彼はライバルと巡り会う
灼熱の部屋の中、オレは黙って座っていた。ポタポタと顎の先から汗がたれ、体全体にも汗が滲んでいる。チッチッチッと時計の針が進む音がやけに明瞭に聞こえる。
「ふぅー」
オレは息を深く吐き出す。テレビからリポーターの笑い声が聞こえる。ちらりと見るとどうやら動物園のふれあいコーナーにいるらしい。うさぎを触りながらリポートをしている。平和なことだ。
頭からタオルをかぶり、目を瞑る。ドアが開く音閉まる音。オレより後に入ってきた人たちが先に出ていく。どれだけもうこの場所にいるだろうか。それでもオレはまだ出ることはない。
なぜなら、オレには勝たなければならない相手がいるから。オレの横に座る気配はまだ動くことはない。腕を組んだ状態で微動だにせず座るおじいちゃん。年に似合わずムキムキだ。その身体にはいくつもの傷跡が。
あなたがそこに座った時からわかっていた。あなたはきっとオレの壁となるだろうと。
横を見るとあちらもこちらを見ていた。無言でじっと見つめ合う。
「「ふっ」」
どうやらまだまだ出れそうにない。
***
「あーーー」
オレを激闘を終えてマッサージ機に座ってくつろいでいる。バイト代で少しリッチなオレはこんなこともできる。結局、サウナではオレが我慢できずに立ち上がると、あちらもまた同時に立ち上がった。オレたちは自然に握手をすると、二人で水風呂へと向かった。
きっとあちらはまだ余裕があっただろうに、オレと同時に立ち上がってくれた。これが年の功というやつか。礼を言おう。オレもまだまだ上を目指せる。この銭湯に来る機会は中々ないだろうが、また逢える予感をおぼえていた。宿敵とは互いに惹かれ合うものなのだ。
さて何で突然、女の子二人と買い物をしていた状態からスーパー銭湯で見知らぬおじいちゃんと戦いを繰り広げているかというと当然理由がある。
間違えた。男には戦うことに理由などない。そこに好敵手がいる以上それは免れないことなのだから。
このスーパー銭湯に突然来た理由はもちろんある。
まあ、別に面白くもないありきたりな理由だ。
ただアリアが買ったカフェオレがオレにぶっかかっただけだ。うん、よくある。よくある。少なくとも転んでスカートの中に突っ込む確率よりは高い確率だろう。
あの元クラスメイトらしい人との遭遇のあと、本屋に行き、そして最後にちょっとおやつでも食べようとアリアがコーヒーショップへと誘ったのだ。唯織はありえないものを見る目でアリアを見ていた。
以下回想。
「お待たせー」
ドリンクだけを買い、先に席に着いていたオレと唯織へとアリアが向かってくる。トレーにカフェオレと二つのドーナツを乗せてこちらに向かってくる。
別に走っていたわけではない。ただ何もないところでバランスを崩した。宙に舞うカフェオレとドーナツ。オレは卓上の紙ナフキンを取ると飛んできたドーナツを両手でそれぞれ受け止める。そして最後に飲み物を頭でキャッチ……
バシャァ
できるわけないよね。蓋も外れ頭からカフェオレをかぶる。
そのコーヒーショップにしじまがおとずれた。
「悪いな。オレの頭がコーヒーを飲んじまいやがった。今度はベンティサイズを買うといい」
「「「「いや、そんな場合か!?」」」」
ノリがいいなここの客は。下界のものが来ては行けないんだと思って敬遠していたが、今度また来よう。
「ごめん!だ、大丈夫!えっとタオルタオル!店員さんに言えばくれるかな」
「あ、アリア。はい、ドーナツ」
「何でそんな冷静なの!?」
アリアはトレーを置くとカウンターの方へと駆けていった。
オレはドーナツをトレーの上に置くと、頭に乗っけたままだったコップも机の上に置く。
「だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ」
「どうしたんだ唯織?打打打打打◯打打打打?」
「大丈夫?本当に大丈夫?頭から湯気が出てるよ?」
「ギアセカンドみたい?」
「「「「だからそんな場合か!」」」」
おおう。
ツッコミをしてくれた皆さんがハンカチを貸してくれようとしていたが、そんなシャレオツなハンケチを汚すわけにはいかないので、これを固辞。だから唯織もその包帯をほどかなくていいよ。
帰ってきたアリアにタオルをもらい、事なきを得たのだが、それではアリアの気がすまないということでスーパー銭湯へと来たわけだ。
回想終了。
オレは別にコーヒー香る大人な男の状態で帰っても良かったんですだけどね。替えのTシャツも持ってたし。
「おまたせ」
「お待たせしました……」
「ぜ〜ん〜ぜ〜ん〜」
ついでにお風呂に入っていた二人も帰ってきた。アリアはなんだか恐縮しているようだ。
丁度マッサージ機も止まったので立ち上がる。
「本当にごめんね」
「いいよ。いいよ。久しぶりに銭湯来て楽しかったし。それにいいライバルにも巡り会えた。いや、ライバルというにはオレはまだまだ足りないかもしれないな」
「銭湯で一体何をしてるの?」
戦闘。とか言ってみたり。
「それにホットだからすごく熱かったでしょ」
「ああ、熱かったけど、オレは長男だから耐えられた」
「……宗介くん、確かに長男だけど末っ子だよね」
うん。いつものツッコミにもキレがない。
「ま、怪我もないし臭いも取れたから大丈夫。それより喉渇かないか?結局、カフェオレも飲めなかったわけだし」
「宗介くん……うん、ありがとう」
オレたちは自動販売機の前に移動する。さすがに銭湯だけあって飲み物も豊富に揃えてある。普通の街中でも見かける自動販売機に加えて、定番の牛乳の瓶が出てくるやつや紙コップで出てくるやつ。変わり種だと自家製ミックスジュースと書かれたものもある。自家ってどこだ?
「やっぱりこういう時は牛乳かな」
「牛乳……」
真っ先に牛乳をチョイスするアリアを見て、唯織は苦々しげに呟く。苦手なのね。そういえば中学の時も給食の牛乳をにらみつけていた記憶がある。
オレはコーラ。唯織はジンジャーエールを飲む。
「「「ぷは〜」」」
渇いた体に冷たい飲み物が染み込んでいく。
「美味しい〜」
牛乳を一気に飲み干したアリア。ハーフのはずなんだけど随分日本的だ。
唯織はまだ牛乳を凝視している。ん?違うか。見てるのは、アリアか?
「よく食べる。そしてやはり牛乳」
唯織はそう呟いて自分の体をペタペタと触る。
全然関係ない話なんだけど、牛乳を多く飲むとっていうのは俗説らしいぞ。うん。全然関係ないけどね。
こうしてオレたち3人の珍道中は終わりを迎えた。




