彼はいつだって堂々としている
オレはまず隣のクラスに入ると、担任の先生に許可を取り、クラスリーダーにこちらの用件を説明した。メイド喫茶を合同でやらないかという提案だ。もちろん最初は難色を示す。
それはわかりきっていたことだ。だからメイド喫茶はひとまずおいておき、合同ですることに対してのメリットを示し、まずはそっちの要求をのませる。大きい要求のあとに小さい要求を通そうとする。これぞあの有名なドアインザフェイスという交渉テクニックだ。
そして隣のクラスのクラスリーダーはまんまと食いついた。クラスで話し合ってくれるらしい。よし。
断られた時のために、念のため反対側のクラスにも同じことをする。これで完璧。
あとは実際に出し物を決める時に、交渉人の名にかけてメイド喫茶を通すのみだ!ふふっ腕がなるぜ!
そしてオレはその場に呼ばれなかった。
***
「という感じでオレのクラスは、お化け屋敷をすることになりましたね」
クラス代表による出し物の選定、3クラス投票の結果、得票率およそ7割でお化け屋敷に決定した。確かに3教室も広さがあれば、文化祭ではちゃちくなりがちなお化け屋敷も面白いものができるかもしれない。
オレの一番の敗因はオレの交渉人としての実力が高すぎて、両側どちらのクラスも合同で取り組むことに対して食いついてきたこと。そうしてあまりにも広いスペースを手に入れてしまった。オレの交渉人としての腕前がにくい。
「それで、うちの部活では何をするんですか?」
そう部室で海神先輩に聞く。
今日はみんなでする活動がなく、各々好きなことをしている。本当に好きなことをしている。お茶をしている人もいるし、宿題に取り組んでいる人もいる。自由だなこの部活。だがこれもまたオレが求めていたもの。
「うちの部活は、一応展示と販売をやろうと思ってるよ」
「展示と販売?」
「ああ、展示はまあ単純に作品の展示。ぬいぐるみとか編みぐるみとか色々作ってきたものがあるしね。あと魔法少女の服とかウェディングドレスとか」
「確かにあれは展示されてしかるべきものでしたね」
魔法少女の服もウェディングドレスもものすごい出来栄えだった。実際に着た人が言うんだから間違いない。
「で、販売はミサンガとストラップとかシュシュとか手芸の小物とクッキー等のお菓子販売かな。隣の教室を半分展示、半分販売で分ける感じだ」
「じゃあ、当日までの仕事としては小物作り、当日前日ぐらいにお菓子作り、当日の仕事としては店番とかですかね……なんだよアリア」
なんだかアリアが驚きを含んだ顔でこちらを見る。
「えっと。ごめんね。クラスであれだけごねてた人があまりにも普通に文化祭について話しているから驚いちゃって」
「何言っているんだ。当たり前だろ。この部活には3年生の先輩もいるんだぞ。オレがわがまま言っていいところじゃないだろ」
「急にまともなこと言うんだもんなぁ。なんか鳥肌立ってきちゃった」
「もしかして好感度を稼ごうとしてるのかい?」
「ははっ。こやつら。好青年なオレに向かってなんたる言い草だ」
短髪だし常に爽やかな笑みを浮かべているし。まじ好青年。これでスーツとか着れば完璧な量産型好青年の出来上がりだ。
「ねぇ。そーくん」
「なんだ唯織」
「そーくんはメイドが好きなの?」
「メイドも好きだな」
「好青年の言うことじゃないよね」
正直は美徳に決まっているだろう。
簡単に言えば可愛い格好をしている女の子が好き。特にメイドといった非日常を感じさせてくれるのが好きだな。
「そう」
唯織はメイド、メイド、冥土と呟いている。最後なんか違くなかった。
「そういえば、先輩のクラスは何の出し物をするんですか?」
そう聞くと何故か先輩はうっと答えるのに窮する。
「……演劇」
答えるのに詰まった割に普通の答えだ。
「へーそっちも楽しそうですね。あれですか体育館でやるんですか?」
