彼らの前途に幸多からんことを
日曜日、オレは学校の校門まで来ていた。それは勿論、部外者を校内に入れたことにより奉仕活動をするため。…………まあ、冗談だが。
あの後、バーコード先生にカバディを仕掛けて、なんとか時間を稼ごうとしたが簡単に通り抜けられてしまった。まさかアンクルブレイクを使えるとは侮れぬ。しかし先生は教室の中をちらりと見ると、オレに「他の先生には見つからないようしなさい」とだけ言うと、帰っていた。オレも神楽坂さんも華恋もお咎め無しだった。いい先生だなぁ。ごめんよ。頭の印象しかなくて。今度からはちゃんと心の中でも名前で呼ぶよ。
では、そんなオレが何故休日に学校にいるかというと、
「お待たせ。宗介くん」
待ち合わせである。涼し気な格好のアリアが小走りでかけてくる。今日は前回と違い少し大きめなカバンを持っている。
「いや、オレが早く来ただけだから気にするな」
「そこは、今きたところ、じゃないの?」
「いや、嘘をつくのはちょっと……」
「嘘じゃないよ。気遣い」
なるほどまた一つ賢くなったぞ。気遣いと言えば嘘をついてもよい。メモメモ。
「じゃあ、行こうか。りんちゃんの応援」
アリアはオレの顔を覗き込みながら言う。なんでかニヤニヤしている。
そう今日は竜胆と神楽坂さんの大会の日である。これを勝ち上がれば県大会に進むことができる。今日はダブルスの日で、昨日のシングルスでは竜胆は惜しくも負けてしまったらしい。中々一年生で勝ち進むことは難しいようだ。
「まさか宗介くんから誘ってくれるとは思わなかったよ。そんなにまたりんちゃんの素敵な姿を見たかったのかな」
そう言いながらアリアはあの運動公園へと出発しようとする。
「あ、ちょっと待ってくれ。まだ来てない人がいる」
「え?」
今日はもう一人誘ったのだ。噂をすれば、走ってくる音が聞こえる。む、殺気。
「そ~う~す~け!」
「とう」
オレはハンドスプリングで前によける。そしてすかさず回転して警戒。壁を背にしてアリアにも後ろからの襲撃者にも背中をみせないようにする。襲撃者は両手を中途半端に前に出した華恋だった。
「なんだ華恋か」
「何をやってるんだ?」
「殺気を感じて、つい」
「わたしは宗介の腕に飛びつこうとしただけだぞ」
あ。じゃあ神楽坂さんからの殺意だな。優秀な第六感だ。神楽坂さんは試合に集中してよ、まったくもう。
「えっと、華凛ちゃんじゃなくて、もしかして妹の華恋ちゃん?」
そういえばアリアとは初めましてか。
「おお?どなただ?」
「こちら涼白アリアさん。竜胆の親友だ。こちら神楽坂華恋さん。ご覧の通りかの神楽坂さんの妹だな。ではファイト!」
「え、なんで?」
アリアが戸惑ったような声を出す。いやなんか名前を紹介したら、つい言いたくなって。
「どういうことだ!宗介!」
「え、いや今のはただの冗談で」
「なんでデートに他の女がいるんだ!」
空気が凍った。こんなに気持ちのいい朝だというのに、ここだけ真冬になったようだ。
「宗介くん?」
「いや、デートなんて一言も言ってない。ちゃんと神楽坂さんの試合を一緒に見に行こうと誘った」
すかさず無実を主張する。
「でも他の人がいるとも書いてなかった」
「あ、私もてっきり二人きりだと思ってた……ひどい宗介くん!私たちを弄んだんだね!」
とりあえず今、オレで遊ぼうと考えているのは君だね。
しかしどうするかこの状況。まずはきちんと華恋たちの立場になって考えてみよう。相手の立場になって何がいけなかったのかを考える。とても重要なことだ。
オレが女性の知り合いから、遊びに誘われたとする。そしてオレは二人きりでデートだと思って集合場所に向かった。でも集合場所にはその誘ってきた知り合いのほかに男性がいた。なんでデートにほかの男性がいるんだ!←今ここ。
ふむ。え?これ悪いのオレか?
