こうして彼らの文化祭は幕を閉じる
第4章エピローグです。
「紬、紬、紬ぃ!ステージ上でなんてことしてるの!み、み、岬ちゃんの唇を奪うなんて!うらやましい!」
「えへへへ。緊張しすぎて間違えちゃった。うへへへ」
「キーっ!」
緞帳が下りたステージで百瀬先輩は馬場先輩と3人の先輩方に詰められていた。とはいっても3人が詰め寄ってくるのを百瀬先輩はのらりくらりとかわしている。百瀬先輩の顔は緩み切っており、キャラ崩壊も甚だしい。
「てかあなた私のこと本気で投げたでしょ!」
「ほんとそれ!私にも本気で斬りかかってきたよね!?」
「それは那奈ちゃんも同じです~!」
オレは何も聞かなかったことにして、劇の片づけを手伝う。舞台上でリアル修羅場が起きていたなんて事実はない。いいね。あ、この木の張りぼてどこに持っていきますー?
「後輩くん」
そんな作業をしながらステージ横の部屋に入る。そこでオレに話しかけてきたのは、壁に寄りかかりるようにして立つ先輩。もう白雪姫の衣装は脱いで、着替えてしまっている。
「止めなくていいんですか?あの4人」
「うむ、私への愛が感じられて大変よろしい」
「答えになってないんだよなぁ」
今のは迂遠に止めてくださいって言ったつもりなんだが。
「そのうち刺されますよ」
「それが愛なら喜んで受けよう」
「きゃー先輩かっこいいー」
これはどうするんですかー?わかりました。演劇部からの借り物なんですね。ここにまとめて置いておくと。はいはい。
「というか、いいんですか?本当に止めなくて。先輩たちの関係って、たしか家庭科部でしか見せないんじゃなかったでしたっけ?」
「……いや、もう隠してないからね」
「そうですか。ついに我慢できなくなりましたか……」
放課後だけでなく教室でもイチャイチャしていたいんですよね。もう先輩は強欲で色欲の権化なんだから。いいぞ、もっとやれ。
「それもあるけど。やっぱり一番はやましいことしているみたいで嫌だったからかな。だから隠れながらこそこそ付き合うのは止めたんだ。もちろん自分から喧伝しているわけではないよ。ただ隠さず、聞かれても誤魔化さなくなっただけ」
「先輩……」
「意外と言っては失礼だけど、隠さなくなった後もクラスの皆は特に変わらなかった。まあ、男子にも女子にも、たまに私たちを日下部くんみたいな目で見てくる人は出てきたけどね」
先輩はそう冗談めかして言った。それはこのクラスの人たちを見てわかる。きっと気持ちのいい人たちなんだろう。でも先輩。
「……世間一般的に複数の女性と付き合うのは、やましいことなのでは?」
「そんな正論聞きたくないやい!」
正論って言ってるがな。
「うう、家庭科部の顧問の先生にも呼び出されて同じこと言われたぁ。全員平等に愛しているんだからいいじゃないか」
「はあ」
なんでこうも先輩は浮気男みたいなムーブが似合うんだろうか。外見からはそれを感じさせないのに。やっぱり内面って滲み出るものなんだなぁ。
「それでも全員が納得しているなら、うまく付き合いないさいって。ただ学校では控えて、と」
「先生ー!」
思考が柔軟すぎるぞ先生。それともおそらく学校創設以来、出会ったことのない事態に匙を投げただけか。
そんな話をしながらもオレは作業を続ける。先輩はまだそこに立っている。何をしているんだろうこの人は。
「後輩くん」
「何ですか?」
「ありがとう」
「それはもう聞きましたよ」
「いや、何回でも言わせてくれ。君がいなかったらこの劇はどうなっていたことか。だから本当にありがとうだ」
振り向くと先輩はオレに頭を下げていた。深々と頭を下げていた。だから、オレは。
「先輩は文化祭でいいとこなしでしたよね」
「何で今そんなこと言うの!?」
先輩はすぐに頭を上げると、驚愕の表情でオレを見つめてくる。いや、だって本当のことだから。
一日目はずっと寝ていて百瀬先輩たちと文化祭は回らないし。風邪が治ると考えていたのか、劇の当日まで何の対策にも動かないし。自分の部活の出し物の状況も読めなかった結果、オレに無茶振りするし。劇でもやっぱりキレがなくて王子様にずっと寄りかかっていただけだし。
「いやー振り返ってみると本当に先輩はいいところがなかったな、と」
「やめてくれ!傷に塩を塗り込む行為をやめてくれ!」
「だからそんな心身ともにボロボロな先輩はさっさと休んでればいいんじゃないですか」
「…………」
そこに居られても邪魔なだけだし。
「後輩くん」
「まだ何か用があるんですか?」
先輩は寄りかかっていた壁から離れると、オレの方へと近づいてくる。そして先輩はオレの肩をがしっと項垂れながら掴む。
「もう無理だ……」
「先輩?」
先輩が顔を上げる。この場所が薄暗いから気づかなかったが、先輩の顔色は尋常ないほど真っ青だった。
「ごめん限界、保健室に運んでください」
「何をやっとるか!?」
何であんなに壁に寄りかかりながら、かっこつけて話してたの?
オレは慌てて先輩を背負うと体育館からでる。
「うー気持ち悪いー吐くー」
「絶対我慢してくださいよ!森川先輩が泣きますからね!」
オレは家庭科部の部室で着替えため、未だに白雪姫の衣装であった。走りにくい。先輩はこの格好のオレに背負われたくないと言っていたのに、それを気にする余裕ももうないようだ。
「もう、保健室に着いたらさっさと家に連絡して、迎えに来てもらってくださいよ」
「いやだー皆が後夜祭を楽しんでいるの帰りたくないーいいとこなしで終わりたくないー」
「いいとこなしと言ったのは謝りますから帰ってください」
「あとできれば、さりげなく紬ちゃんたちに私が保健室にいることを教えてくれー」
「自分で伝えろ」
先輩は本当は元気でしょ?
