうやら、この悲惨で残酷な世界を俺は生きなければいけないということだけは理解できた。
見下すような視線でシャーロットは続ける。
”だからボクを殺しに来い。待ってるぜ。”
はぁ?何言ってんだコイツ。と心の中で言い放つと同時に凄まじい眠気、というか意識の喪失に襲われた。
俺はE市の、自分が生まれた病院の病室で目覚める。
看護師さんやお医者さんが歩いているが、何か違和感を感じる。