彼はステージにあがる
コンコンと保健室のドアをノックする。
「どうぞ」
涼やかな声に引き寄せられるようにしてドアを開ける。
そこには立ち上がり、保健室のベッドを整える海神先輩がいる。くるりと海神先輩は振り返る。おでこや首に冷却シートを張り、顔が明らかに健康な人より赤い。それでも立って動けている先輩がいた。
「どうも先輩。調子はどうですか」
「そうだね。頭は痛いし、関節も痛い。あと何だか吐き気もする。それに熱も多分下がってない」
「つまり?」
「絶好調だね」
先輩は冷却シートをはがしながら言った。やだ、かっこいい。まるで封印を解いて、力を解放しているみたい!でも効果的には多分逆!
「そっちはどうだい」
「やたら家庭科部が人気だったりと異常なことも起きましたが、まあ完璧ですね」
「流石。私が見込んだだけのことはあるね」
「いやいや、オレだけの力じゃないですよ」
オレの代わりにお店に立ってくれた竜胆や森川先輩の代わりに衣装展示を引き受けてくれたアリア、それに衣装を完成させてくれた森川先輩のおかげだ。
いうなれば、
「友情パワーのおかげです」
オレは自信満々にそう言った。
その顔を見て、一瞬きょとんとしたような顔をしたが、先輩はお腹を抱えて笑う。笑い過ぎて咳き込むほどに。何故笑う?の前に大丈夫ですか咳?
「げほっごほっ、はぁー……そうかい友情パワー。それは良いものだ。是非劇が終わったら私にもお礼を言わせてくれ」
「そうですね。まずは劇を成功させてからですね。行きましょうか」
「ああ、そうだね」
先輩は息を吐きながら、おでこから両手で髪をかき上げるように梳く。その真剣な顔はまさに試合前のアスリートのよう。ってこらこらお姫様がそんな顔をするんじゃありません。それにあなたの出番はまだですよ。
オレたちは保健室からでると体育館に向かって歩いていく。
「そういえば髪ってどうするんですか?」
オレは白雪姫というとあの有名ネズミのところのイメージが強いので、髪型は黒髪でショートボブ?サザ〇さん進化前?みたいなイメージがある。対して先輩の髪は白に近いプラチナブロンドの長髪。対照的だと言っていいだろ。一応どっちになってもいいようにカツラは森川先輩に用意してもらっているが。
「髪かい?地毛で行く予定だよ。カチューシャはつけるかな」
「そうですか」
ではそれで。
しかし当たり前だが海神先輩の動きが鈍い。それに動くのも辛そうだ。
「先輩、乗ってください」
少し前に出ると先輩の前へとしゃがむ。
「いや、いいよ」
「何言ってるんですか。ここで無理をしても良いことないですよ」
「でも……」
「先輩らしくない。何を躊躇しているんですか」
オレは肩越しに先輩を見ながら言う。いつもだったらぴょんと乗るでしょう。風邪をひいているときはネガティブになるというが、気まで弱くなるのだろうか。
「そりゃ躊躇うよ……だって君もうすでにお姫様の格好をしているじゃないか……」
?
オレの格好を見る。森川先輩に作ってもらった白雪姫のドレス風衣装だ。
「それが何か?」
「何でわからないのかな。お姫様を背負うならともかく背負われるのは恥ずかしくて仕方がないよ。ただでさえ、隣を歩いているだけでみんなからチラチラ見られているのに」
「お姫様ですから」
「まるで見られることをステータスのように……!というかなんでもう衣装を着ているんだい?」
「そりゃ試着しますし、その後別に脱ぐ理由もないですし」
「校内を移動することを理由にしてくれ…………だけどそんなんだから、そんな後輩くんだから頼んだよな、私は。うん、今のは私が悪かった」
「つまりは乗ると?」
「それはない」
オレをスカートをパンパンと払って立ち上がった。
***
体育館へと到着する。
体育館前には森川先輩が待機してくれていたので、カツラの色を伝えて受け取った。
体育館の中を覗くと、観客席にまばらに人が座っており、ステージは緞帳で隠されている。オレと海神先輩はステージ脇の部屋へと隠れるように入っていく。その部屋やステージ上は劇の準備をする先輩のクラスメイトであふれかえっていた。その中にはもちろん百瀬先輩もいる。
「岬?それに……日下部くん?」
「もうー!海神さん!どこ行ってたの!もう皆準備してるよー!」
百瀬先輩の声は、台本を丸めて持った元気な女子の声で潰されてしまっていた。
「遅れてごめん」
「まあいいよ。あなたの出番はまだなわけだし。それでえっとあなたが、海神さんの代役さんかな?」
どうやら海神先輩はこの人には話を通しているらしい。
「はい、よろしくお願いします(裏声)」
オレはお茶目にもカーテシーを決める。
「へぇ、あなたがプロ級の演技をする海神さんの知り合いね」
海神先輩!何をとんでもないハードルを建築してくれたんだ!オレはうんとすんとも言わずに曖昧に微笑んだ。肯定はしない。
「言うまでもないってことね」
違うよー。勘違いものってこうして発展するのかなって思いました。
でも、大げさにでも言わないと受け入れてもらえないか。突然連れてきたずぶの素人を代役にしますと言われても他のクラスメイトが戸惑うよな。
海神先輩はオレの耳もとに口を寄せる
「頑張ってね」
うるせぇ!
