彼女は異常に馴染んでいる
気がついたら黒猫はどこかへ行ってしまっていた。どうやら先輩との大きな声でのやりとりにびっくりしたようだ。オレは選ばれしものではなかったらしい。いや、まあ魔法少女になりたかったわけではないが。
オレの情報網によると、何と近々魔界の王を決める戦いが再び開かれるらしい。オレはそっちに選ばれるかもしれない。
気を取り直してゴミ捨て場に行ってみたが、やはり段ボールは微塵も存在しなかった。なので当初の予定通り、周りのお店へと段ボールをもらいに行くことにする。
行くとしたらやはり飲食店だろうか。スーパーとかはたくさん出るだろうが、お店によっては荷物運び用にレジの近くに置くことも少なくはない。それを貰うのは少々ルール違反だろう。飲食店以外のお店は返品作業で段ボールを使うかもしれない。よって狙い目は飲食店だ。
交渉人始動します。
オレは交渉人の力を遺憾なく発揮して、多大なる戦果をあげた。まじで、ダンボール、おおい。もはやダンボールの神様と言っても過言ではない。ダンボール。るーるるーるー。
みたか海神先輩め。オレだって働いているのだ。
***
学校が終わりオレは意気揚々と帰宅した。玄関のカギを開けて……いや開いてるな。オレは特に何とも思わずドアを開ける。
風を切る音。
まぁとりっくす!
大きく逸らした体の上を何かが通過する。ぶれるボールが8個に見えるオレの動体視力をもってしてその物体を視認する。それは青色の物体。スライムか?
「あ」
ベチャ
スライムは釣り針についていたようだが、飛んできた勢いで外れてしまった。つまりはオレの顔面に落ちてきた。
オレは体を起こす。視界が青く染まっている。
「あははは!どうだ宗介!びっくりしたか……うわ!宗介がスライムに襲われている!」
襲わせた張本人が何を言ってるんだか。オレは顔面に張り付いたスライムをとる。うげぇ。髪に引っ付いて離れん。
「いきなり何をするんだ。かれ……ん……」
そこには黒猫がいた。
いつもの制服のほかに、猫耳、肉球、しっぽを装備した華恋が立っていた。なんだその最強の装備は。
「ごめん。ごめん。スライムのかかり具合が甘かったみたいだ」
「わかりました。オレは魔法少女になります」
「何を言っているんだ?」
「本当に何を言っているんだろうね」
あまりの衝撃に、華恋の相棒として戦う決意をしてからラスボスと一緒に爆発するクライマックスまで意識が飛んでしまった。ふう。危ない。現実に戻ってきたぞ。脳内に溢れ出した存在しない記憶……!
「ほい」
「ん」
オレは華恋が差し出してきたタッパーにスライムをべちゃりと入れる。再利用するなら洗ったほうがいいと思うよ。顔の汚れを取り込んでいるから。……洗顔スライムか。ファンタジー世界の便利スライムの一つにありそう。いや、流石にスライムを顔面につけるのは抵抗があるか。でもスライムはなんでもありだからなー。
「とりあえずシャワー浴びる」
「夜シャンというやつだな」
「違う。それ普通のシャン」
「そういえば、何でシャワーをシャンって略すんだろうな。朝シャワだと言いにくいからかな?」
「え。シャンプーの略だろ」
「そうなのか」
「いや、知らない。特に調べたことはないけど、普通にそう思ってた」
そういえばうちの父上は、朝シャンをするが、ハゲ防止とか言ってシャンプーをしないでお湯だけ使うらしい。つまりその行為を朝シャンと言うならば華恋の方が正しいのだろうか。それともそんな細かいことは気にせず使っていてオレの方が正しいのだろうか。世界の謎がまた一つここに。
この謎は今は解けそうにないので、さっさと夜シャンすることにしよう。
「あ、宗介。着替えはわたしが持っていくから。シャワー浴びてていいよー」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」
***
「ふう、さっぱりした」
華恋が持ってきてくれたTシャツ短パンを着てリビングへと行く。どうでもいいことだが、Tシャツには大きく已己巳己と書かれている。華恋は一体どういうセンスをしてるんだろうか。ぷぷー。あ、オレのものか。一体どこで買ったんだ。
「おかえり。何か飲むか」
「じゃあ牛乳で」
「こんなこともあろうかと」
すっと、机にのっていた牛乳を渡してくる。
「それはキンキンに冷やしておいて欲しかった」
「お腹こわしちゃうぞ」
「ふっ、オレは生まれてこの方お腹をこわしたことはない」
それは言い過ぎた。小さい頃は定かではない。
「精々、ちょっとトイレの時間が長くなるくらいだ」
「お腹壊してるぞ。宗介」
「やだな。ただの体調の波だろ」
「それをお腹こわしてるというんだぞ」
全く華恋は大袈裟な物言いをする。お腹をこわすっていうのは噂に聞くと腹痛を伴うと聞いた。そんなことは一度も経験したことがない。
ぐびぐびぷはー。やっぱり風呂上がりには牛乳が一番だな。しかし、いつからこの習慣があるんだろうか。
はっ、まさか牛乳屋さんの策略か。こんなに自然に生活の一部に入り込みオレたちに悟らせはしないとは、牛乳屋さんには優れた軍師がいるようだ。しかも風呂上がりは毎日ほとんどの人にある。完璧な計画だ。
チョコ屋さんやおもちゃ屋さんは牛乳屋さんを見習った方がいい。あんな一時期の一イベントだけに狙いを定めるなんて、甘い甘い。チョコだけにね。あっはっは。
「それで今日も夕飯を食べてくか?」
「いいのか!?」
「いいよ。いいよ。華恋は別にそんなに食べるわけじゃないしな」
「やった!」
牛乳を飲んだコップを台所のシンクで水に浸けておく。それからエプロンを2つとると1つをちょこちょこと近づいてきた華恋に渡す。
「今日の夕飯は何かな〜」
「肉じゃがだ」
今朝作っておいた肉じゃがを冷蔵庫から出して、IHにかける。
「わぁ、あざといと言う噂のアレだな」
「それだ。でも、何でだろうな。これそんな料理スキルがいるとは思えないが」
カレーの作り方とそんなに大差ないし。
オレはふと思い出す。大きめにカットされた生煮えの野菜。溶けきってないカレーのルー。珍しく少し気まずそうな姉ちゃん。溢れ出してきた存在する記憶……!
