彼のバイト先に新人が入る
「こんにちは〜」
今日はシフトが入っていたため、バイトへと来ていた。ちなみに夏休みは遊びたいのでシフトを減らしてくださいと頼んである。そう頼んだら「中々そんな正直者はいないよ」と店長に褒められてしまった。
オレは制服に着替えると早速店長と一緒にカウンターに立つ。
「そういえば、先日はお化け屋敷のために色々貸してくださり、ありがとうございました」
「いいんだよ。あそこの物置で眠っているぐらいだったら若人の役に立てた方が親父も本望だろう」
「ええ、おかげでお化け屋敷もたいへん人気でしたよ。あ、文化祭の写真見ます?」
「いいのかい?」
「ええ」
オレはスマホを取り出して写真を店長に見せる。
「いやー嬉しいねー。この年になるとそういう若い人のキラキラした写真に涙腺が……これは?」
「お化けの格好のオレが学校の頂点に立ったところですね」
オレの優勝インタビュー時の写真を撮っている人がいたので、送ってもらった。今回の文化祭のハイライトといえるだろう。
「よし、ふん」
「店長、人のスマホを折ろうとしないでください」
急に凶行に走ろうとした店長を羽交い締めして止める。一体何を考えているのか。
「おっと、ごめんごめん。つい期待からの落差が激しすぎて、気絶してしまったようだ」
「いえ、明確な自分の意志で行動してましたよ」
「ははは、そんなバカな。無意識だよ。ときに日下部くん、他の写真はないのかね」
「ありません。思い出は写真ではなく目に焼きつけるたちなので」
「二度と私に期待を抱かせるな」
「ええ、怖い」
折角、文化祭のあの興奮を枯れている店長に少しでも味わってもらいたかったのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。青春から遠く離れた店長にとって、この写真は刺激が強すぎたようだ。あとオレが持っている写真と言ったら、文化祭前日に竜胆たちに取られた写真だが、あれは文化祭当日の写真でないので、店長の求めているものではないだろう。
「しかし店長、夏休みだと言うのにお客さんが来ませんね」
さっきから一応オレはカウンター周りの掃除をしているのだが、どこもかしこもピカピカだ。いかにみんなが暇を持て余して掃除をしていたのがわかる。
「ふっふっふっ」
「店長?」
急に笑い出した店長。お客さんが来なさ過ぎて壊れてしまったのだろうか。別に壊れた店長でも壊れていない店長でも、給料がもらえるのならどっちでもいいけど。
「私はね、なんでお客さんがこないのか気づいてしまったんだよ」
「一見さんお断りみたいなお店の外観をしているからですよね」
「違うよ!……ええ、そうなの!?」
「まあ……」
でなければ、オレが寄ってくるはずもない。お店のドアにはこのお店の名前だけが書かれており、営業時間などが書かれていない。そういう媚びない所がなんかカッコよさげでオレはこのお店のバイトに飛びついたわけだが、ただの商売下手だったようだ。
「それはともかく、店長が思うお客さんがいない理由はなんなのですか」
「いないじゃなくて、少ないね。そこら辺の表現気を付けて。デリケートだから」
「少ない理由はなんですか」
「それはね」
何故かここで一回溜める。そして拭いていたコップを置くと、ゆっくりこちらを向いて言った。なお、そのコップもとっくに綺麗だ。
「看板娘がいないからだよ」
「そうですか。他のバイトの皆さんに言っておきますね」
「ちょっと待ってくれ。いや、えっと、だって彼女らはもう娘って感じじゃないだろう?」
「店長、フォローしようとして失言するのはやめてください。今の時代セクハラには厳しいですよ」
「うう、ごめんなさい」
「おじさんがしょげないでくださいよ」
「おじさんだってしょげるよ!世界はおじさんに厳しすぎやしないかい!?」
「はぁ、オレもいつかはおじさんになるのか……」
「自覚はあるのはいいことだけど、それは私が君に言いたかった」
でしょうね。「君だっていつかはこうなるんだよ」としたり顔で言われるのが嫌だったので先に潰させてもらいました。
しかし、看板娘か……。
「なるほど、店長の言いたいことはわかりました」
「へ?」
「つまりはオレに女装してお店に立てということですね」
「え、何言ってんの日下部くん?」
え?互いに首を傾げて、目を合わせる。マンガだったら、二人の頭のには大量な疑問符が付いていることだろう。
「看板娘をオレに頼もうという話ではないんですか?」
「そんなわけないよ。というかそういうコンセプトのお店ならともかく、女装を店員に強要するのはパワハラじゃない?」
「それもそうですね。まさか店長がそんな常識人みたいな考えをしているとは」
「私はずっと常識人だから」
「常識人は人のスマホを折ろうとしないんですよ」
「それは無意識だから、ノーカン」
まだ、それで乗り越えられると思ってるの?あの時、確かに店長の目に理性的な光が宿っていたの見たからね。理性的に真面目にスマホを折ろうとしていた。あれ?パワハラじゃない?
