少女は熱にうかされる
宗介くんは持ってきた雑誌を残念そうな顔をしながらカバンにしまう。
本気でそれを私が元気になると思って持ってきたのかな?宗介くんの場合、冗談か本気なのかわからないんだよね。いまの残念そうな顔も演技には見えないし。
宗介くんが私の部屋にいる。男の子の友達が私の部屋にいる。そんな状況に少しだけ緊張する。
まさか宗介くんがお見舞いに来てくれるとは思わなかった。本当にただの風邪だからお見舞いに来てもらうのは少し恥ずかしいけど。
もう、りんちゃんも人が悪い。私にも連絡してくれればいいのに。すごい気の抜けた格好を宗介くんに見られてしまった。でもそれを見ても宗介くんは表情ひとつ変えないし、あまつさえいつもと変わらないという。それはちょっとないんじゃないかな。デリカシーというものがない。
お姉さんがいるとこんな感じに女性慣れするのかな。それともたくさん女の子をたらしこんだ成果かな。
私が宗介くんを出会ってそんなにたっていないけど、私が知っているだけで3人はたらしこんでいる。
華恋ちゃんと黒崎さんは確実に宗介くんのことが好きだろう。接する態度、宗介くんを見る目は完全に恋する乙女の目だ。逆になんで宗介くんは気づかないんだろうか?まあ華恋ちゃんも黒崎さんも直接的な言葉や行動に出ないのも宗介くんが気づかない理由の一つでもあるだろう。
そしてもう一人は私の親友、りんちゃん。まだ好きかはわからないけれど、確実に惹かれてはいる。明らかに他の男子と話す時より声のトーンが高くなるのを知っている。竜胆とそう名前で呼ばれるたびに口元が緩むのを私は知っている。彼が隣にいない時、不意に目で探しているのを私は知っている。
宗介くんは女の子のお見舞いにスタミナ丼を持ってくるようなアホだけど、悪い人ではない。むしろ善人の部類に入るだろう。彼は人のために行動できる。だからりんちゃんがもし宗介くんと付き合っても私には文句はない。まあ、もしりんちゃんを泣かせるようなことがあれば、ハリセンぐらいじゃすまないんだけど。
この短期間でこんなにモテモテなんだから、きっと過去にも随分と好かれていたんだろうな。
そこまで思ったとき同時に宗介くんと黒崎さんと遊びに行った時のことを思い出す。
私たちに、いや宗介くんに話しかけてきた彼女。中学生の時の同級生という彼女も宗介くんのことが好きだったんだろうか。彼女からは私に対しての嫉妬。それから宗介くん達に対する悪意を感じた。私への嫉妬はつまりはそういうことなのだろう。そしてあの悪意はきっと裏返しの感情だ。好きだから、好きだったからこその。
そんな悪意を宗介くんたちはなんでもないことのように跳ね返したわけだけど。
「宗介くんは強いよね」
思わず、またあの時と同じようなことを呟いていた。
「そうだな。物心ついたときから風邪をひいたことなんてなくてな。だからお見舞いの品を間違えてもしょうがないよな」
そういうことじゃない。
けど突然こんなこと言っても勘違いしてしまうのはしょうがないか。
「ねぇ、宗介くん」
「んー」
「私の昔の話を聞いてくれる?」
私はそう言った。声は震えていなかっただろうか。ただの雑談のように話し始めることができただろうか。ぎゅっと布団を握り、そして宗介くんを見る。
「えー」
めんどくさそうな顔をしていた。めんどくさそうな声を出していた。
…………。
パンチ。パンチパンチ。
本当に宗介くんはひどい。病人にこんな運動をさせるなんて。りんちゃんや華恋ちゃんには優しくしたって聞いたのに本当にひどい。いじわるだ。
「それって面白い話?暗い話はオレの管轄外なんだけど」
こういう時に察しがいいのも、いじわるだ。
「そこの青い装丁の本とって。卒業アルバムって書いてあるやつ」
「聞いてる?」
きーこーえーまーせーん。
宗介くんはしぶしぶ言われた通り卒業アルバムを出してくれる。私の小学校の卒業アルバムだ。
アルバムを受け取った私は、集合写真のページを出す。そこには私のクラスを含めて4クラス分のページがのっている。この頃のことを思い出して、ずくんと胸が痛む。
「ねぇ、私を探してみて」
そう言って私は宗介くんにそのページを開いてアルバムを渡した。
「うーん。これ」
宗介くんはすぐに私を見つけた。金髪の女の子は何人かいたのに。
「……正解。早かったね」
