彼はお見舞いに行く
割と手応えのあったテストを終えた。テストあるあるだが、テストを終えたすぐは何だかできているような気がするものだ。これで冷静になるとあそこも違うかもあれも違ったかもと不安に包まれるものだが、今だけは世界を我が物にしたかのようなこの全能感に浸っておこう。
そんなテストも終わりもう夏休み明けまでテストがないという幸せな期間が始まった。休み明けだというのに少し気分が明るいそんな月曜日。アリアが学校を休んだ。
「予習復習の習慣をつけようと思って、土曜日にテストの復習をしたのだけど、それがいけなかったのかしら」
竜胆が心配そうな顔で言う。
「なに悠長なことを言ってるんだ!アリアが風邪をひいたんだぞ!竜胆はそばにいてあげないとダメだろ!」
「え、いやただの風邪よ?日曜日に熱が出て、もうだいぶ下がったて言うし、それほどのことでは……」
「バカァ!もうバカァ!今どれだけアリアが一人で心細いか!」
「アリアを一体何歳だと思ってるのよ……」
「風邪の心細さに歳なんて関係あるか!」
「微妙に的を得てそうなことを言うから反応に困るのよね」
ひどいや。竜胆がそんな冷徹な人間だとは思わなかった。一方が風邪を引いたら一方は治るまで手を握っていてあげるような関係ではなかったのか。
「なんにせよ今日は無理よ。私も放課後は用事があるし、日曜日にも看病に行ったわけだし」
「仕方がない。それで勘弁してやろう」
「……なんか久しぶりねこの感じ」
どうしたの?拳なんて握りしめて震えて。今日お見舞いに行けない自分の不甲斐なさに震えてるの?
「そ、そんなに心配ならあなたがお見舞いに行けばいいじゃない」
竜胆はぽつりとそんなことを言った。
「風邪でお見舞い?そんな大袈裟な」
「あなた今までの時間を返しなさい」
時間は返せないぞ。
「いやいや普通に考えて、女子のお見舞い男子が行かないでしょ」
「たしかにそうだけど、あなたに普通を説かれるのはなんだか癪ね」
はぁ〜〜〜〜と竜胆はそれはそれは深いため息をついた。
「あなた私に借りがあるわよね」
「あるな」
たしか学校に部外者を入れる片棒を担いでもらった。
「別に返してもらう気はなかったけれど、ここで使わせてもらうわ。私の代わりにアリアのお見舞いに行ってくれる?」
アリアのために借りを使うとか流石すぎる。
「了解した。竜胆の代わりに見舞いは行く。だけど竜胆の借りはちゃんとまたいつか竜胆に返すよ。たとえ竜胆とアリアが一心同体の存在だとしてもな」
「そう。ちょっとだけ引っかかるけど行ってくれるのね。アリアの家には私から連絡しとくわ」
「よろしく」
一回も遊びに来たことがないクラスメイト、それも男子がノーアポというわけにもいかんし。
ということで、そういうことになった。
正直アリアには最近色々なことが起きたし、その疲れが出たと思うと、オレにも少し責任があるんじゃないかなと思わんでもないしね。
***
放課後になった。お見舞いに行くということでとりあえず学校近くのコンビニに向かう。食べやすいもの飲みやすいもの、あとはアリアが元気になりそうな物を買った方がいいだろう。
アリアが好きなものとかね。クロカンブッシュ?あるかそんなもん。シュークリームを籠に入れておいて、あとは適当に見繕う。
それから竜胆に教えてもらった住所をもとにアリアの家まで行く。
「大きいな」
漫画のお金持ちが住むような豪邸というわけではないけれど、明らかに敷地が広く横に大きい。
それにチャイムの上に監視カメラまで付いている。これはお金持ちの家にしかない。監視カメラを見ると思わず、「貴様、見ているなっ!」と言いたくなるが、これは普通に怒られそうなので自重する。
ピンポーン
チャイムの音でさえ高級そうに聞こえる。うん、これは気のせいだな。
『はい』
「アリアさんのクラスメイトの日下部と申します。アリアさんのお見舞いに来ました」
『はい。伊万里さんからお話は聞いております。門を開けてどうぞお進みください』
「はい、わかりました」
ぷつんと通信が切れる。
今の声は一体誰だろうか。アリアではなく割と若い感じの声だった。お姉さんはいないと聞いてるし、お母さんか?まさかリアルメイドさんがいるとでもいうのか。何だかドキドキしてきたぞ。初メイドのチャンスがこんな所に転がっているとは。
「いらっしゃいませ」
「おじゃまします」
「……どうして泣いているんですか?」
「いえ、儚い夢だったなぁと」
「はあ」
不思議そうな顔で首を傾げるお手伝いさん。玄関の扉を開けてでてきたのは、濃い緑色のエプロンを着て髪をお団子に丸めたお姉さんだった。メイドなんてやはり幻想なのか。それともオレの右手がその幻想を殺してしまっているのだろうか。いやもしかしたらあのお手伝いさんの姿こそが幻想なのかもしれない。すみません。ちょっと触ってもいいですか?
