彼の部活に新たな仲間が加わる
「突然だが新入部員が来る」
「本当に突然ですね」
海神先輩は部室に入るなりそんなことを言ってきた。オレとアリアは部室に入って、それぞれ席に座る。もう自分の座る席は決まっていた。入口から一番近い席にオレたちは向かい合って座る。いつも海神先輩が部室の奥のソファーに座っているので、先輩方はそちらに近いほうがいいだろうと気を使った結果だ。
「随分、中途半端な時期に来るんですね」
すでに6月上旬。新入生もだいぶ入部した部活に慣れてくる時期だろう。竜胆たちなんかすでに大会を2つも終えているし、次の大会もまじかに迫っている。
「まあ、事情があってね。その新入部員はここの生徒じゃないのさ」
オレとアリアの頭にはてなマークが浮かぶ。だがオレはすぐにそれがびっくりマークに変わる。
「なるほど。わかりました。先輩が町でナンパした女の子をここに連れてくる気ですね」
「とう」
ぶぶっ。先輩がオレの顔面をハリセンで叩く。ちょっと待てくれ。ハリセンでも流石に顔面は痛い。というかそれここの備品だったんかい。
「失礼だな君は。私がナンパすると思ってるのか。私にかかればナンパなどせずとも歩くだけで入れ食いだ」
「まじぱねぇす。先輩」
否定するのは、ナンパするという部分だけかい。この人たぶん、他校の女の子をここに連れてきたことあるな。華恋を学校に入れて、隠そうと先生に突撃したオレがバカみたいだ。
「事情を説明するとだな。私がこの部活を作るときには、どんな手も厭わなかったんだ。そう他校にまでチラシを配りに行くほどにね。まあ今まで誰も入部希望などはいなかったが」
「当たり前でしょ。わざわざ他校の部活に参加する意味なんかないですし、というかそもそもそんなこと許されるんですか」
「校則を調べたところ、他校の生徒を入部を禁じるものはない」
「まあ、そりゃそんなものは想定してないでしょうし」
本当にどんな手も使おうとしたんだな。自分のハーレムのためにそこまでできる先輩はすごいなー。
「そんなチラシなど疾うに忘れていたんだがね。昨日顧問の先生の所に他校の生徒から電話がかかってきたんだ。総合家庭科部に入部させてほしいと」
「顧問の先生もすごいですね。こんなこと許可するんですから」
顧問の先生いたんだな。そりゃいるだろうけど、一回も部室に来たことないから。
「ああ、生徒の自主性を重んじるいい先生だよ。名前はたしか、さ、さ、さ……頭部が随分と寂しくなられている先生だよ」
あんたは本当にいい先生だよ。その条件に該当する先生はたくさんいるけどオレにはもう一人の顔しか浮かばない。
「ということで私は校門にその子を迎えに行ってくる。可愛い子だったら……ふっふっふっ。あ、後輩くんは女装しとくように」
「はーい」
そう言って先輩はにやけずらを浮かべながら出て行った。というかあの人いつまでオレのことを後輩くんって呼ぶんだろうか。ASMRとかのシチュエーションボイスみたいだな。現実にやられると違和感がすごい。え、オレの名前を覚えてないとかないよね。男の名前に使うメモリなどない!なんてことないよね。ありそう。
まあいいか。オレは部室の棚から女装セットを取り出して準備する。
「え?今の流れでなんで宗介くんは女装命じられたの?そしてなんで唯々諾々と従っているの?」
「本当じゃん」
あまりにも自然に要求されたから従っちゃったよ。だって先輩が部室に女装セットを常備しておくほど、オレに女装を求めてくるから。
「単純に先輩の趣味と、今度くる新入部員が万が一でも男のオレになびかないようにじゃね」
あんだけモテるのに意外に細かいというかせせこましいというか。そうじゃなきゃハーレムなんて保つことができないのだろうか。
「その新入部員なんだけどね。私嫌な予感がしてるんだよね……」
「なるほど。新入部員がハーフで自分のポジションを脅かそうとしてくると」
「とう」
あう。ちゃんとハリセンで頭を叩いてくれるなんて、優しいなアリアは。
「宗介くんは今後『なるほど』を使うの禁止ね。そんなことを心配してるんじゃないんだよ」
