彼と中二病少女はやっと互いを見つめる
昨日は更新できず、すみませんでした。
第3章エピローグ前、最後のお話です。ではどうぞ。
「では、おじゃましました」
オレは玄関でお手伝いさんに挨拶をする。
ちゃんとオレは約束を守り、アリアが寝るまで手を握っていた。といってもほんの数分だが。修学旅行の時のうざい同室のやつのように「ねぇ、起きてる?まだ起きてる?」と何回も確認しても反応がなかったので確実に寝ているだろう。
「いえ、何のお気遣いもできませんで。で、どうでした。うまくいきましたか?」
「何がですか?」
「またまた、わざわざお見舞いに来るなんて何か目的があったんですよね?想いを伝えることはできましたか?風邪を引いて弱っている所につけこんで」
人聞きの悪い言い方しないでほしいな。
「誤解ですよ。本当にただのお見舞いです」
「そうですか。チキンだったんですね」
「アリアさーん!やばいよこの人!親しみやすいというレベルを超えてる!」
「それでは、さようなら」
さっさとドア閉めちゃうし。別にいいけど。これってどのタイミングで会話を切り上げて帰ればいいかわからなかったからな。全然気にしてない。
帰ろ。帰ろ。
「ん?」
今、門のところに人影が。ははーん。さては竜胆がアリアのこと心配で来ちゃったんだな。もう隠れてないで出てくればいいのに。
オレは門の方へと近づいていった。
「あれは……」
門を出たオレが見たのは走り去る唯織らしき女の子の後姿だった。でもこんな所に唯織がいる理由がないし、別人かもしれないな。知らない人が知り合いに見えることってあるよね。
***
「おっす、何してんのこんなところで?」
そんなわけないと思いながらも、オレの足はその女の子の後姿を追っていた。
彼女が入っていった公園。そこのベンチに彼女は座っていた。やはり唯織だった。もう薄暗い公園で電灯に照らされたベンチにポツンと一人座っていた。
「そーくんは?」
質問を質問で返すなあーっ!!と言いたいところだが円滑な会話のために自重する。
「オレか?オレはアリアが風邪をひいたからそのお見舞いにな」
「そう」
彼女が俯いていた顔をあげる。その瞳から感情を推し量ることはできない。
「そーくん。なんでそーくんは、私以外の人と仲良くなろうとするの?」
「へ?それはどういう」
意味だと続けようとしたが、それは唯織の言葉に遮られる。
「なんでそうやって友達以上の関係になろうとするの?」
「いや、なろうとしてないです」
「嘘。だったらお見舞いなんていかない」
「唯織もかい」
お手伝いさんもそうだけど邪推がすぎる。
今日だって何もなかったから。アリアに聞いてみるといい。ただ雑談して終わっただけだよ。
「そーくん」
唯織は立ち上がりふらりとオレに縋りつく。
「ダメ」
「何が?」
「ダメ、ダメ、ダメ」
「おい、そんなにダメダメいうなよ。なんかオレがダメみた……」
「ダメダメダメダメダメダメダメダメ!ダメェ!」
「……。」
オレの服を握りしめて、唯織は叫ぶ。それは聞いたこともないような大きい声で。やっとオレは唯織が本気で何かをオレに伝えたがっていることがわかった。
唯織の口は止まらない。
「そーくんが傷つく」
「だって誰もそーくんのことをわかっていない」
「そーくんの表面を知っているだけ」
「たった3ヶ月で何もわかるはずがない」
「そんな人たちがそーくんと一緒になる?」
「絶対そーくんが傷つく」
「だからダメ」
「そーくんのことをわかっているのは私だけ」
「私のことをわかっているのはそーくんだけ」
「だから私と一緒にいようよ」
「あの時みたいに二人でいよう」
「私にはそーくんが」
「そーくんには唯織がいるだけで」
「他には何もいらない」
「ねぇ、そーくん」
「そーくん」
「お願い」
「私を選んで」
「私だけを選んで」
一言、一言、オレに刻みつけるように唯織は言葉を紡いでいく。
そうか。唯織の目的は最初からこれだったのか。中学の時、クラスから隔離されて二人きりだった時。あの時が唯織にとって一番の時間だった。それを取り戻すことが目的だった。オレが中三の頃、外見の中二病の卒業とともに自然消滅したあの関係に再びなること。
