彼はタピオカを買い行く
「全くあんた達は……」
オレたち二人はお店の前で姉ちゃんに呆れられていた。姉ちゃんが常識人の側に立っていると思うとなんだか悔しくてたまらない。非常識の塊のくせに。
「なんで怒られたんだろうな?気をつかってサイレントだったのに」
「凄かったな宗介。無音だったのにまるで拳銃の音が聞こえてくるようだったぞ」
「華恋ちゃん…………宗介から悪い影響をガンガン受けてるわね。華恋ちゃんのお母さんになんていえば」
「おいおい今更まともなフリをするな。華恋はもう姉ちゃんの本性に気づいてるぞ」
「空のいいところは豪快さにあると思うぞ!」
「……あんたたち反省してるの?」
「「もちろん」」
姉ちゃんはため息をつくとオレにだけアイアンクローをした。そうそうそれでこそ姉ちゃいででででで。あ、もう女装でも関係ない感じだ。
「これからご飯を食べにいくわ。桔梗と一番接近するわけだけど、わかってるわね」
「ああ、わかってるよ。バレないようにするんだろ。任せろ」
「宗介……大丈夫なのかそれ。足が地面から離れてるぞ」
「そうよ。ここでバレたら面白く……面白くないもの」
「なぜ本音を隠そうとして諦めた?」
「やっぱり豪快だなぁ。空は」
姉ちゃんと和やかな会話を終えると昼食へと向かう。
昼食は学生の味方のイタリアンファミリーレストランだ。ウィキにはそう書いてあった。自称はイタリアワイン&カフェレストランだ。本人が言ってたんだからカフェレストランって書いてやれよ。
五人でお店に入る。オレも飲食店でバイトをしているからわかるが、5人はめんどくさい。なぜなら基本テーブルは二人掛けか四人掛けのため、必ずテーブルを二つ使われなければならないからだ。うちの店なんかは狭いので無理矢理椅子を持ってきて五人座ろうとすると通路にはみ出し邪魔なのだ。「え~一緒がいいんですけど~」とか舐めた口をきいたあいつ許さん。お前ひとりカウンター席に案内してやろうか。
お昼時より早めに来たからか、店内はすいておりテーブルを二つくっつけて五人で座ることができた。幸か不幸か。オレはいつものごとく通路側の席に座ったのだが、前には桔梗さんが座った。姉ちゃん?姉ちゃんはサポートしてくれんの?
「空の妹だよね。私は伊万里桔梗。よろしく」
「あ、よろしくお願いします。日下部宗です」
適当な名前を考えておくのを忘れて中途半端な偽名になった。宗なんて女性に会ったことはないが、まあ空と対して違わないしいける、いける。
「へーそうちゃんって言うんだーなんかムジョル○ア持ってそうだね」
「そうですね。作ったことありますよ。木で」
「え?」
「え?」
痛い。隣の伊万里さんから蹴りでツッコミが入った。
「冗談です」
「そっかー面白いね。そうちゃんは」
あんまり面白いと思っていない感じだ。全く竜胆のせいでオレの冗談のセンスが疑われてしまったじゃないか。本当のオレはもっと面白いのに。やれやれ。
「あ、そういえば、そうちゃんってりんと同じクラスなんだって空から聞いたよ〜」
「そうですね」
あのアマは何を余計なことを言っているんだろう。ジロリと睨む。ギロリと睨まれた。ひぇぇ。
「で、聞きたいんだけどさ、同じクラスに男子の日下部くんがいるよね。どんな感じ?」
ビクッと隣に座る竜胆の体が反応する。
「どんな感じ……ですか?」
「そうそう、りんがいつも愚痴を言ってるから気になってね」
「そうですね。一言で言うなら……イケメンです痛いぃ」
竜胆に蹴りでツッコミが入った。さっきより強い。いいじゃないか。どうせ男子として会うことはないんだから完全無欠の優等生を作り上げてやる。間違えた。真実が完全無欠の優等生だから仕方がない。
「痛いイケメン?」
「遠からず」
「姉さん、日下部く……さんの言うことは信じなくていいわ。たいてい冗談だから」
「え〜でも、でも聞きたいじゃん日下部くんこと。うちのりんをあれだけ振り回す日下部くんのこと」
「姉さん!」
竜胆が桔梗さんの声を遮り、大きな声を上げる。どうしたクライマックスか?
