彼は屋台を見る
「悲しい事件だった」
「しょっぴかれてないからね。誤解を招くような言い方やめてね」
窓の外を見ながらそう呟く唯織につっこむ。
神楽坂さんとの物理的なお話は幼女の涙によって止まることになった。その代償としてオレは危うく不審者扱いされるところだったが。幼女にはプ〇キュアの声真似で何とか泣き止んでもらえることができた。芸は身を助けるとはよく言ったものだ。それにしてもラブ〇イブと同じ声優さんが声をあてているプ〇キュアが居て良かったぜ。そうでなければあとオレに残された手段は土下座しかなかった。
神楽坂さんはオレがどれだけ危険人物であるかを華恋に言い聞かせながら、華恋と一緒にどこかへ行ってしまった。神楽坂さんずっと怒ってたな。終始顔が赤かったし、呂律も怪しかったし。夜道には気をつけることにしよう。
さて家庭科部の当番を終えたオレと唯織は昼食をとることにした。文化祭中でも購買や食堂は空いており、そこで食べてもいいが、やはりここは祭らしいものを食べたい。
「昼食は屋台エリアで買おうと思うんだがどうだ?」
「いいよ」
唯織の同意も得たことだしオレたちは屋台エリアへと向かった。屋台エリアは校舎を出てから校庭に至るまでの外のエリアがそれにあたる。例年運動部の皆さんがここに屋台を出店しているらしい。
昼食時ということもあって、屋台エリアはとても混んでいた。
「唯織は何食べたい?」
「トルネードポテト」
「その回答は予想してなかった」
定番ではないけど確かに普通のお祭でも見かけるし、今日も出しているところはある。でも何だろうか。どことなく漂う食べ物で遊んじゃった感は。名前かな?でも割と的確に見た目を表しているよな。
「あとは?」
「たこ焼きタコ抜き」
「わかるわー」
たこ焼きのタコってもはや蛇足だよね。だってあれもうタコの味しないんだもん。ソースとマヨネーズの味しかしない。もはやタコは原価を上げるために入っているとしか思えないんだが。
「でも屋台の生徒を困らすだけだから、今日はその注文はやめておこうな」
「わかった」
初心者はそういうマニュアルから外れた注文に弱いからね。オレもバイトでそういう注文をよく間違えそうになったもんだ。しっかり焼いてほしいとか食べれないものがあるから抜いてとか。
何も考えずにマニュアル通りに動くように最適化されてるから、余計な注文があると逆に手間がかかるんだよな。だからたまに来る抜いた分の食材の値段をお会計から引いてくれと言うお客様どもよ。手間賃が入ってるので定価になりまーす。
「とりあえず、どんどん買っていくか」
オレたちは屋台を回り、食べ物を買っていく。トルネードポテト、たこ焼き、焼きそば、唐揚げ、じゃがバター、ラムネ。うーん。カロリーの暴力。背徳的だぜ。
「「あ」」
「……はぁ」
沢山の戦利品をもって、近くのベンチへと行こうとしたとき、かき氷の屋台の中に竜胆をみつけた。今、オレの顔を見て、ため息つきました?
「おっす、竜胆。ここ女テニのテントか」
「……ええ、そうよ」
だと思った。だって竜胆や同じ屋台の中にいる先輩はテニスウェア着てるもの。相変わらずの原色のテニスウェアは随分と屋台の中を彩っている。女テニの制服として着てるのかな?それにしても屋台とミスマッチだ。
「かき氷食べるの?」
「いや、後で食べるかも知れんが、今はいいな」
オレは両手一杯の食べ物を見せる。冷やかしに来ただけだよ。かき氷だけに!