オレがなんてことのないクラスメイトの交流だと思っていたあの時間は、唯織にとって大切な時間だったのだ。
こうして高校になっても会いに来てくれるぐらい。昔のオレのような格好をしているのも目醒めたわけではなく、オレに中学の時を思い出して欲しいのかもしれない。オレを中二病に戻すのもそれを目的としたこと。
でも、あの当時の関係を二人とも互いに分かり合えてる関係と呼ぶのだったらそれは間違いだ。現に今、オレは唯織の本心にやっと気がついたのだから。
「てい」
「あう」
オレは唯織にデコピンをした。
おでこを抑えてなんで?と言った風にこちらをみる唯織。やっと瞳に光が戻ったな。さっきの状態で話せるとは思わなかったんでな。
「唯織は間違えてるよ」
「間違えてない」
「いいや、間違えてるね。まずオレは唯織以外に何もいらないなんてことは思わない」
「そーくん……」
唯織が裏切られたような顔をする。たしかに唯織の期待を裏切ったのかもしれない。でもオレはそんなこと絶対に肯定しないし、唯織にだってオレ以外いらないなんて言わせない。
「なんせこの世には楽しいこと、面白いものが多すぎるからな。全部全部オレに必要だ。楽しい、面白いって感じることは心が欲しいって言っていることだから、唯織以外いらないなんてオレには言えない」
オレなんてそれらで身体構成されているといっても過言ではない。日々アニメやら漫画やらラノベやら接種して生きているのだから。
そしてそれは人間関係だって同じだ。楽しい、面白いと感じるならその人はきっと必要なんだよ。
「唯織だってそうだろう」
「そーくん以外に欲しいものなんて」
「いや、少なくともオレは家庭科部で過ごしている唯織は楽しそうに見えた」
「それはそーくんがいたから」
「本当にそうか?」
オレは唯織に問いかける。本心を隠すことは唯織にとっても意味のないことなんじゃないか?
「あの魔法少女の時もファッションショーの時もどちらかといえばオレは蚊帳の外で観客だった。打ち合わせをしている時、準備をしている時、先輩たちといて、作業をして楽しいと思ったんじゃないのか?」
オレはそれを決して否定してほしくなかった。あの先輩たちはいい人だ。その時間が唯織にとって不必要だなんて言わせたくなかった。
「私は……」
そこで否定の言葉がすぐに出ないのなら肯定しているようなもんだ。
「それに唯織がオレのことをわかっているなんていうのも多分勘違いだ」
「違う!」
唯織はすぐさま否定する。
「違くはないさ。なあ唯織、オレがなんで今の高校に入っているかわかるか?」
「それは……そーくんが自分の限界に挑んだから」
全然違うんだ唯織。その言葉をどう解釈しようともオレの高校を選んだ理由にはならない。
「オレがあの高校を選んだ理由はな、あの高校が一番日常系アニメの舞台っぽかったからだ」
静寂が訪れた。ざぁーと風が葉っぱを揺らす音が聞こえる。唯織はオレの言葉を解釈しようとして止まってしまっていた。
「え、日常系?アニメ?」
結局、唯織は困惑したような声を出す。
思えば、このことを誰かに話したのは初めてかもしれないな。
「日常系アニメっていうのは大体可愛い女の子たちが過ごす日常を描くだけのアニメのことだ」
「…………っ」
「オレはその光景がどーしても現実でも見たい!間近でリアルで見たい!と思ってしまってな。それを基準に高校を選んだわけだ」
「……てっ」
「オレが総合家庭科部にいるのも同じ理由だな。すまんな。テニス部のことを聞かれたときには誤魔化して」
「やめてっ!」
はぁはぁと呼吸が荒くなる唯織。
「なんでそーくんは嘘ばっかりつくの?そんなバカな理由で高校を決める人がいるわけない。私が気に入らない?私を遠ざけたい?だからそんな嘘をつくの?」
「そうだな。人から見ればバカな理由に見えるかもしれない。でもオレはそれに本気になれるほどのバカだ。さっきのも、まだ誰にも言ったことない本音で、本心だ」
バカだって思ったか?理解できないって思ったか?