「これでも学校のミ○ケはコンプリートしてるからな」
そういうことじゃないんだよね。宗介くんのこれはわざとなのだろうか。
宗介くんが指さした私を見る。今と同じ金髪碧眼の少女。でも今と決定的に違うところがある。
宗介くんの持つ卒業アルバムを見る。丸々と太った私がそこにいた。これでも痩せた方だ。小さい頃はもっと丸かった。
誰にも知られたくない過去の私だ。なんで宗介くんに見せようと思ったのかわからない。
「本当に、よくわかったね」
「?」
まるで普通わかるよねと言わんばかりのきょとん顔だ。わからないよ。多分今のクラスメイトにその写真見せたらすごい驚くと思うな。
本当に宗介くんには私たちがどういう風に見えているんだろう。今の体重だけでなく昔の体重まで見えてるんだろうか。
「この時の私のあだ名、白豚だったんだ」
「小学生がつけそうなあだ名だな」
この時の私はさぞみんなの目からは滑稽にうつっていたのだろう。白豚のほかにもあだ名があったきがするが忘れてしまった。たしかある本の主人公に意地悪してくる男の子の挿絵が私にそっくりだったんだ。その男の名前だった気がする。本当に子どもはそういうものを見つけるのがうまい。私は主人公以上にその男の子を恨んだ記憶はある。同時に彼ぐらい、人にいじわるをしても平気なぐらい強く生きれたらとも。
「あだ名から察していると思うけど、その当時私はいじめられていたんだ」
あの当時は本当に苦しかった。良いことと言えばりんちゃんに出会えたことぐらいだろう。りんちゃんだけが私に手を差し伸べ、抱きしめ、頭を撫でてくれた。
「だから私は過去が怖いの。この姿を知る誰かに会うのが怖いの。だから前に黒崎さんと一緒に遊びに行ったとき、過去に負けない宗介くんたちを見てすごいと思った。強いと思った」
「なるほど。さっきの強いはそういう」
「私はきっとこの時の同級生に会ったら泣いちゃうと思うから。思うじゃないかも。泣く。うずくまって動けなくなる」
想像する。街中で不意に同級生に会うことを。きっと私は言った通りうずくまってしまうだろう。それほど過去の自分が私に重くのしかかっている。どうやったら宗介くんたちのように強くなれるのだろうか。宗介くんたちみたいに中二病になればいいのかな。そしたら過去の自分にも負けないカッコいい自分になれるのかな。
そうだ。私はきっと宗介くんにこの答えが聞きたかったんだ。
「そうか……」
宗介くんが続けて口を開く。私はその続く言葉に耳を傾けた。
でも出てきた言葉は私が予想していた言葉ではなかった。
「でも今のアリアに会ったらきっと相手も泣くんじゃないか?」
「え?」
宗介くんの顔を見る。あっちが泣く?あの人達が泣く?そんな姿は想像できなかった。
「え?って言われても。普通に考えて、この姿を知っている同級生が今のアリアを見たら、悔しくて泣くんじゃね。特に男子は。あの時フラグを立てておけば、金髪の美少女と仲良くできたのかもしれなかったのにって。それに女子もたぶん嫉妬するんじゃない?」
「美少女……」
「美少女だと思うよ。数多の美少女(二次元)を見てきたオレのお墨付きだ」
「そうだよね。宗介くんはいつも女の子だけと一緒にいるもんね」
「うん?なんだかトゲがあったような……まあそうだな、だからたぶんアリアは同級生に会ったらドヤ顔でもしとけばいいんじゃない?こんなに綺麗になりましたって。今流行りの今更気づいてももう遅いってやつだな」
「なにそれ」
「今のトレンドだ。逃した魚は大きいっていうな」
じゃあそう言えばいいのに。宗介くんはたまにわけがわからない例えを言う。というかどこのトレンドだろう。
「きっと泣き叫びながらあの時は悪かったと、アリアに縋りつくぞ。見物だな。そしたら見せつけてやればいいよ。可愛くなった姿を堂々とな」
「…………。」
そんなに綺麗とか可愛いとか言わないでほしいなぁ。
「堂々としてれば案外どうにでもなるもんだ」
「……だから宗介くんはいつでも堂々としているの?」
「え、いやオレは謙虚に生きてるけど」
どこがだろう。
でもそのいつもの宗介くんの物言いに笑ってしまった。堂々とか。ちょっとだけ勇気をもらえた気がした。ドヤ顔はできないかもしれないけれど、まっすぐあいつらの目を見ることぐらいできるかもしれない。
それで、その私の可愛さ……に恐れ慄くがいい!