なお唯織は先程からモソモソとトルネードポテトを食べている。ちなみにこのトルネードポテトは唯織の顔の長さの1.5倍ぐらいある。食べきれるのだろうか。
「じゃあな」
「ええ」
「ちょーーーと待ったぁぁぁぁ!」
普通に別れようとしたけど、そこで何故か女テニの先輩から待ったがかかった。
「君たち!」
「はい」
モサモサ
「もしかして竜胆ちゃんの友達かな?」
「クラスメイトですね」
「今日初めて会った」
「ええ!?友達じゃないの!?うっそだー!」
「先輩。恥ずかしいので落ち着いてください」
「だって君、竜胆ちゃんのこと名前で呼び捨てにしてるじゃん」
「ええ、そうですね」
「だよね!やっぱり呼び捨てにしてるよね!」
「大きい声出さないでください。ちゃんと聞こえますから」
「やーん。ツンツンしてるー」
身もだえる女テニの先輩。この学校、こんな人ばっかだな。やっぱり勉強ばっかしているとストレスの解消の仕方がおかしくなるのだろうか。
「じゃなくて!他に男子で名前で呼ばせてる人いる?いないでしょ?」
「……それは、いませんが」
「まあ、そもそも竜胆の知り合い自体が少ないですけどね」
「日下部くん。氷味わってみる?」
「いや、だからさっきいらないと……竜胆、落ち着いてその氷のブロックを置くんだ」
レンガぐらいの大きさの氷を持って凍えるまなざしをオレに向ける竜胆。氷を鈍器として味わってみるってことか。
「ほらぁ!今だって冗談なんて言い合ちゃってすごい仲良さげじゃん!」
今のが冗談に聞こえるのなら先輩もまだまだだぜ。あの目は本気だった。鈍器として使うことはないだろうが、口に突っ込むぐらいはしていただろう。
「ああぁ!」
「今度は何ですか?」
突然また大声を上げる先輩。目を大きく開き天啓を受けたような表情だ。もしくは怪電波を受信したような表情。
「私、わかっちゃった」
「何をですか?」
「友達じゃない……つまりはカレカノってことでしょ!」
「「違います」」
「ほら、もう息ぴったり~!」
くるくると回り出す先輩。オレは竜胆にもう行っていいかとジェスチャーする。竜胆は大きくため息をつくとどうぞとジェスチャーを返す。あとどのくらいかわからないが、この先輩と一緒に過ごす竜胆に合掌。だが、オレとの関係を延々に勘違いされるよりはましだろう。
「もう二人には言葉もいらないんだね」
ぴたりと止まり目を輝かせる先輩。くるくる回っていたくせに目ざといな。
「そーくん」
しびれを切らしたのか唯織が話しかけてくる。
「ああ、悪い。早くベンチに行くか」
「トルネードポテト飽きた」
でしょうね。男子高校生とかが買うサイズ感だったな。それでも8割ほど食べきってるし大健闘だろう。他にもまだ食べるものもあるし、その辺にしておきー。
「了解。あとでオレが食べるよ」
「ありがとう。あーん」
「いや、あとで……」
まあいいか。オレは差し出されたトルネードポテトを食べた。はむはむ。うめぇ。
「きゃっ」
「…………」
女テニの先輩は口元を抑え信じられないものを見る目でこちらを見る。
「二股……」
「違います。ただの友達ですよ。先輩だって友達と食べ物シェアしたりするでしょ?」
「え、頭大丈夫?」
「なんでや」
急な暴言で思わずエセ関西弁が出た。
「そうだ!確かただの友達だよっていう男は島流しにしていいんだよね」
「いいわけないです」
一体どこの偉い人がそんなこと許可したのか。
「竜胆ちゃん!じゃあこっちもあーんしなきゃ!」
本当に意味がわからない。
だけど残念だったな。竜胆はそんな悪ふざけにはのらないクールビューティーだぞ。
「……そうですね」
「竜胆!?」
思わず竜胆を見る。
目が合うと恥ずかし気に竜胆は顔をそらした。でももう一度こちらに向き直る。そして震える手をこちらに向けて差し出した。
「……あーん」
小さな声で竜胆はそう言った。そんな竜胆の隣で女テニの先輩は声なき悲鳴をあげながら、顔を両手でかくしている。お約束で指の隙間からガン見しているけども。
「日下部くん……早くして。こっちだってきついのだから」
「竜胆……」
オレはごくりと生唾を飲み込んでから言った。
「きついならその氷のブロック置けばい「はい、あーん」
「いや、それいくらでも口を開けれる魔法の言葉じゃな、がぽぽぽ……」
「うわー!すごい!修羅場だ!初めて見た!」
いいから、竜胆の暴挙を止めてください。