それきりなぜかアリアは口をつぐんでしまった。あのそこで言葉を切られると気になるんですけど。チラチラとオレ気にしてますよアピールをしたが通じなかった。やはり言葉というのは口に出してこそ意味があることがよくわかる。
オレは女装を完成させて、先輩を待つ。服はそのままだけど。
しばらくしてパタパタと廊下を歩く音が二人分聞こえてくる。
「ただいま!」
たいそう機嫌の良い先輩が帰ってきた。おそらく他校から来た生徒は可愛いかったんだろう。わかりやすい先輩だ。
「では、新入部員の登場だ」
「どうも。黒崎唯織…………え?」
「お」
「はぁ」
現れたのは最近見た顔だ。今日も今日とてばっちりとフル装備を整えてのご登場だ。
「え、え、え、え?そーくん?」
「そ、そーくん!だとぉ!」
「どうも(裏声)」
そんな必要はないのに、ついいつもの癖で裏声で返事をしてしまった。あと先輩はうるさい。
オレの顔を凝視して固まる唯織。そして顔を抑えてしゃがみ込む。あーあー髪が床についちゃってるじゃないか。
「大丈夫かい、君!」
「だ、大丈夫」
あまりそうは見えないが、唯織は先輩に支えられてなんとか立つ。そしてうつむいていた顔をあげた。
「す、すごい。さすがはそーくん。唯織の新しい扉を無理矢理こじ開けるなんて」
「全然大丈夫じゃなかったね」
血走った眼をした唯織にアリアがぼそりとつっこむ。
「とりあえず鼻血ふきな(裏声)」
女の子として、というか人として鼻血をそのままというのはどうなんだろうか。
唯織は再び何かに衝撃を受けたように顔をのけぞらせる。そして前回の喫茶店のときのようにがしっとオレの両手をつかむ。
「お、お姉様とお呼びしても?」
「いいよ」
「とう」
あう。
「是非、それは私に」
先輩はどんなときでも、ぶれない。
***
「お見苦しいところを見せた」
うん。まあ本当にね。どうやらオレには血を流している女の子に興奮する性癖はなかったようだ。よかったオレの新たな扉は開かなくて。なお先輩は可愛い女の子という鍵があれば、いとも簡単にどんな扉でも開くらしい。だけど唯織の鼻のあたりをじっと見つめるのやめようね。怖いよ。
あと、話が進まないので女装はといた。
「改めて、梓山西高校1年黒崎唯織」
向かい合った唯織がそう自己紹介した。さっきまで向かいにいたアリアはこっち側の席に移動していた。目の前の机にはハリセンが。ついでにいえば先輩もオレの隣に座っている。そして同様に目の前にはハリセンが。いや、あんたはボケだろうが。ツッコミの道具を持ってるんじゃないよ。ちゃんとボケの矜持を持ってほしい。
「ああ、よろしく。それで、そ、そーくんというのはこの日下部くんのことでいいのかな?」
あ、名前知ってたんですね。よかった。
「是」
「ぐふぅ。で、では日下部くんとは一体どういう仲なのかな?」
ギュッと先輩はハリセンを握りしめながら震える声で尋ねる。まだボケの予兆もないから離してていいよ。
「琴瑟調和の仲」
いやそれほどでもなくない?とは思ったが、相手が友達だと思っているのに、こっちはそうは思ってないなんて悲しすぎる状況に人を追い込むことはできなかったのでオレは黙った。そうだな。オレ達は琴瑟調和の仲だな。
「また貴様か」
先輩はゆらりと立ち上がるとオレの胸倉をつかみオレも立ちがらせる。手にはハリセン。やっぱり制裁用かい。
「毎度、毎度私の邪魔をしてくれる」
「いや、中学の時のクラスメイトなんですよ。先に出会ってしまったのは仕方がないでしょ」
「本当に今年の1年生は不作だよ!」
「とんでもないことを本人たちの目の前で言いだしたぞ。この人」
「なんで、なんで君は女の子じゃないんだよぉぉぉ!」
「オレの女姿気に入りすぎでしょ。てか先輩また首しまってます……」
先輩はっちゃけってるなぁと思ったら、そういえば今日他の先輩たちが来てないや。可愛い女の子が来ることを予見して口説くところを見せたくなかったんだろうな。てか、本当に首、苦しい。
あの、隣の人とか琴瑟調和の仲の人とか助けてくれてもいいんですよ?
「…………。」
「…………。」
テレパシーとかで喋ってる?
そうかアリアも新たな扉を開けたのか。ノールックでハリセンが飛んできた。
読心までも……か……。