オレのせいで不発した看病イベントを起こそうとしてるじゃん。
でもまあ仕方がない。百瀬先輩たちのご褒美としてそれは伝えるとしよう。弱っている先輩が保健室にいるよってね。馬場先輩興奮のシチュエーションだろう。
窓に反射するオレたちの姿を見える。顔が青い人をお姫様が背負って運んでいる。確かにこの姿は滑稽で面白いな。
オレは笑いながら、先輩を背負いなおすと、人の少なくなった廊下を走るのであった。
***
私とりんちゃんは校庭わきの段差に座りながら、バカ騒ぎをする人たちを見ていた。
文化祭も一般公開の時間は終わり、今は梓山高校生徒だけの後夜祭だ。
校庭に作られたステージでは軽音部の方々が最新のヒット曲を歌っている。それに合わせて飛び跳ねる生徒たち。後夜祭は軽音部や有志バンドによるライブだ。
昔はキャンプファイヤーの周りでフォークダンスだったらしいけど、恥ずかしがってか、最近はあまり踊る人もいなくなっていたので、このような形に変わったらしい。確かに恥ずかしいもんね。でも普段は勇気が出せない人が勇気を出せる絶好の機会でもあったのにね。
もし今もキャンプファイヤーだったら、私は宗介くんを誘っていただろうか。
「日下部くん、すごかったわね」
「ひゃっ!」
「ひゃ?」
「何でもない、何でもないよ」
あーびっくりした。丁度宗介くんのことを考えていたから、心でも読まれたのかと思って変な声が出ちゃった。
「そうだねー。本当に今日から練習したのか疑っちゃうぐらいだったね。無駄に綺麗だったし」
あれは本当にずるい。遠目からは海神先輩と入れ替わったことなど気がつかなかったんじゃないかな。
「ええ、本当に…………あの後の展開にはあっけにとられたけども」
「そうだね……」
うちの先輩たちがごめんなさい。私情が挟まりまくりの劇だったような気がしたよ。
後夜祭には海神先輩たちの姿も見えないし、あの人たちは一体どこで何をしているのだろうか。
「それにしても日下部くんはすごい感謝してくれたよねー」
「そうね。友達がいなかったらしいから助けられ慣れてないのではないかしら」
「まあ、宗介くんならなんでも一人でできそうだしね」
何度も何度も私たちに頭を下げ、感謝の気持ちを伝えてきた日下部くん。いつになく真剣な顔で。
やっぱり助けられ慣れてない。その点私たちは熟練者だ。だって互いに助け合ってきたんだから。こういう時はありがとうの一言でいいことも知っている。
「日下部くんは、あんなに頑張って働いて、必死になって台本を覚えて、そして劇を完璧に演じきった」
りんちゃんはさっきまで話していたようなことをまた繰り返す。
「少し嫉妬したわ」
その呟きに思わず、りんちゃんの顔を見る。りんちゃんは特に変わることなく盛り上がる人たちを見ていた。
「風邪をひかせた責任からだということはわかってる。日下部くんが優しいことも知っている。だって私も助けられたから。日下部くんを恨んできた神楽坂さんだって助けてしまうのだから。でも、それでも他の人のために頑張る日下部くんを見て、少し嫉妬したわ」
心が狭いわよね。ただの友達なのに。そう自嘲気味に呟くりんちゃん。
私は横に置かれたりんちゃんの手をぎゅっと握る。こちらを見るりんちゃん。
「私も」
私はそう言った。
互いに無言で見つめ合う私たち。そして同時に。
「「ぷっ、あはははははは!」」
互いに破顔した。
小学校からずっと親友の私たちだけど、趣味嗜好は結構違った。でもそれで困ったことはなかったし、互いに好きなものを紹介したりして楽しんでいた。
でも、まさかこんな所だけ趣味が合うなんて。
本当に二人とも趣味が悪い。
「因みに、私は未だに友達とも思われてなかったことにムカってきたかな」
「それは私もそうよ。ちょっとだけ私も反省しているところはあるけれど」
そこからもう愚痴がでるわでるわ。もう本当に宗介くんは反省してほしいな。でも私たちは、そんな宗介くんだから。
そういえば、その宗介くんはどこにいったんだろう?
こんな盛り上がるイベントに乗り遅れることはないと思うんだけど。その答えはすぐに得ることができた。
次にステージに登ったバンド。その真ん中に彼は立っていた。
劇の衣装のまんまで、ギターを首にかけ、反対の肩からは『梓山最強』と書かれたタスキをかけている。大盛セットを目の前にして何だか胃もたれしてきた。
「バカね」
「本当にね」
音楽が鳴り始め、演奏し始める。どうやらちゃんとギターも弾いているらしい。相変わらずの多芸さだ。曲は聞いたことがある。ネットで視聴した動画で可愛いバニーガールの女の子が熱唱していたような気がする。だからきっとなんかのアニメの曲だろうな。
私はひょいと段差から立ちあがる。
そうしてりんちゃんの手を引っ張る。
「行こ!」
りんちゃんは少し困ったような顔をしたが、しょうがないわねといった風に微笑んで立ち上がる。
それから私たちは盛り上がる皆に混ざって最後まで楽しみつくした。終わってしまう文化祭を惜しむように。
だって、こんなにも楽しい文化祭だったのだから。
これにて第4章は終了となります。
途中盛大に間を空けながらもお付き合いいただきありがとうございました。
では、第5章ドキドキ夏休み偏でお会いしましょう。よろしければこの後もお付き合いください。