桔梗さんは竜胆を見て頷いた。
「それでね」
「姉さん!?今の頷きはなんだったの?」
「ん、大丈夫うまく遠回しに言うよってこと」
「言わないという選択肢は?それに、と、遠回しも何も私は日下部くんに振り回されてないわよ」
「じゃあ話していいじゃない」
「虚偽だって決まってること言わせるわけないでしょ?……日下部さん人数分のお水を持ってきてくれる?ちょっと姉さんとお話しするから」
へーい。オレは水を取りに立つ。竜胆もあんな大きな声出すんだな。あの、というか五人分を一人で持つんですかね?
持てた。
帰ってくると、竜胆はなんだか疲れたような顔をしている。一方で桔梗さんはなんかツヤツヤしている。この短時間で一体何が。
「じゃあ帰ったら詳しく聞かせてもらうからね。りん」
「もう勝手にして……」
「え?つまりここでもそのトークを続けて良いってこと?」
「姉さん」
「ごめーん」
しばらくして各々が頼んだ料理も届き始め食事を始める。カルボナーラうまーい。オレ的にはちらりとみえた煉獄の文字に心揺れたのだが、安易なのっかりには乗ることができないというオタクの矜持が厨二病を捻じ伏せた。
「このあと何処行こっか?」
「そうね。最後にカラオケは行くとして」
あの姉ちゃん本当にオレのことを隠す気あるの?なんでわざわざ狭いところにいこうとするかな。
「あとどこか回りたいところある?」
「あ、じゃあ私水着がみたいかも。夏に向けて新しいの買いたいんだ~」
桔梗さんがそんなことを言う。そういえば前に水着は本当にアニメのように試着するのかという疑問を持ったことあるな。まあ、もうその疑問は解消したが。水着 女性 試着で検索してみた。やだ、オレの検索履歴気持ち悪すぎ。
「み、水着」
竜胆はなぜか頬をひきつらせた。なんぞ。
***
そしてオレはタピオカのお店に並んでいた。もうブームから大分経つというのにまだ並んで買う人がいるのか。本当に美味しいと思って飲んでる?惰性で飲みに来ていないかい?並んでいる人が言うことじゃないか。
竜胆がさすがに水着を選んでいるのを見られるのは恥ずかしいということで、オレはタピオカ店に派遣されていた。まあオレも女性用の水着店に入るのはちょっとどうなのかと思っていたところだから文句はない。
「華恋はこっちに来て良かったのか?」
オレの横でニコニコソワソワと並んでいる華恋に声をかける。
「おう。前にお姉ちゃんと一緒に買ったからな。しましまのやつ!」
うん、柄までは別に言わなくて良かったな。オレが男だって忘れてる?というか女子ってそういうのストライプとか言うんじゃないの。しましまだとあれだよね。全身を包む昔の水着を思い出す。囚人みたいなやつ。その水着で身を包み砂浜を駆ける華恋を想像する。違和感がない。
「その水着って全身隠れる奴?」
「ん?そうだな。肌が出てる所は少ないな。わたしは肌が弱いからな」
うん、おそらくワンピースみたいになってるやつだな。
「それにみんなで遊びに来てるのに一人きりにするのは、宗介が寂しいだろうなと思ってさ」
それがついてきてくれた理由か。ごめんよ。早くタピオカが飲みたいいやしんぼさんめとか思って。
「華恋は優しいな」
「そうだろう。そうだろう。全く宗介はわたしがいないとダメなんだから」
そこまでは言ってないよ。
「ふっ、あまりオレを舐めるな。どれだけ中学時代の行事を一人で乗り切ったと思っている。修学旅行なんて京都をオレは一人で探索したんだぞ」
あの頃のオレは孤独・孤高かっけーって思ってたから何の痛痒も感じなかったが。今同級生においてかれたら……変わらず別に楽しみそうな気がする。いつからこんなにオレは冷徹な人間になってしまったのだろうか。最近日常系アニメ成分が足りてないからだな。帰って早急に摂取しなければ。人間の温かみをオレに思い出せてくれ。