反省した。カレーにも料理スキルは必要。
「あ、華恋。冷蔵庫から味噌汁も出してくれ。開けてすぐ正面の鍋のやつだ」
「りょうか〜い」
味噌汁もIHにおいて温めを開始する。二人で並んで鍋をかき回す。
「そういえば、何で黒猫の格好をしてるんだ」
歩くたびに尻尾が揺れていて気になっていた。尻尾はベルトにつけて装着しているようだ。
「宗介がお化け屋敷をやるって聞いたからな、わたしが作ったものを持ってきたんだ。役にたつと思って」
「ありがとう。着ている意味は?」
「え?そりゃ宗介を怖がらせるためだよ。でも、流石だな。文化祭ではみんなキャーキャー言ってたんだが、宗介は悲鳴を上げなかったな」
なるほど。黄色い悲鳴ですね。わかります。
「スライム係じゃなかったのか?」
「どっちもだよ。半分半分でシフトの時間をわけたんだ。どうしても驚かせ役が足りないからって」
ダウト。華恋に着せたかっただけだろう。
「しかも便利なんだぞこれ。ほら熱いものを触っても熱くない」
「危ないから鍋の側面を触らない」
「あっつい!」
「ほら見たことか」
オレは華恋の手から猫の手袋を外すと、水で冷やす。
「えへへ。失敗。失敗」
流れ落ちる水が華恋の細い指の間を抜けていく。
「なんだ」
華恋の手が、オレの手を掴みぐにぐにする。あの、水が冷たいんですが。
「いや、宗介の手が大きいからあの手袋入るかなと思って」
「え?その格好オレがするの?」
「指は結構細いから大丈夫か」
「オレが付けるのか……誰得なんだ」
まあ、これぐらいでいいか。オレは水道を止めると、華恋の手をタオルでぐしぐしと拭う。
「ありがとな」
「いえいえ。じゃあ、よそるか。華恋はみそ汁をお願い」
「りょうかい!」
華恋は棚から二つ器をだすと、みそ汁を持ってくる。味噌汁はみそ汁と書いた方が美味しいそうに見える気がする。
オレも大きめの器をだすと肉じゃがを盛り付ける。後は、箸、箸。華恋の箸はこれだな。ダイニングのテーブルに並べて置く。後ろから華恋もみそ汁を持ってくる。
「華恋はご飯どれくらい?」
「いつもぐらいで」
「はいよ」
「宗介、飲み物は麦茶か」
「そう」
「はーい」
炊飯器を開けると湯気がもわっとたつ。やっぱりお米は炊き立てが一番だな。手早くご飯をよそうと、お茶を持った華恋と一緒に席に着く。
では、お手手を合わせて。
「「いただきます」」
ガチャリ
「ただいま」
「「おかえりなさ〜い」」
リビングを開けて、姉ちゃんが入ってくる。
もう少し早く帰ってきたら、ご飯とみそ汁をよそってあげたのに。オレは準備しないよ。本当だよ。頼まれてもやらないからね。
「やだ。バカ可愛いわね。その格好」
「えへへ」
姉ちゃんは華恋を怪しい目つきで見ながら、みそ汁とご飯をよそう。どうやら心配は杞憂だったようだ。これも華恋のかわいさのおかげか。
ちゃんと料理の方を見なさいよ。溢したら許しまへんからね。
姉ちゃんもダイビングのテーブルに着席する。
「それで、我が妹はいつになったら一緒に住むの?」
開口一番何を言っているのだろうか。
「だから妹じゃないだろうに。やめなさい。なんだかうちが複雑な家庭のようでしょうが」
「そうだぞ。それにわたしはわたしの家があるんだから、一緒には住めないぞ」
「それもそうね」
「全く姉ちゃんはいつもこの話するんだから」
「そうそう」
「「「あっはっはっはっは」」」
本当姉ちゃんはおかしいなぁ。
ツッコミの不在