「女装する機会が多いのでまたそのパターンかと思いました」
「へぇ、日下部くんって女装が趣味だったんだ」
「いえ、オレではなくオレの周りの人の趣味ですね」
「それを受け入れる君も含めて、不思議な交友関係しているね」
「全くです」
オレが女装するわけでないとなると、つまり看板娘というのは、新しくバイトの子が来るのだろう。さっきも言ったが、オレが思うにお客さんが来ない理由は、お店の外見にあると思うんだ。つまりお店の中に誰が居ようと関係ない気がする。でもオレはぐっと飲み込んだ。新しくバイトにくる子にも悪いしね。
「君、何か小さい子供を見つめるような温かい目をしていないかい?」
「気のせいです」
それにトライアンドエラーは大事だからね。エラーして気づくこともあるだろう。
「まあいいや、ちなみにその新人さん今日来るんだよ」
「ほう」
まあ、お客さんがいないことだし、新人に仕事を教えるというやりがいがある仕事が発生するから嬉しいけどさ。
「日下部くん、驚くと思うよ」
その言葉の意味を知るのは、数十分後のことだった。
***
「こんにちは」
「こんにちは~」
数十分後、客がいない店内に入ってきたのは、二人の女子だった。
というか滅茶苦茶知り合いだった。
竜胆とアリアがオレのバイトの先に訪れていた。
「いらっしゃいませ~お好きな席にどうぞ~」
オレはカウンターの中から二人を促す。いいよーどこに座っても。一人でテーブル席を独り占めしてもいいよ。
しかし二人の反応が鈍い。
「日下部くん、今日からバイト仲間になる伊万里竜胆さんだ。まあ君の方が詳しいかな」
店長はそう言った。
「よろしくお願いします」
緊張の面持ちで頭を下げる。なるほど。そう来たか。
オレはカウンターからでると竜胆に近づくと小声で言った。
「大丈夫なのか?ここって普通に男性客も来るんだぞ」
むしろ男性客の方が多いかもしれない。チャラい学生みたいなのは確かに少ないが、文化祭の時の接客とはわけが違う。
「大丈夫よ。いずれ社会に出たら嫌でも男性と関わるのだから、いかに相手に不快な感情を抱かせないで適当にあしらう方法をここで勉強をさせてもらうわ」
店長、看板娘向いてないです。
「それに」
「うん?」
「それに、何かあったら、あなたがどうにかしてくれるでしょう?」
竜胆はいたずら気にそう言った。
「そりゃ当然だろ」
バイト先の先輩として、友達として、そして竜胆とアリアの関係を守るために、竜胆を全力でサポートするは当たり前のことだ。
「……ッ。着替えてくるわ」
「おお、いってらっしゃい」
竜胆は速足で更衣室へと向かって歩いて行った。
「宗介くん」
「何だ」
竜胆と入れ替わるようにしてアリアが話しかけてくる。
「りんちゃんのことお願いね」
「それは勿論」
「よろしい」
うんうんとアリアは頷いて、カウンター席に座った。
「竜胆が働くなら、アリアもそうするかと思ったが違うんだな」
どうやら竜胆の付き添いで来たらしいアリアにそう言った。初バイトについてくるぐらい心配なら一緒に働きそうなものだが。なにより二人一緒に働く姿をオレが見たい。オレのラ〇ットハウスをここに建てたい。
「うん、そうだね……。私もそう考えてたよ」
憂いを帯びた表情でそう呟くアリア。何か理由があるのだろうか。両親に反対されたとか、竜胆の成長のために私から離れる時が来たとか。そんなのダメだアリア!竜胆にはアリアがずっと必要なんだ!
オレはドキドキしながらアリアの言葉の続きを待った。
「許可が、許可がおりなかったの。学校からの。私の成績が悪いから……」
「…………お客様何かお飲みになりますか?」
「うんと甘いやつが飲みたい」
店長ー!このお客様に心の傷に効く優しく甘い一杯を!