「おお、すごいな宗介は。大人だな」
「大人って世知辛い」
華恋の大人のイメージがなかなかシビアだった。
「意外に時間がかかったな。もう空達は店から出てるかな?」
「大丈夫だろ。女性のお買い物は長いっていうし。なんならどっかで一休みをして時間を調整してもいいぐらいだ」
「多分調整ミスだぞそれ」
オレは袋に入れてもらったタピオカを持ち、水着店へと急ぐ。たしか商業ビルの中だったよな。
「止まれ、華恋」
「どうした」
オレたちが店の前にたどり着き目にしたものそれは。
「ナンパされている」
「なんだって!そんなことをするやつが実際にいたのか!都市伝説だと思ってた」
オレもそう思っていた。だが確かに知らない二人組の男から姉ちゃんたちは話かけられていた。姉ちゃんと桔梗さんは不機嫌さも隠そうとせず撃退しようとするが、男たちはしつこいらしい。竜胆は一歩引いて姉ちゃんたちの影に隠れている。
知らないやつに声かけるとか宗教家と居酒屋のキャッチしかやらないと思っていた。世界にはすごい人がいるもんだ。しかも女性用の水着店の前でナンパするという勇気。正気ではない。
ばちっと姉ちゃんと目が合う。そして口パクで何かを伝えてくる。何々?ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね?違うか。違うな。とにかくどうにかしろと言いたいのだろう。
「じゃあ、行ってくるからちょっと待っててくれ」
「行くのか!あいつら正気じゃないぞ!」
華恋も同じ結論に至ったようだ。オレはナンパ男たちの背後から近づく。姉ちゃんははやく帰って来いよと不満気だ。桔梗さんは心配そうにこちらを見ている。竜胆は心配そうなのと……安堵?
「いいじゃん、この後暇でしょ。一緒に遊ぼうよ」
「そうそう、3対2でちょうどいいじゃん」
男たちの声が聞こえる距離まで近づいたがこちらに気づかない。必死か。そしてやっぱり正気じゃない。もう数も数えられなくなっている。
オレはその二人の間にその二人と肩を組むようにして入った。そんなオレを見て驚いたような顔をするがすぐにほおを緩める。この距離でもバレないオレの女装が恐ろしい。いや、こいつら正気じゃないんだった。
「よっしゃ、そんなに遊びたいならオレと遊ぶか」
そう地声で言った。
「「「!!」」」
呆気に取られている隙にオレは男たちを後ろへと引っ張る。
「ちょ、お前おん、男か?てっ、おい力強っ!体固っ。マジで男じゃねぇか!」
おいおいオレの姉ちゃんを男扱いするのやめろ。オレを片手で持ち上げるほど力が強いんだぞ。あと引くほど体が固い。体力テストの長座体前屈の最高得点は2点だ。
「はっはっはっ。元気がいいな若人よ」
「どんなキャラだ!多分お前より年上だよ!」
桔梗さんがとてもびっくりした顔をしている。おそらくオレが男だということに気が付いたんだろう。この後どうするんだろうな。まあ姉ちゃんたちに任せるか。
「じゃあ、どこに遊びに行くか。アニ○イト、メロ○ブックス、それともと・ら・○・あ・な?」
「何で全部オタク向けなんだ!そもそもとら○あななんて複数人で行くところじゃねぇだろ!」
「はっはっはっ」
「「その高笑いやめろ!」」
全部わかるのか。中々こっち側の人間だな。とら○あなに複数人で行かない理由?いや、僕全然わからないや。あそこは健全な本屋さんだよ。
「なんだゲー○ーズがいいのか?わがままだな。そんなものはこのあたりにない」
「「言ってねぇよ!話聞け!」」
まあまあ、お前らも姉ちゃんたちの言うこと聞いてなかっただろ。たぶん。お相子、お相子。




