彼のセンスは中学時代から止まっている
目的の駅まで到着してとりあえず一行は近くの服屋さんに入ったわけだが、
「さてお二人さん、何かお探しの服はあるか?」
「「……。」」
なぜか竜胆と華恋は黙ったままだ。竜胆は気まずげに華恋はきょとんとしている。もちろん女性向けのお店に入ったからオレはお探しのものはない。というかこの二人もしや。
「はい、じゃあ自分で自分の服を買うよって人は手をあげて」
「「……。」」
さっきと同じ反応。
「姉か母が買ってきたものを着てるわね。こういうお店に一緒に来ても流れに身を任せてるわ」
「わたしも同じだ。全部お姉ちゃんがやってくれる」
「「服ってどうやって選ぶの(んだ)?」」
ちょっとー女子!しっかりしてよー。仕方がないなあ。
「オレに聞かれても知らんぞ。君たちオレが学ラン、ジャージ、女装以外の格好をしているとこ見たことあんの?」
「「ない」」
「うん、ないんだもん。クローゼットにその他の服入ってないんだもん」
ジーンズぐらいかな?あるのは。
アニメオタクになってからは、グッズの服しか買うことはなくなった。全身そのグッズならコーディネートできるが、そもそも私服を着て出かける機会がない。基本寝間着として使用している。だが、そういった服は本来服を選ぶ基準ではないもので選ぶため、こういうお店での服の見方、選び方を知らない。グッズでの基準はそれが好きな作品、キャラのものであるかどうかだ。
つまりは服屋の中で何をしていいかわからずに途方にくれる3人がいるという大変稀有な状況に陥っている。
ちらりと姉ちゃんたちの方を見る。服を眺めて、持ち上げて、体に当てて和気藹々と楽しんでいる。連れてきた人たちがオレたちをそっちのけで楽しんでいるなんて、そういうことすると友達なくしちゃうぞ。服屋の楽しみ方がわからない人がいることを想定する方が無理か。それも3人も。
「あ、そういえば前にアリアと服を買いに行ってなかったか?そういう時はどうしてんだ?」
「同じよ。アリアが私を着せ替え人形みたいにするわ」
「よし採用。じゃあ竜胆を着せ替えて遊ぼう」
「よーし可愛いの選ぶぞ!」
ふんすと華恋は気合をいれるとお店の奥にかっとんでいった。何故近くから見ない。
「ちょっと待ちなさい」
「いやしょうがないでしょ。もうそれしかこのお店を楽しむ方法はないんだから。いつものように身を任せなよ」
「いえ、それはいいの。確かにもうこのお店を楽しむ方法はそれぐらいしかないから」
いや、嘘をつけ。もっときっとあるぞ。あと私を着せ替え人形扱いしないでとか色々いうことはあると思うぞ。服屋に入ったぐらいでテンパるな。
「じゃあなんでオレを呼び止めたんだよ?」
「あなたも選ぶの?だってあなた学ランをかっこいいと思っている人間よね?センスがいいとはとても」
「よし、その喧嘩買った。オレの感性を爆発させてやる」
オレもずんずんと店の奥へと進む。だから近くから見ろ。
「ちょ、ちょっと待って」
そんなオレを竜胆は腕を掴んで止める。いや、必死すぎて傷つくんだが。そんなにオレに選ばれるの嫌か?まあ嫌か。女装しているけど男だし。
「私を一人にしないで」
「は?」
竜胆は震える声でそう言った。
「………………おしゃれそうな店員さんが私を見てる」
「一人にしようとしてごめん。怖かったよな。それは怖かったよな。一緒に行こうな、な」
オレは竜胆とともにごく自然にその店員さんに背を向けた。やべーよあの店員さん。だって室内なのにハットかぶってるもの。あれは自分がオシャレって自覚してないとできない。あ、でもオレも教室でニット帽を目深にかぶっていた時期あったな。ふぅ危ない。オシャレ度では負けてないぞ。その時期は確か鋏を持ち歩き、口癖が「傑作だぜ」だった気がする。極めつきのオシャレさんめ。
そして二人で服を眺めて、持ち上げ、体に当て、どつかれ、和気藹々?と楽しんだわけだが。あれ1つ過程が増えてる。
華恋と合流し、服と一緒に試着室に竜胆をぶち込んだ。これで着替え完了した竜胆が出てくるわけか。なんだかゲームとかの合成とか錬金要素を思い出す。こうやって箱に材料を入れると完成品が中から出てくるんだよな。今は夏服竜胆を作っている。
シァーと試着室のカーテンが空く。
「黒いわ」
「ん、すごく黒いな」
「やっぱり黒がかっこいいよな」