「先輩こそ百瀬先輩へのフォローお願いしますよ」
こっちをずっと見つめている百瀬先輩のフォローを。それは先輩にしかできないことなんだから。
「もちろん。げほっ」
大丈夫か、おい。
それだけ言うとオレたち二人は行動を開始する。先輩は着替えと化粧と百瀬先輩のケアに。オレは初めて会う共演者の方々と軽い打ち合わせを。
ぶっつけ本番だが、竜胆とアリアのおかげで、セリフを覚えるだけでなく動きを覚える時間もできた。それに応えないわけにはいかないよな。
***
そして劇は開演する。
ざわざわとしていた体育館はいつからか静寂に包まれている。
緞帳があがる。
ナレーションで物語は始まった。
そして当たり前だが早速オレの出番が来る。
先輩のクラスメイトの期待と不安に混じった目に晒されながら、オレはステージへと足を踏み出した。
光の中でオレはセリフを言う。
滑らかに噛むことなく。
体育館のフロアには多くの人が座っている。
そんな中でも最前線。ステージのすぐ近くに、アリアや竜胆、それに唯織と神楽坂姉妹が座っているのが見える。
目があったのは一瞬。
彼女らは期待だけを抱いて見つめていた。
オレは微笑む。
体育館中に届くようにまっすぐ前を向いて言葉を紡ぐ。
場面は展開する。
自分が信じて美しい女王様と魔法の鏡。
どちらも素晴らしい怪演。それだけ先輩のクラスが本気で取り組んだことがわかる。
そして場面は森へ。
殺すように命じられた猟師に助けられる白雪姫。
七人の小人と出会う白雪姫。
白雪姫は森で楽しく過ごす。
歌のシーンが訪れる。
他の人に合わせるように丁寧に歌う。ここで大きい声はいらない。違和感を抱かせないことを優先する。
歌い切った。
最後は魔女に化けた女王様の登場。
オレは貰った毒リンゴを齧る。
そしてステージは暗転した。
***
「ふぅ」
オレは舞台袖で汗をぬぐう。
どうだっただろうか。付け焼刃も付け焼刃。でも今のオレにできることは100%できた気がしている。
だがそれは傍から見ていてもわからない。わかるのは上手いか下手かだけ。
その答えはステージ横で待機する人たちから得ることができた。
「良かったです」「すごかったです」音を鳴らさないように拍手をしながら、小声で先輩たちはそう言ってくれた。
そうか。良かったのか。オレは柄にもなくほっとした。
それが社交辞令か本音かどうかはわからない。でも先輩たちの笑顔を信じておこうと思った。
舞台ではあちらの袖から海神先輩が出てきて、ステージ上のベッドで眠りにつく演技をする。あの人本当に寝ちゃわないだろうか?そんな心配が頭に浮かぶほど余裕もでてきた。
何にせよ、これでオレの仕事は終わりだ。
あとは海神先輩と百瀬先輩の舞台だ。
「あ、百瀬先輩、楽しんできてくださいね」
オレは丁度スタンバイのために通りかかった王子様の格好をした先輩にそう声をかける。
「うん」
百瀬先輩は少し笑って舞台袖へと向かった。
百瀬先輩?
「ちゃんとやらなきゃ。頑張らなきゃ。だって日下部くんがあんなに頑張ったんだから。岬があんな状態で頑張ってるんだから。絶対失敗しちゃいけないんだから。私が台無しにするわけには……」