「こちらへどうぞ」
「あ、どうも」
お手伝いさんのあとをオレはしずしずと歩く。クラスメイトの家に来るのなんていつぶりだろうか。……本当にいつぶりだ?中学生の時は確実になかった。では小学生の時か?思い出せない。やだ、オレ友達少なすぎ。まあ小学生の時は家で遊ぶというより公園で駆け回っていたからなそれも仕方がない。
今なんて遊ぶとなったらゲーセンに行くか本屋に行くか。全く嘆かわしい。もしかしたらみんなやっていないだけで、今公園に行っても楽しいのかもしれない。これは試して見る価値があるな。今度行こうっと。
そんなことを考えているうちにお手伝いさんはある部屋で止まる。
ドアプレートには筆記体でアリアと書いてある。もちろん中二病であったオレは筆記体を読めるし書ける。必須技能だ。
コンコン。
「アリアさん。クラスメイトの人がお見舞いに来てくれましたよ」
「え?うん、どうぞ」
何故か戸惑ったような声が聞こえた。あれ?竜胆から連絡がいっているはずじゃ。
ガチャリとお手伝いさんはドアを開ける。
「え」
今まで寝ていたのだろう。髪はボサボサでゆるゆるなピンク色のスウェットを着てベッドの上で上体を起こしたアリアがいた。
熱で少し赤らんだ顔がさらに真っ赤になっていく。
そしてくるんと布団を被って丸まってしまう。
「ーーーーーーーーァ!」
多分叫んでる。もうそんな無理しちゃダメでしょ。
なるほどね。本当に竜胆はアリアの家にだけ電話したのか。
「ではごゆっくり」
「マジですか」
***
「宗介くんにこんな姿見られた……」
「大丈夫だよ。普段と全然変わらなかったから」
アリアは布団から少し顔を出した状態でそんなことを言う。オレはベッド脇に椅子を持ってきて座らせてもらっている。
「それで機嫌が直ると思ったら大間違いだからね。むしろ普段の私に喧嘩売ってるからね」
あれま。オレなりに気を使ったんだが。でも本当にいつもと対して変わらないし。
「ただの風邪なんだから、わざわざお見舞いに来なくてもよかったのに。ゴホッ」
「竜胆がとても心配していてな。でも今日は用事があって来れなかったからその代わりだ」
「りんちゃん……」
よしよし。心に響いてるな。これでまた後日竜胆と何かイベントが起きるはずだ。オレ、ナイスフラグ立て。一級建築士の資格をやろう。
「宗介くんは心配じゃなかったの?」
アリアはそんなことをからかい気味に聞いてきた。
「んー。オレが風邪ひいたとアリアが聞いた時に感じるぐらいは心配したかな」
「あ、逃げた」
「逃げてない。逃げてない」
委ねたの。お好きな心配度を入力してね。
竜胆からは熱が下がったと聞いていたが、まだまだ怠そうだ。さっさとお見舞いの品を渡しておいとまするかね。
「あ、そうだお見舞いの品があったんだ」
「ええ、悪いよ」
オレはゴソゴソと鞄からコンビニで買った物を出す。
「スポーツドリンクでしょ。ゼリー飲料でしょ」
「ありがとう。嬉しい」
「シュークリームでしょ。プリンでしょ」
「うん、もう少し元気になったら食べるね」
「スタミナ丼でしょ。少年ジャ○プでしょ」
「ちょっと待って」
ここで何故かアリアからストップがかかる。
「うん。折角持ってきてもらっておいて悪いんだけど、ひとつだけ聞かせて?ふざけた?」
「滅相もない。元気が出るものを持ってきたんだ」
「そう。じゃあそれらは不合格だから持って帰ってね」
「お嬢様の品性には合わなかったか……」
「色々な所を敵に回したくないから、そうではないことは伝えておくね」
でも大丈夫だ。この状況も想像していた。少年ジャンプも女子にも人気が出てきたとはいえ、男性向け漫画雑誌。オレにはまだこの切り札がある。こっちならアリアもきっと癒やされるはずだ。
でん!『まんがタイムき○ら』〜。好みがわからなかったのでMAXにしておいた。さあこれでどうだ!
オレは自信満々に取り出した。
不合格だった。
お見舞いというのは難しいものだ。
***
「そーくん……そこは誰の家?まさか……」




