彼は夕暮れの屋上に導かれる
『おい、いつまで寝てるんだ。起きろ!』
「はい、起きます!sir !」
心がぴょんぴょんするアラームの声で飛び起きる。日頃の鍛錬の成果がすごい。みんなもこれがあれば寝坊はなくなると思う。
「さて……」
何処だここは。暗い。とりあえず家じゃないことは確かだ。スマホを見るとまだ夕方だ。夏だからこの時間帯はまだ日は沈んでいないはずなのに、なぜこんなに暗いのだろうか。オレはキョロキョロとあたりを見回す。
灯りだ。
暗闇の中に光る灯り。オレは深海の小魚のようにその灯りへとフラフラと近づいていく。ぼわぁと浮かび上がる人影。なんでこんな暗がりに人が?オレもか。
鎧だ。目の辺りを光らせた鎧だ。
ああ、ここ教室だ。オレはスマホのライトをつけると鎧の灯りを消す。道理でまだ夕方なのに暗い筈だ。しっかり窓は暗幕とダンボールで覆われている。
思い出した。確か神楽坂さんに襲われたんだ。それでオレは落とされたわけか。
自分の寝ていた場所を見ると、毛布とタオルケットが落ちている。誰かが敷布団と掛布団を用意してくれたらしい。全くいい迷惑だぜ。寝やすい環境を整えたらすぐに起きれないでしょうが。これだから気絶慣れしてないやつは。
オレは皆さんの意識の低さに呆れながら、布団を畳み始める。ひらりと紙が布団の上から落ちた。なんだこれ手紙か。
『宗介くんへ。あなたがこれを読んでいる頃には私はここにいないでしょう』
そうだね。誰もいなかったね。宗介くんと呼ぶのはクラスでアリアしかいないので、これを書いた人は確定した。
『準備が終わったので私たちは帰るね。気持ちよく寝ているところを邪魔するのも悪いので、布団を持ってきてあげるね』
アリアか。心地よい就寝環境を整えたのは。気遣いが全部おかしい。
『安心してください。寝過ごさないように宗介くんのスマホでアラームをかけておきました』
ああ、道理でアラームがいつも使っているやつだと思った。いやー感謝。感謝。アラームかけるなら普通に帰る時に起こしてよ。
そしてやはり指紋認証のスマホロックはセキュリティがガバガバだということがわかりました。
『あ、大丈夫だよ。心配しないで。人のスマホの中身を勝手にいじるようなことしてないから』
それは安心。
『せいぜいりんちゃんと一緒に検索履歴を見たぐらい』
「一番やっちゃいけないやつ!」
思わず叫んだ。
男の検索履歴を見るとか、人によっては致命傷だぞ。オレだからよかったものを。
一応検索履歴を見てみる。何調べてたっけ?えっと検索履歴上から。
『なろう ラブコメ ヤンデレブラコン』
『はー◯るん ss ヤンデレブラコン』
『ヤンデレ ブラコン ss』
『ラノベ ヤンデレ おすすめ』
そうそう、急にヤンデレの小説が読みたくなったんだよな。
『プシオン 現実』
『サイオン 現実』
『トライデント』
『エイドス 現実』
確かアニメ見ながら気になって調べたかな。
『抱き枕カバー アニメコラボ』
『クッション アニメコラボ』
『シーツ アニメコラボ』
調べたかなぁ?
まあいいや。特に恥ずかしいことは調べてないな。良かった。良かった。
安心して手紙の続きを読む。
『宗介くんって……華凛ちゃんみたいな人が好みなのかな?今日も楽しそうに接していたし、気が合いそうだし』
華凛ちゃん?誰だ。今日、楽しそうに接していた相手……委員長か?委員長は委員長だから違うか。華凛、華凛、華凛……随分華恋と名前が似ていてややこしいな。
ああ、華凛って神楽坂さんか。好みかどうか?うーん。華恋との組み合わせは至高だと思う。
『お兄ちゃんどいて、そいつ殺せない』
?
なんで急にこんなネットミームが?読み飛ばしたか?
『こほん。布団はその辺に畳んで置いておいてね。また明日。アリアより』
了解。布団は畳んでおきます。
んあ?まだ続きがあるな。
『追伸 アラームで起きた場合、アラームセットの時間は下校時間ギリギリなので、急いだ方がいいよ』
「最初に書けい」
慌てて布団を畳むとカバンを引っ掴む。なおカバンはオレの枕にしてあった。
お化け屋敷を抜けて廊下へと出る。
もうだいぶ薄暗い。夕日が今にも沈みそうだ。オレは廊下を駆ける。
その時、オレは目撃した。向かいの校舎の屋上で何かが蠢いたのを。オレはピタリと立ち止まると深呼吸する。
バッともう一度、屋上をみる。見たところ何もいなそうだ。なんだ見間違いか焦らせよって。また何かが動いた。
ふう。
オレは窓の下にしゃがみ込む。
いやいやいやいや。ないないないない。こんなところに出るわけない。はっ!お化け屋敷をやるのにお祓いをしてないからか!だからメイド喫茶が良いっていったのに。
落ち着けオレ。大丈夫だ。別にここは曰く付きの場所じゃあるまいし。でもこれ聞くたびに思うのは、日本には全国津々浦々争ってた戦国時代ってのがあるわけだし、曰くがない場所なんてものは実は存在しないんじゃ。つまり何処へでも出る可能性があるわけだ。
落ち着いた結果、これだよ。てんぱってヒィヒィ言いながら逃げれば良かった。
さてと、屋上、行ってみるか。
みんなが言いたいことはわかるよ。バカめってことでしょ。
でもよく言うだろ。幽霊の正体見たり枯れ尾花って。もしかしたらなんか文化祭の出し物とかが置いてあって、風に揺れているだけかもしれない。
逆にこのまま帰れば、オレの卓越なる想像力が今日見たものを怪物にするだろう。だからオレはここで引くわけにはいかないのだ。
オレは向かいの屋上へと向かうことにした。
到着。
屋上のドアの前でオレは佇んでいる。
まずはドアに耳を当ててみる。声が聞こえた。こんな下校時間ギリギリに。当然ここまで来るまでに人は誰も見なかった。ごくりと喉がなる。誰かがいる。何かがいる。
オレはドアノブに手をかけるとゆっくりと開ける。
そしてドアの隙間から覗き込む。
そこで見たものとは……!
動きながら劇の練習をしている百瀬先輩。
焦った〜よかった〜生きてる人だ〜
やっぱりお化けなんていなかったんだ。気が抜ける。その拍子にドアに体が当たり、音が鳴った。
百瀬先輩がすぐにこちらを向く。ばちりと目が合う。
「キャァァァァァァ!お化け!」
落ち着いて。違うよ。
オレはすぐさま安心させようと屋上へ飛び出すと。
「いや、いや。こっちに来ないで!」
だからオレだってば。部活のマスコット、そうすけくんですよ。そんな人の顔を見て化け物みたいに。
ヌルっと。顔を触ると白いものが手についた。
ポクポクチーン。
うん、そりゃ叫ぶわな。