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女友達がこんなに可愛い(仮)  作者: シュガー後輩
第四章 文化祭がこんなに楽しい
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そして彼は目撃する。

 「心配かけてごめんね。でも大丈夫だよ紬ちゃん。私はこの通りぴんぴんしているから。私のためにそんな顔しないでくれるかい。笑顔の方が、私は嬉しい」


 岬がそう私に声をかける。


 岬は言う。昨日まで風邪をひいていた。治ったけど、病み上がりだから日下部くんに手助けを求めたのだと。


 私の頬を撫でながらそう言った。


 確かに岬は、ぱっと見ただけでは健康な人に見えた。いつも通りの良く通る声、いつも通り綺麗な顔、いつもどおりのかっこいいセリフ。これだけで判断すれば、岬の言う通りだと信じて安心していただろう。


 ただ私の頬に伝わる熱は、明らかに岬の異常を示していた。


 私の頬に添える岬の手に触れる。とても熱かった。


 岬と笑顔で別れて、私は岬に触れた手をぎゅっと握りこむ。


 私のせいだ。岬が風邪をひいたのは私のせいだ。私が一昨日あんな失敗をしなければ。岬がどうして風邪のことを教えてくれなかったのか、なんでああして元気なふりをしているのか、私にだってわかる。それはこうして私のせいだなんて思ってほしくないからだ。


 じゃあ私は、どうすればいい。


 思いを汲むしかないじゃない。だって恋人がかっこつけているんだから。


 私にできること、それは気にせずに、この劇を完璧にやりきること。それだけだ。


 劇が始まる。


 私の横を通って日下部くんがステージにあがる。彼の白雪姫姿はとても綺麗で、私はその横顔に少しだけ岬っぽさを感じた。自然体で、失敗など微塵も考えていないような自信を秘めた瞳。なんで彼を岬が代役に選んだかわかったきがした。


 そして彼はそれを裏付けるように演じきった。


 もちろん立ち位置が少しだけ曖昧だったり、台本とは言い回しとかが違うところもあったが、そんな違和感など見ている人には感じさせない演技だった。


 日下部くんは首元に汗を滲ませながら舞台袖へと引いてくる。舞台袖の皆は思わず拍手をして迎えた。もちろん私も。


 やっぱりすごいな日下部くんは。いつから練習していたのかはわからないけど、こんなにステージで堂々と振る舞うことができるんだもん。あの屋上の時もそうだった。私は右往左往するばかりで、淡々と冷静に脱出方法を考えてくれたのは彼だった。後輩の彼に私は任せきりだった。先輩としては情けない限りだ。先輩とも思われてないかもしれない。


 彼や岬はきっと、誰かを引っ張ったり、助けたり、選んだりする人達なんだろう。私は、誰かに引っ張られて、助けられて、選ばれる側の人間だ。


 せめて私は彼らの足を引っ張らないように。


 舞台の中心には倒れてしまった白雪姫とそれを囲んで悲しむ小人たち。


 ああ、私の出番だ。


 「百瀬先輩。ーーーーーーーーーー。」


 すれ違いざまに日下部くんが何か言った気がした。頑張ってかな?


 「うん」


 私はそう返事した。当たり前だ。


 「ちゃんとやらなきゃ。頑張らなきゃ。だって日下部くんがあんなに頑張ったんだから。岬があんな状態で頑張ってるんだから。絶対失敗しちゃいけないんだから。私が台無しにするわけには……」


 ひゅっと息をのむ。


 舞台袖から体育館のフロアを見てしまった。人。人。人。人。すべての人の目がステージ上に注がれてしまっていた。


 足がすくんだ。


 えっと、緊張しないようにするには、人をジャガイモにすればいいって……


 そんなの無理だった。むしろなんだかそれぞれの人の顔が白い仮面のように見えてきた。その仮面は全て舞台袖にいる私をじっと見つめているような気がしてきた。


 私が出なければいけないタイミングを逃した気がした。わからない。


 でもナレーターの声は焦りを帯び、小人役の人たちはちらちらとこちらを見ている気がする。後ろでもざわざわとした声が聞こえる。


 失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。


 どうすれば挽回できる。ここからいけばどうにかなるか。今ナレーターの人はどこを読んでいる。私はどうしたら……


 冷静になれと考える。いいから行動しろと頭の中で誰かが叫ぶ。頭の中はぐちゃぐちゃで混沌を極めていた。


 私は思わず、後ろに下がりそうになる。その時だった。


 体育館のフロアに光がさした。


 ガラガラガラガラ!


