彼は元クラスメイトと再会する
とりあえずオレたちは落ち着ける場所に移動することにした。相変わらず客が誰もいないオレのバイト先へと入る。大丈夫だろうかこのお店。
からんからんとベルの音に反応して、お皿を磨いていた店長が顔をあげる。ほらもう暇なときにしかやらない作業をしてるよ。
「あれ?日下部くん今日シフトだっけ?」
「いえ、普通にお客として」
「おお、それはいらっしゃいませ。ご注文はジビエですか?」
「何そのホラーなごち○さ。食わせようとしないでくださいよ。というかそんなメニュー一回も見たことがない………メニューにはあるな。そして値段が高いよ」
この店長真っ先に高い料理を進めてきやがった。良心のかけらもないのか。
とりあえず注文は席で落ち着いてからにするとして、3人で席に着く。「帰るよー」と言っていたアリアも着いてきたので「なんで?」と聞いたら、笑顔で何も答えてくれなかった。ただわき腹を何回か指で突かれた。
アリアとオレが並んで座り、向かいに校門で出会った少女が座る。
「じゃあ、何か頼むか。二人はどうする?」
「私はカフェモカかな」
「唯織は探求者の雫で」
「うん、そんなのないと思うよ」
「了解。ドクタ〇ペッパーだな」
「違うよね?」
違わないよ。ほらうんうんと頷いているじゃないか。とりあえず3人分の飲み物を注文する。ドクタ〇ペッパーを置いている店長のセンスには尊敬をおぼえる。
「どうしてわかったの?」
「フィーリング。頭に浮かんできた」
「やっぱり、宗介くんの知り合いだったんだね」
そのアリアの言葉に目の前の少女は少し体を固くした。不安げな目でこちらを伺っている。この目には覚えがあった。
「黒崎唯織さん、だよな。オレの中学のクラスメイトの」
「!!!……仮初の姿しか知らないのに、真の姿となった唯織をすぐに見抜くとは、さすがはそーくん」
そうか中学時代の仮初の姿だったのか。中学の時の黒崎さんは眼帯も包帯もつけていなかった。長い黒髪は同じだが、今みたいに結ぶことなく、前髪なんて目元が隠れてしまうほどだった。今は眼帯が見えるようにか綺麗に整えられているが。
「親し気な呼び方されているけど、さっき中学時代は親しい人がいなかったって言わなかった?」
「関わりは多かったけど話したのは数えるほどだ。それに、この呼び方は初めてされたな。というか黒崎さんに名前を呼ばれたのが初めてかもしれん」
中学時代の黒崎さんはとにかく無口だった。授業中に当てられても無言で固まってしまうぐらいには。しかも何かを言おうとするでもなく、当てられたら直立不動で先生をみるだけだ。その反抗的な姿に思わずオレは拍手を送ってしまったほどだ。そしてオレだけ廊下に出された。
「中学の時も呼んでた。心の内で」
「だそうだよ」
「…………。」
アリアが固まった。どういう反応すればいいか困っているようなふうだ。いつものオレへの対応と同じようにすればいいんじゃない?やっぱり可愛い女の子だと邪険に扱うことはできないのだろうか。
「それで黒崎さん」
「そーくんには真の名で呼んでほしい」
「了解。それで唯織」
「真の名ってそこなんだ……」
フィーリングだよ。フィーリング。考えるな感じろってやつだ。
「オレに何か用があったんだよな?オレに会いに来たみたいだし」
「ひどい、そーくん。かつての相棒に会いに来るのに理由がいるの?」
どすっとわき腹にアリアからのチョップがはいる。何故?