「あ、見て華恋ちゃん。あれは宗介くんがまたろくでもないことを考えた顔だよ。あの顔が出たときはもうこっちを煽るような言葉しかでてこないよ」
「おお、だから空はあの顔になった瞬間、言葉を発する前に叩くのか」
そんなことを言っていられるのも今のうちだ。オレの隙のない意見を聞くがいい。オレは先程考えたことをそのまま伝えた。
最低男の称号を賜った。解せぬ。
***
パコーンパコーンとボールを打つ気持ちのいい音が響く。オレたちの目の前で伊万里・神楽坂ペアは白熱の試合を繰り広げていた。
オレの左では華恋が一球一球に感嘆の声をあげながらボールを目で追っている。
「すごいな、宗介!お姉ちゃん、かっこいいな!」
「そうだな。華恋がいることで前よりたぶん動きがいいぞ」
「えへへ」
さっきからちょいちょいこっちを見てるんだよな。試合に入れ込み過ぎていない状態が逆にいいのか、絶好調だ。あとオレたちがいる方向にサーブを打つときだけ神楽坂さんが力強いボールを打ってくるのは気のせいだろうか。あのボールには一体どんな気持ちが込められているのか。やたらオレの目の前のフェンスにボールが当たるんだよ。ナイス、サービスエース。
オレの右ではアリアが微動だにせずビデオカメラで竜胆を撮影していた。試合ではなく竜胆を、だ。側面のパカパカする液晶の部分はさっきから竜胆一人を映している。前はそんなもの持ってきてなかったよな。
「なんで急にビデオカメラを?」
「だって中学の時はズボンだったから、高校になってスコートで試合するなんて知らなかったんだもん」
「そうか」
深くは聞かないことにした。人の趣味に口を出すもんじゃない。それがオタクの掟だ。
というかなんでこの二人はオレを挟むようにして座っているんですかね。人見知りする柄でもないだろうに。なんか退路を断たれているみたいで落ち着かない。
オレがなんだかソワソワしているうちにも試合は進んでいく。
「なあ、宗介」
「んー」
「わたしお姉ちゃんとたくさん話したんだ」
「それはいいことだな」
「うん、それで色々決めた。お姉ちゃんがしたいこと、わたしがしたいことそれを突き合わせてな」
「そうかそれは大変だっただろ。お姉ちゃんが華恋にしてあげたいことが多すぎて」
「本当だよ。嫌じゃないけど困るな。でも、ちゃんと自分でやることを決めた。わたしもお姉ちゃんや宗介みたいな頼りがいのある人になりたいからな」
オレは思わず言葉に詰まった。そんな風に人に称されたのは初めてだったから。しかもお姉ちゃんと同列に語ってくれている。これは華恋にとって最大級の賛辞だろう。
「代わりに好きなものの話もたくさんしたぞ。新しいつながりを作るんだったよな。お姉ちゃん、今度わたしにテニスを教えてくれるんだ」
「そうか、良かったな」
本当にそう思う。シスコン姉妹は人類の宝だからな。これからも仲良く末永く幸せになってほしい。
もう少しで竜胆たちの勝利が決まる。決着の時を、人の試合ながら少しドキドキした気持ちで見ていると、突然華恋が爆弾を放り込んできた。
「そういえば、お姉ちゃんが宗介とゆっくりお話がしたいと言っていたぞ。わたしの家で」
「…………え?なんでそんなことを?」
オレの声は震えてなかっただろうか。隠れて華恋と知り合っていたこととかは、なんか仲直りというかすれ違いを解消したことによってチャラみたいな雰囲気なかった?それはそれ?
「たくさんお話したって言っただろ。もう知り合いだってバレたから口止めはいいかと思って、私は宗介のこともたくさん喋ったんだ。宗介が私にしてくれたこととか。その、宗介がどんなに優しくしてくれたか、とか。思わずわたしが泣いちゃったこととか。ちょっと恥ずかしかったけど、お姉ちゃんには知ってほしくて。そしたらお姉ちゃんが宗介にそう伝えてって」
これはやばいのではないか。道理でずっと神楽坂さんが睨んでくると思った。華恋に熱い視線を向けてたじゃなかったんだな。ただ獲物をロックオンしてただけだ。
「今度宗介がうちに遊びに来るのか~楽しみだな~」
華恋がのんきにそんなことを言う。
神楽坂さんの家とかきっと地下室とかあるぜ。見える!その地下室で神楽坂さんが大きなやっとこを持って手招きをしているところが。
頭の中でアラームが止まらない。オレは信頼する第六感に従い試合が終わる前にここから逃げようと立ちあがる。
しかし少しだけ遅かった。神楽坂さんのスマッシュが相手コートに突き刺さる。そしてガッシャァン!とオレの前のフェンスを揺らした。反射的に体が止まる。
「やったー!お姉ちゃんたちが勝ったぞ!」
そう言いながら立ちあがった華恋が嬉しさのあまりオレに抱き着いてくる。
「やったー。りんちゃんたち勝ったー」
棒読みのアリアがオレの手首をすごい力で握りしめた。貴様!
両手に花とか言っている場合ではない。試合に勝ったのに未だ闘争心は衰えていない神楽坂さんがこちらへと向かってくる。ついでに竜胆もこちらを睨んでくる。君は何故だ。
こういう時こそさっきみたいに相手の気持ちになって考えないとな。
想像する。試合に勝ったあと観客席を見ると、男女が抱きしめ合っている。
あ、殺すな。そりゃしょうがない。そんなところでイチャイチャしてんじゃねぇと思う。
オレは再び椅子に座った。これは二人の沙汰を受けなければならないだろう。二人の怒りには正当性があると証明してしまった。こんなところでオレの真面目さが裏目にでるとは。
オレは二人に両側から抑えられながら、あまりにも青すぎる空を見上げる。
おかしいな。オレが目指していた高校生活とは二ヶ月目にして逸脱してきた気がする。四月にくらべてなんか関係性も後退してないか?
いや、そうでもないか。混じりけのない純粋な気持ちをぶつけられる関係性。そう考えればみんなと少しは仲良くなれたと言えるのではないだろうか。
そう思うことにした。現実逃避やポジティブ思考はオレの108個ある得意技のうちの一つでもある。残りの106個はまたの機会に紹介するとしよう。
竜胆と神楽坂さんが見上げた空を遮るようにオレたちの前に立った。逆光で二人の表情は見えない。だけどオレは笑顔を浮かべて祝福する。
「いい試合だったな。おめでとう」
「「ありがとう」」
パァン!
この音がハイタッチだったか平手打ちだったかは、きっと些細な事だろう。
これにて第2章は終了です。
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