 体育館の側面の扉が開く。丁度舞台袖の私から見える唯一の扉。


 「お待たせした!白雪姫よ!」


 王子様の台本にはないけれど、王子様のようなセリフ。


 それを言ったのは見知った声と顔だった。


 「那奈ちゃん?」



 ***


 

 「馬場先輩!?」


 オレは思わず悲鳴をあげるような声がでた。


 停止してしまった百瀬先輩をどうにかしようと近づこうとしたところで、体育館にすごいタイミングで入ってきたのは馬場先輩だった。しっかりと王子様の格好をしている。というかあの服に似たデザインみたことがあるんだよな。確かオレが森川先輩に着せられた宝塚の男役の衣装があんな感じのデザインだったきがする。


 森川先輩、働きすぎぃ。


 「いや、待たれよそこの偽王子」

 「待ちなさい王子もどき」

 「待って!パチモン王子」


 それに続いて客席は聞いたことがあるような声。そっと舞台袖の小窓から体育館のフロアをのぞく。立ち上がる王子様たち。あんたたち全員が偽物です。


 「…………」


 オレは頭を抱えた。


 どやどやと反対側から複数の王子様がステージ上にあがるという異常事態となった。全員家庭科部の先輩だった。というか海神先輩のハーレムの方々だった。

 

 海神先輩の顔が青ざめているのは、おそらく風邪という理由だけではないだろう。


 「うちの先輩方が、本当にすみません」


 とりあえずオレは隣にいた監督っぽい台本を丸めてもつ先輩に頭をさげる。


 「大丈夫よ。私は知ってたから」


 「はっ?」


 「許可したのも私だし」


 「何をやっているんですか先輩!?」


 いや、オレが言うのも何なんですけども!頼まれたとはいえ関係ないクラスの劇に出てたオレが言うのも何ですけども!


 「というか、ではなんで演者の人は困っているんですか!?」


 今も、一応劇は進行しているが、小人さんの困惑の顔が見て取れる。


 『さぁ始まりました。王子様バトルロワイヤル。白雪姫の番人、七人の小人(セブンス)に認められ、白雪姫の元にたどり着ける人はいるのでしょうか。一体どの王子様が真・王子様(ロイヤル・プリンス)なのか、私も楽しみで仕方がありません』


 ナレーターがめちゃくちゃ言い始めた。なんだロイヤル・プリンスって。プリンスはもともとロイヤルだろうが。


 「やっぱり良い演劇っていうのは、演じていると思わせちゃいけないと思うんだよね。なんていうのかな。そこに自然に過ごしている人たちを魅せるというか。ライブ感が大事というか。あくまであそこ(ステージ上)は虚構じゃなくて彼ら(演者)にとっての現実でなければならないんだよ」


 「それを演技と脚本でどうにかするのか演劇でしょ!?」


 本当に現実みたいに筋書きなしにしてどうするんだ。行き当たりばったりにもほどがある。ええい、オレに正論ツッコミをさせるな。


 というか、こんな漫才している場合ではなく、百瀬先輩をどうにかしないと。


 「それにこうした方が、日常に近くて、百瀬ちゃんが緊張しないかなと思ってね」


 「…………」


 オレは思わず先輩の顔を見る。そこにはさっきまでと何も変わらずに台本を持ち腕を組む先輩がいるだけだ。


 いや、だったらそう百瀬先輩に言えばいいじゃん!突然こんなことが起きたら、誰でも呆気にとられるわ。いや、まあどっちにしろ百瀬先輩は止まってしまったわけだが。


 オレは未だ舞台袖で立ちすくむ百瀬先輩に近づく。


 「日下部くん」


 「っ!……何ですか百瀬先輩」


 百瀬先輩は振り返らずにオレに声をかける。何でオレが近づいてきたとわかったんだ。


 百瀬先輩の声は意外にも不安を覚えているような声ではなかった。どうしたというんだろうか。でも未だに足は少しだけ震えている。


 「私が王子様役だよね」


 「そうですね」


 「それであそこにいるのは私の白雪姫()だよね。それなのにどうしてあんなにわらわらとおかしな人たちが出てきたのか全然わからないんだけど。本当に不思議。これって世界の謎だよね。ね」


