彼らはクラスの出し物を決める
時は少し遡る。アリアのお見舞いに行った次の日。
「アリア」
「宗介くん」
オレは部室からぬるりと退室したアリアを追いかけた。廊下でオレたち二人は向かい合う。
「何かな?宗介くん」
「オレだけあそこに取り残されても困るんだが。昨日の話ってどこまで喋って良いの?」
色々先輩と唯織から質問を受けた。しかしなにぶんアリアのプライベートのことだからオレが迂闊に答えていいか迷う。
「何も喋らないでいいかな。うんそれがいいと思う」
「そうか」
アリアがそう言うのなら全部ノーコメントで返すかな。
「しかしオレには喋って欲しくないのに、どうしてあそこで昨日のことを言ったんだ?」
そう聞くとアリアは微妙な表情する。本当になんとも言えない顔だ。
「普通聞くかなぁ。そういうこと」
「聞くさ。対話の重要さを昨日唯織と学んだからな」
「……また黒崎さん」
アリアは少し不満気に何かを呟いた。たぶん唯織の名前?そしてこれまた大きなため息を一つ。
「そうだなぁ。黒崎さんと宗介くんが仲が良い感じで、ちょっと悔しかっただけ」
「それって」
「それだけだから」
アリアはそう言って廊下を駆けていった。廊下を走るな。
つまりはどういうことだ?
…………は!これ日常系アニメでやったところだ!
確かあの時は昔から仲良しの幼馴染の友達が高校で出会った他の友達と仲良くしているのを見て、今と同じような空気を出していた。
オレはつい口元がほころぶ。
これは、あれだな。
友達にだいぶ近づいたのではないだろうか。
まさか先に仲良くなった人が他の人と仲良くしているのを見てムキになる嫉妬イベントが本当に起きるなんて。
やっぱり日常系アニメのシチュエーションは現実にもあてはめることができる。適当なハウツー本よりよっぽど頼りになるぜ。
日常系アニメこそこの世の真実を記すアカシックレコードなのかもしれない。オレはまた世界の深淵へと手を伸ばしてしまった……。
オレは確かな進歩に手応えを感じると、気分良く部室に戻るのであった。
***
そして時は戻り、神楽坂姉妹のテニスから二日後のホームルームの時間。
「世界は美しい」
「……最近日下部くんおかしいわよね。前からおかしくないとは言えなかったけども」
失礼な。ただオレはあるがままの事実を言ったまでだ。見てみろ世界はこんなにも豊かで色づいている。
「妙に機嫌が良いわよね。アリア、何か知ってる?」
「知っていると言えば、知ってるけど……致命的な何かを間違えてる気がする……」
何を言っている。アカシックレコードが間違えてるわけないだろう。
ガラガラと教室のドアを開き、先生が入ってくる。
「はい、じゃあホームルームを始めます。今日は文化祭のクラスの出し物のことですね。では小島くんたちお願いします」
「はい」
小島が前に出てくる。何を隠そう小島はクラス委員長なのだ。クラス委員長(笑)。未だにこの呼び名には慣れない。
副委員長の女子も一緒に前に出てくる。メガネをかけた真面目な女子生徒で夏目さんという。三つ編みではないが、オレはこの人のことを委員長と呼んでいる。そうしていたらみんなも呼ぶようになった。小島が委員長なのに夏目さんをみんなが委員長と呼ぶややこしい状況を作り出したオレは、夏目さんにジト目で少し小言を言われた。竜胆に比べるとジト目はまだまだ甘ちゃんだったがな。もう少し湿度を高めて、研鑽して欲しいものだ。
「あーじゃあクラスの出し物を決めます。何か意見ある人」
オレは手を挙げた。
「基本的には場所はこの教室だ。だから激しい運動系はできないが、まあじゃんじゃん意見を出して欲しい」
オレは高々と天に向かって手を伸ばす。小島はオレを一瞥して一言。
「……誰かいないか」
「おい、いるだろ」
何でさっきからスルーだ。スルーできないぐらいウザ絡みしてやろうか。オレは先生の前でもそれをできるぞ。なんなら先生にもできるぞ。
「日下部が最初はきつい……もう少し身体が温まってからじゃねぇと」
「おいおい、さては小島ショートケーキの苺を最後までとっとく派だな」
「いや、苦手なものは残す派だ。何が苺だおこがましい」
「お残しは許しまへんでー!」
「もう日下部くんでいいんで意見出してください」
夏目さんもとい委員長が呆れたように言う。
「ひどい!そっちが焦らしたくせに!」
「はい、貴重なご意見ありがとうございました」
「あ、待って待って。意見出すから待って」
委員長は首をしゃくって早くしろと言わんばかりに促してくる。4月はこんな人じゃなかったのに。こんなオレにも丁寧に接してくれたというのに。何が彼女を変えてしまったのだろうか。やっぱりクラスリーダーという仕事は大変なんだろう。全く小島もちゃんと働けよな。
「オレの意見はズバリ、メイド喫茶だ」
教室が騒ついた。
「お前本当にすごいな。何でそんなことを堂々と言えんの?」