「そうだね」
クラスの出し物としてはそう言った体育館のステージでの発表もできるようになっている。体育館ではタイムテーブルが組まれ文化祭中、何かしらの出し物が部活、同好会、クラス等によって行われるらしい。
「ちなみに何やるかは決まってるんですか?」
「白雪姫」
「グリム童話をやるなんて中々攻めてますね」
「うん、真っ先に原作を思い浮かべたのは多分君だけだよ。マイルドにした方に決まってる」
いや、唯織もぴくりと反応したから、多分オレだけじゃない。
マイルドにした方ということは、最後はキスで目覚めて、めでたしめでたしのやつか。熱された靴で踊り狂う方じゃないのね。
「先輩は演者ですよね?何の役をやるんですか?」
「何で決めつけたのかはわからないが、まあそうだね」
そりゃ先輩の容姿だったら、目立つし絵が映えるからクラスの人が逃すわけないし。先輩も別にこういうのに緊張するという柄でもないし。
「で、何の役をやるんですか?」
そう聞いた瞬間、先輩は苦々しげな顔をした。まさか木の役とかだろうか。いやここまで嫌そうにするということは、邪悪な魔女の役かな。大丈夫ですよ先輩。似合ってますから。
「……白雪姫」
「「「え?」」」
一年生3人同時に聞き返した。
聞こえなかったのではない。確かに先輩の声は小さかったが、ちゃんと聞こえていた。ただ信じられなかっただけだ。
「だから白雪姫!」
「「「……おお〜〜」」」
「その反応は何かな?言いたいことがあるならはっきり言えばいい」
「嘘だろ」
スパン。
ハリセンが煌めいた。
言いたいことは言ってもいいが、言うとこうなるらしい。理不尽な。
「先輩は世界で一番美しいからお似合いですね」
「もう取り繕っても遅いよ。さっき嘘だろって漏れてたから」
いや、だって先輩のイメージはハーレムを作ってる変態だから。どうしても白雪姫と等号で結ばれない。
「ちなみに王子様役は……紬ちゃん!」
そう言って海神先輩は近くで読書をしていた先輩を呼ぶ。
百瀬紬先輩。優しく大人しめの2年生の先輩だ。長い黒髪は肩甲骨のあたりまで達している。
「何?岬」
「王子様役、つまりは私の相手役の百瀬紬ちゃんだ」
オレたち一年生3人は無言で顔を見合わせると、オレが代表して口を開く。
「配役、逆じゃないですか?」
「まあ、私が先に満場一致で白雪姫役に決まってしまってね。それでその後に王子様役を決めたんだが……」
満場一致。もしかして先輩のクラスの人は目が節穴か何かなんだろうか。
「王子様役に私が立候補したの」
百瀬先輩は恥ずかしげに言った。
「意外ですね。百瀬先輩はそういうのやらない人だと思ってましたし」
百瀬先輩はぶっちゃっけ人見知りとか恥ずかしがりだと思っていた。唯織にも最初は全然話しかけられていなかったし。
「その……他の有象無象に岬の相手役をやらせるわけにはいかなかったから」
そうさらに顔を真っ赤にしていった。
なるほど先輩のハーレムの一員でしたか。海神先輩はその百瀬先輩の反応を見てご満悦だ。鼻の穴がぴくぴくしている。
うん、お姫様が王子様に向ける表情じゃないよね。
「それでだ、後輩くん」
「何ですか?」
「紬ちゃんは私への愛でやる気は十分なんだが、何せ演劇なんてやったことなくてね」
「愛だなんて、そんな」
「ごちそうさまです。それで?」
「このままでは人前で演技なんてできないかもしれない」
海神先輩は立ち上がるとオレのところまで来て、オレの肩に手を置いた。
「君には特訓に付き合って欲しいんだ」
「演劇のですか?オレも別にやったことがあるわけじゃないですし、それに王子様の相手役なら女子の方がいいんじゃないですか?」
「いや違う。君に教えて欲しいのは、」
先輩はグッと手に力を込め、オレの目を真正面から見る。
「恥の捨て方だ」
「捨てたことないです」
真剣な顔で何言ってるの?