 違います。


 あー、うん。


 どうやら本当に緊張とかそんなものは吹っ飛んだようだ。本当にこの先輩方は……。オレはため息をつきながらとぼけたように答える。


 「それはどうでしょう?もしかしたら彼らの運命の人かもしれないですよ」


 「ふふふ。もう日下部くんはいつも冗談ばっかり」


 怖いよぉ。でもオレはここで止まるわけにはいかないのだ。さらに薪をくべて、劇の最後まで突っ走ってもらおう。


 「お姫様だって、こんなところで立ちすくんでる人より、男らしく奪いに来る人のほうがいいかもしれませんね」


 「…………」


 ふつふつと百瀬先輩がヒートアップしていくのを感じる。先輩は何も答えないが、背中が雄弁に語っていた。


 「王子様。いいんですか?このままで?あなたがそこに立っているのは何でですか?お姫様の相手を他の人に務めさせるわけにはいかなかったからでしょ」


 確かに百瀬先輩はそう言った。そして女子にも関わらず勇気をもって王子様役に立候補して、これまでも一生懸命に練習もしてきた。


 あの舞台に上がる資格が誰よりも彼女にはあって、動くための燃料も入っている。あとは体が心に追いつくだけ。足の震えを止めて、一歩踏み出すだけだ。


 煽って、先輩の目的を明確にして、あとは……


 どんな声をかければいい。オレが先輩にいえることは。


 「後輩にカッコいい所を見せてくださいよ。先輩」


 そんな言葉が口から出てきていた。


 ありきたりな言葉だった。


 でもオレなんかにそんなこと言われても、特に響きはしないか。うーんと。えーと。オレは次なる言葉を考え込む。こういうのはコンボを繋げていかないと……


 百瀬先輩が振り返りこちらを見ていた。


 「先輩?」


 「そうだよね。私先輩だもんね」


 そんな当たり前のことを言って、先輩の背筋が伸びる。


 「助けられてばっかりだけど、そろそろいい所も見せないとね」


 百瀬先輩はスラッと腰にささる剣を抜く。それちゃんと抜ける奴なんですね。


 「征ってくるね」


 先輩は笑顔でそう言った。


 そしてステージへ。光をあびる舞台へと、彼女は一歩踏み出した。


 「私こそが、彼女を守る、彼女を愛する真の王子である。贋作どもよ。今すぐここから立ち去るがいい!」


 堂々と胸を張り、そう宣戦布告した。それはまるで本物の王子様のように。


 あーあー。確かにこりゃ演劇じゃないな。早速もう台本にはないセリフだ。この状況では仕方がないけど。


 舞台袖で止まっていた姿が嘘みたいな姿をステージ上で見せる。


 百瀬先輩は他の先輩方をばったばったとなぎ倒していく。剣を振り回し、体を回転させながら。


 それを受けてすごい勢いでぶっ飛んでいく先輩方。えっとスタントマンとかしてましたか?


 圧巻だったのは馬場先輩との剣同士の打ち合いだろう。すごい勢いで剣が煌めき、何かにぶつかったよう音がする。その剣戟に誰もが唖然としていた。


 すごいなー。二人ともいつ打合せしたんだろうなー。素晴らしい殺陣だったなー。


 最後は倒れた馬場先輩の首元に百瀬先輩が剣を突き付けて終了した。舞台上に引っ込んでいく敗れた王子様たち。


 これ白雪姫だよね?と誰もが疑問を持ちそうな大立ち回りだった。


 しかしこれで劇は正常に戻った。


 百瀬先輩ももう大丈夫だろう。だってもう海神先輩しか見えてはいないのだから。小人役の人たちが引いていることにも気づいていない。


 そんな小人たちに頼まれて、王子様は白雪姫を助けるためにキスをする。


 もちろんこれは演劇であるわけだから、キスをするふりだ。観客に見えないように口元を近づけて、キスのふりをする。


 まあ、それでもその光景が尊いことには変わらないので、オレは舞台袖の最前列で拝ませていただく。二人の距離が縮まる。現在その距離およそ20cm。


 「白雪姫()……」


 10cm……5cm、3cm、2cm、1cm、そしてゼロセンチ。


 ………………ほわぁ。



 




 オレが次に意識を取り戻したのは、カーテンコールの時だった。


 え?え!ええ!?


 何かオレは今すごいものを見てしまったような気が。あれは、妄想なのか。いい所を見せるってまさかそういうこと?オレは大混乱のなか無駄に頭脳を超回転させる。


 そんな混迷の中でふと横を見た。


 笑顔を浮かべる王子様と少し顔を赤くして手を繋ぐ白雪姫がいる。どうやら幸せになったようだ。


 なら、別になんでもいいか。ハッピーエンド万歳だ。オレは考えるのをやめた。


 今はただ先輩たちとこの歓声に応えることにしよう。


 万雷の拍手の中で、オレは彼女らと一緒に頭を下げた。



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