「は?定番だろ?」
「フィクションのな。特に男子は周りの目を気にしてそんなこと言えねぇよ」
オレは周りを見回してみる。畏怖と少しばかりの期待を含んだ目を向ける男子。ちょっとだけ不満そうな目を向けてくる女子。ハリセンを机の上に置き、無表情でこちら見つめてくるアリアと竜胆。何で無表情だ。
「ふっ、周りの目など気にしてどうする。そんなものを気にしてたらこうはなってない」
「すごい説得力だ」
小島はなんだかんだ言いながらメイド喫茶と板書してくれる。
「とりあえず最初に候補だけだそう。絞り込むのは後にしてな。他に意見があるやついるか。このままだとメイド喫茶になってしまうぞ」
活発に意見が出された。
***
「まあこれくらいでいいだろ。だいたい意見も出尽くしただろうし」
黒板には定番から実現不可能なものまで数多くの意見が並んでいる。クラブとかね。たぶん部活動とかの意味を含むクラブではないだろう。あの陽キャたちの祭典だろう。バカだなぁ〜そんなの実現できるわけないのに。今も真っ先に委員長の手によって消されてようとしている。
「では実現不可能なものから消してきますね。クラブとあとメイド喫茶」
そう言って上からバツ印を書かれた。
「何でですか!メイド喫茶の何がいけないんですか!」
「だってこれって女子たちの仕事の比重が重いではないですか。クラスで協力する出し物としてはそれは認められません」
普通にまともなことを言われた。
「……わかりました」
「妙にものわかりがいいですね」
「油断するな夏目。こいつのわかったは、だいたいわかってないぞ」
「じゃあ男子もメイドになりましょう!」
「ほらな」
ふざけんな日下部とやいのやいの言われるが、聞こえませーんのポーズで答える。
「いいか、何かを得るためには何かを犠牲にしなければいけないんだ。女の子たちのメイド姿が見られるならオレはお前らを捧げることができる」
「よし、誰かガムテープを持ってきてくれ。塞ぐ」
「待て待て落ち着け小島。この意見はオレだってメイド姿になる可能性がある。オレもお前らと同じようにリスクを負っているんだ」
「同じリスク……」
竜胆が聞きなれない言葉を聞いたような感じで呟く。
「本当にどの口が言っているんだろうね」
アリアはげんなりとした様子でそれに答えた。何か文句でもあるのだろうか。全くメイド服とか照れちゃうよ。
「というか男子なら普通にボーイとか執事の格好をすればよくね。わざわざメイド服を着る意味ないだろ」
急に男子生徒から建設的な意見がでてびっくりするわ。ふむ執事姿か。髪を整え、執事姿をした竜胆が頭に浮かぶ。当然傍らにはドレスを着たアリアが座って給仕されている。なんだそれ完璧かよ。採用。
オレがその意見に採用を伝えようとすると、委員長から待ったがかかる。
「活発な意見交換をしているところ悪いんですが、そもそもこういった飲食店系は無理ですよ。できて屋台ぐらいですかね」
「な、何でですか!」
「単純にスペースの問題です。店内とお茶やお菓子を用意する場所、あと着替える場所。それを教室で賄おうとするとどうしてもひとつひとつが狭くなってしまいますから」
委員会が問題点について説明してくれる。なるほど満足な出し物ができずどこかで妥協しなければいけないということか。
「だからメイド云々の問題ではないんですよ」
「……わかりました」
「なるほど。まだわからないと」
いや、わかったって言ってるじゃん。なに小島もうんうん頷いているんだ。
「つまりはメイド喫茶を実現したければ、隣のクラスへと交渉に行けと言うんですね」
「どうやったらその結論になるんですか?」
「何がなくてできないではなく、できるために何が必要かを考えることが重要なんです」
「お前は本当に、良いことを言っている風な言葉遣いがうまいよな」
「スペース確保のために隣のクラスと合同でやればいいんですよ」
そうすれば一つの教室をお店に、もう一つの教室を更衣室と調理場に作ることができる。
「そうすればスペースの問題は解決。一人分の仕事量も減って誰も損をしません」
そのオレのスペシャルな意見に考え始めるみんな。竜胆もアリアも机の上のハリセンを持て余している。いっとく?いやまだ。といった具合に。
小島は困ったように先生を見るが、先生は静観の構えだ。つまりはセーフだということ。
「決まりですね」
オレはニヤリと笑って立ち上がる。
「交渉人日下部宗介参ります!」
オレは勢いよく教室を飛び出した。
「……そもそもまだ出し物がメイド喫茶に決まったわけではないんですが」
交渉の結果、オレは隣のクラスの協力を取り付けた。これが交渉人の実力よ。
そしてクラスでの話し合い、クラスリーダー同士の話し合いを経て、オレたちの出し物は3クラス合同お化け屋敷に決定した。
…………。
平社員の頑張りを搾取するだけ搾取する。これがこの組織のやり方か!