オレが選んだのは黒いTシャツに黒いパンツ、あと黒いニット帽だ。うん、ついあったから手に取ってしまった。センスが爆発だ。夏用らしい。そんなものあるのか。オレはずっと汗をかきながら冬用を着用していたというのに。
「なんか一人でギターを持って演奏してそうじゃね」
「確かにカッコいい系だ。というか宗介のセンスがどうこうというより、竜胆は美人だからここの服をどう組み合わせようと多分似合うぞ」
「選びがいのない奴め」
「全くだ」
「……それは私は貶されてるの?褒めてるの?」
「「ちょー褒めてる」」
「着替えるわ」
乱暴に竜胆は試着室のカーテンを閉めた。せっかく褒めたのに機嫌が悪くなってしまった。オレたちはクビをすくめて顔を見合わせる。
次は華恋チョイスの服だ。お手並み拝見と行こうかな。オレを越えられるかな。
「華恋さん。これ本気?」
「ああ、ちょっと冒険してみた!」
「なんで私の服で冒険するの……」
試着室のカーテンがゆっくりと開く。恥ずかしそうに体を縮こませながら竜胆は出てくる。
下はショートパンツ。ジーンズぽいやつでなんか裾がボロボロになってるやつ。一転して上の服はゆるゆるな大きさの服。ズボンがもう少しで全部隠れるくらい裾は長いし、袖も手を覆うぐらい長い。なのに鎖骨から上は見えている。首元と肩が見えるようになっている。それどうやって着てるの?ソック○ッチ?
「「足長っ」」
オレと華恋の感想が一致した。
「どこ見てるのよ!」
「「そりゃ足だろ」」
「今のは聞いてるんじゃなくて、見るなって言ってるのよ!」
いや、言ってないだろ。しゃがみ込みなんとか肌を隠そうとする竜胆。なんで着るの断らなかったんだ。
「でもやっぱり似合ってるよな」
「そうだな。さすがわたし」
「さっきセンスは関係ないって自分で言ってなかった?」
「さっきのは竜胆の力。これは竜胆のイメージとは違う服を持ってきたから、私の力だ」
「なるほど」
思いの外考える余地のある答えだった。
「……もう着替えるわ」
それが良いと思うよ。
竜胆は着替え終わると試着室から出てくる。どうやら竜胆のお眼鏡にかなうものは無かったらしい。服を店員さんに渡している。ニット帽は?ニット帽を返しちゃって本当にいいの?ああ、もったいない。
「りーんー」
見ると桔梗さんが手を振って竜胆を呼んでいる。やっぱり、りんって略して呼ぶんだな。うちの親もなぜかオレのことを宗くんと呼ぶ。親が略して呼んでしまような名前を最初から付けるなと言いたい。介は必要だったか本当に。
「お店の中で大きい声出さないでよ恥ずかしい」
ぶつぶつ言いながらも少しだけ嬉しそうに駆け寄っていた。桔梗さんは早速竜胆に持っている服を当てている。あれ殴られてない。
「じゃあ今度は華恋の服でも選ぶか」
「……。」
「華恋?」
「あ、おっ、なんだ!」
華恋は竜胆たちの方を見てぼーっとしていた気がする。
オレは華恋の頭の上にぽんと手を置いた。
「なんだ?」
「いや、妹キャラにはこうするもんだろ」
きっと。知らんけど。
「むー同い年だろ」
「ふっ、華恋は誕生日いつだ?」
「11月28日だ」
いいニーハイの日か。いい日だな。
「オレは4月1日だ」
「ああ、ずるいぞ!自分が最強の手札だから勝負したな!」
「はっはっはっ」
オレは高笑いしながら華恋の頭を撫でる。ちなみに最強の手札は4月2日で、最弱の手札が4月1日だ。華恋とは干支も違うぞ。
「むー…………でも、あれだな宗介の手はなんだか安心するな。お姉ちゃんと似ている気がする」
華恋は頭に置いていたオレの手を両手でつかんで、そんなことを言う。
「嘘つけ。全然違うだろ」
「そうかもな。でも、手のひらの固いところとか、頭の撫でる感じとかが似てる気がするんだ」
そうか。神楽坂さんはテニスに真剣に取り組んでいるんだな。オレと同じようなところにマメができているようだ。
「隙あり!」
「そんなものはない!」
華恋がオレの手を引っ張りバランスを崩したところを、オレの頭を撫でようと手を伸ばしてきた。それをオレはスウェーでよける。こちらもテニスを真剣に取り組んでいたんでな、見よこの体幹を。
オレたちはそうやってまるで兄妹のようにじゃれあった。
そうして服屋をやんわりと追い出された。さすがにマト○ックスごっこはやり過ぎたようだ。