でもオレはそれを糧にして頑張れるんだ。
甘いよ唯織。オレにとって大事なことを見誤るなんてまだまだ甘いよ。オレをわかっているなんて言うにはね。
唯織はオレに願望のオレを投影していたのだろう。
「それにオレが唯織のことをわかってるというのも買い被りすぎだ」
そしてオレは唯織を見てはいなかったんだ。
「……ううん。だってそーくんだけがあの時私のことをわかってくれてた」
唯織は力なく首を振りながら言葉を紡ぐ。あの時、それは中学の時だろう。思えばこうなったのも全てオレが原因だったのかもしれない。
だからオレは唯織に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい」
「何で謝るの?」
「オレはあの時、唯織のことをわかっていたわけじゃない。わかっていたフリをしていただけだ。全てをわかっているようなフリをして喋ること。それがカッコいいと思っていただけなんだ」
あの時のオレはただ自分をかっこよく見せることだけを考えていた。自分が思うカッコいいを実際にやってみていただけだった。自己満足の塊だった。そこに他人の意志は介在していない。
「唯織との会話だって、オレはただ自分が話したいことを話していただけだ。相手のことなんて全く考えていなかった。もしかしたらそんなんでも会話をできたことがあるかもしれないな」
でも、終始ずっとそういうことをしていたオレが、そうやって先生たちや他の生徒たちを呆れさせていたオレが、独りよがりだったオレが、唯織の言いたい事を察して会話をするなんてことをしていたとは思えなかった。
「だから、ごめんなさい。あの時のオレは近くにいたクラスメイトのことさえ全くわからないカッコ悪い中二病だった」
「嘘……だよ……」
弱々しい声だった。
「ごめん」
全てを分かり合えてる関係なんてものは理想で、理想は理想でしかない。
言葉を使わなければ伝えたいことも満足には伝わらず、言葉を重ねたとしても伝えようという意思がなければ伝わらない。
そんな当たり前のことをオレたち二人はわからなかった。
だから間違えた。
だから今度は間違えたくないとそう思った。
そのためにはどうすればいいか。方法はわかっている。ちゃんと言葉で態度で全力で示そう。唯織を想い、唯織に伝えようとすることだ。
でもどうやらオレは自分勝手な言葉しか語れそうにない。まあ最低男の称号をも持ってるんだ今更か。
オレは頭を下げたまま手を唯織へと差し出す。そして大きく息を吸った。
「オレと友達になってください!」
夜の公園にオレの声が響いた。
「…………………え?」
それはそうだろう。唯織の反応は正常だ。突然何を言っているんだと思うのが普通だ。あんだけ人を否定しておいてどの口が言うのかと思うのが当たり前だ。
「自分本位でごめん。それでもオレはちゃんと唯織との関係を始めたいと思った。だってオレは唯織との時間が楽しいとそう思ったから」
しりとりも料理対決もカラオケも魔法少女もファッションショーもホラー映画も全部全部楽しかった。
「唯織だけが必要なんて言えないけれど、オレには唯織が必要なんだ。唯織も必要なんだよ」
「…………。」
こんなことしか言えないけれど。心が唯織を欲しいと言っている。
「だからオレと友達になってください!」
オレはもう一度はっきりとそう言った。誤解なく曲解されることなく唯織に伝わるように。
オレが頭を下げ始めてどれくらい経ったのだろうか。唯織からの返答はない。
もう呆れて帰ってしまったのだろうか。そうかもな。
割とめちゃくちゃ言っている自覚はある。
「!」
オレの右手に恐る恐る別の手が触れる。その小さな手はオレの手をキュッと握った。柔らかな手の感触と温かい体温が伝わってくる。
オレはゆっくりと顔をあげた。
そこには眼帯を外し、ツインテールをほどいた唯織がいた。右手にも包帯を巻いていない。
オレの中学の記憶にあるような唯織がそこにはいた。
顔を真っ赤にして立っている。オレと目と目が合い。更に顔を赤くする。
「私も……」
「うん」
「私も……日下部宗介くんと……友達になりたい……です……ちゃんと……宗介くんを……知りたい……です……」
「うん」
オレはそのか細い声を聞き逃さないように、しっかりと聞く。
「えっと……その……だから……」
「うん」
「よろしく……お願いします……!」
そう言って唯織は微かに口角を上げる。
「こちらこそ。よろしくお願いします。黒崎唯織さん」