「最低だよ宗介くん。元カノだからってあんなに他人行儀に接しなくてもいいじゃない」
「元カノじゃないよ」
「あながち間違いでもないかも」
唯織さーん。誤解を生むような発言はやめましょうね。
この相棒は元カノって意味じゃない。さっき一回も名前で呼ばれたことがないって言っただろ。そんな彼氏彼女がいるかよ。全くもっと考えてほしいですわ。
「相棒っていうのはほぼそのまんまの意味だよ。中学の時クラスでペアを組ませられることが多かったんだよ」
「どういうこと?」
「中学の時クラスの男子、女子ともに奇数人いたんだ。だから好きな人でペアを組む時、それぞれ一人ずつ余るわけだ。そこで普通は同性の3人のグループを作るわけだが、会話が面倒なオレと会話をしてくれない唯織を持て余したクラスメイトはオレたち二人をペアにしたってわけだ」
「あれこそ運命の導きだった」
「もうなんていえばいいかわからないよ。というかその状況は先生はなんとも言わなかったの?」
さぁ?こんなオレにも根気良く接してくれたいい先生だったけど、特に何も言われなかったな。
「それは、相棒だったから」
唯織はさっきと同じことを少し恥ずかしそうに言った。
なるほど。だからあながち間違ってないのか。
「どうやら先生はオレたちが付き合っていると思っていたらしいな」
それでオレたちがペアになることを見過ごすのは先生としてどうかとは思うが。
「ふーん」
なんかここの席空気が重いな。店長、加重力エリアでも導入したのだろうか。
「つまりは、唯織はただオレに会いにきたってことか。よくここの高校だってわかったな」
オレがこの高校に入学することはクラスメイトの誰にも言ってない。聞かれなかったし。
「うん、唯織の千里眼でそーくんの未来を見通そうとしたんだけど失敗した。そーくんの膨大な可能性をおいきれなかったていうのが失敗の原因。だけど先日インフェルノ・イヤーがそーくんの情報をキャッチして辿り着くことができた」
「なるほど、オレの進路届を遠くから見て、第二志望であった高校に入学したが見つからなかった。だけど先日クラスメイトがオレが通う高校の話をしていることを聞いたんだな」
「ねぇ、本当にそんなこと言ってるの?」
ほぼそのままそう言ってるじゃん。というかそれよりも第一志望に受かるわけないと、やっぱりバカだと思われていることに驚きを隠せないんだが。
オレの話をしていたっていう唯織のクラスメイトは多分テニスコート場で会ったあいつだろう。そういえばあいつの結果がどうなったか知らないな。
ここで店長から飲み物が届き、一息をつく。因みにオレも探求者の雫を頼んだ。久しぶりに飲みたくなった。中学の時はずっと飲んでいたからな。ブラックコーヒーかこれかの2択だった。
「しかし、唯織ってこんなに喋れるんだな。すでにクラスメイト時代の会話の量を超えてるんじゃないか?」
「それでどうやってペアで活動できたの……?」
「フィーリング?」
「それそんなに便利な言葉じゃないよ」
オレが喋って、うなずきとかのジェスチャーで唯織が反応して、オレがそれを勝手に解釈してコミュニケーションをとっていたな。
「昔のは仮初の姿。つまり私には制限が課せられていた。この姿なら自由に話すことができる」
「なるほどな。そんな枷を背負って中学時代を過ごすとは君も強者であったか」
「ねぇ。それって高校デビュー」
アリアが何を言っているかわからないや。いやいや彼女は覚醒したんだよ。
「やっぱり。そーくんだけは唯織のことをよくわかってくれる」
唯織はそんなことをはにかみながら言う。
「でも、そーくんはすっかり堕落した」
一転して、暗い口調でそんなことを言った。やっぱりここに加重力エリアあるよね。
「ふっ、堕落とはオレとは程遠い言葉だ。オレはいつでも成長している。昨日も丁度一つアニメを見終わったところだ」
「堕落の極みなんじゃ」
何を言っている。新たな情報が頭の中に入った。立派な成長じゃないか。
「ううん。そーくんは堕落した。だけどそれはそーくんのせいじゃない。その女のせい」
「え?私?」
突然、矛先を向けられて驚くアリア。
「そう。その女と付き合ったせいで、そーくんは堕落し、見栄をはるためだけに生きていくことになる。唯織はすごい哀しい」
「「…………。」」
何か似たようなことを言っていたやつがいた気がする。うん、さっき思い出したテニスコートのやつだな。あいつめ、オレの個人情報どころか、ガセ情報まで教室で喋っているのか。
「でも、大丈夫。唯織が来たからには安心して」
ずいっと机の上に身を乗り出してオレの両手を掴む。
「そーくんのその偽りの仮面をはがして、真なるあなたを解放してあげるから」
「なるほど」
オレは重々しくうなずいた。
「つまりはオレを中二病全盛期の時のオレに戻したいんだな」
「ええ……」
アリアは本当に嫌そうな声を出した。それは失礼じゃないかい。
「…………そうすれば、きっとそーくんは唯織のもとに帰ってきてくれる」