流石に恥ずかしいよ。
「それにたとえ泣いてうずくまってもアリアなら大丈夫だろ」
「どうして?」
「だって竜胆が手をとってくれるだろ。いつも隣にいるんだから。昔もそうだったんじゃないのか。で、アリアも竜胆の手を引っ張ってきたんだろ」
その言葉はストンと胸に入ってきた。
そうだ。
そうだった。
なんで想像の私はいつも一人でうずくまっていたんだろう。あの時からりんちゃんはいつも一緒にいたっていうのに。
宗介くんがドヤ顔でこちらを見ている。そんな簡単なことにも気づかなかったのとそう言うように。
なんだか悔しいな。私より私たちのことをわかっているようで。
だから私は少しだけ意地悪したくなった。
「宗介くんはどうなの?私が泣いてたら、うずくまってたら何かしてくれないの?」
今日の最初も同じようなことを聞いた時、ちょっと照れたよね。もう一度少し照れるがいい。どうあっても恥ずかしいセリフを言えばいいんだ。
「そりゃ心配するし、慰めるし、助けるだろ」
「…………。」
パンチ。
宗介くんはなんでもないことのように言った。なんでこういう時だけストレートに言うんだろう。
宗介くんの顔を見る。平然と照れのカケラもない。
なんでそんな表情なんだろう。どんな感情で今の言葉を言ったんだろうか。どんな理由でその結論に至ったのだろう。今ほど宗介くんの頭の中を知りたくなったことはない。
宗介くんが優しいから?
りんちゃんが悲しむから?
それとも、私が悲しんでいるから?
「まあ、竜胆の代役だけどな」
宗介くんはそう付け加えた。それが照れ隠しかどうかなんてもうどうでもよかった。
「もうそろそろ休まなきゃ」
「それがいいぞ。シリアスな話は身体にも良くないというからな。知らんけど」
宗介くんは立ち上がって卒業アルバムをしまう。そんな宗介くんに私は声をかける。
「宗介くん」
「なんぞ?」
「……手を握って」
「ほい」
なんで宗助くんは簡単にこんなことをできるんだろう。私のことを意識なんてしてないってことかな。
私はぎゅっと手を握りしめた。
「じゃあ、私が眠るまで離さないでね」
「ええ……」
まためんどくさそうな顔をする。でも今度は宗介くんを困らせてると思うと、宗介くんの感情を揺さぶっていると思うと少しだけ嬉しかった。
「りんちゃんの代わりなんでしょ?だったら最後まで全うしなきゃ」
「うむ。それは仕方がないな」
嘘だ。
りんちゃんにそんなことを言ったことはない。
じんわりと手から伝わる体温を感じながら、私は目を閉じた。男の子の前でこんな無防備な姿を晒すことなんてありえないだろう。正常な判断ではない。
だからこれはきっと熱のせいだ。
全部全部熱のせいだ。




