こうして彼らは遊びに行く
「ターイム!(裏声)」
突然大声を上げたオレにビクッとする竜胆と華恋。オレは構わず姉ちゃんを手招きして呼ぶ。姉ちゃんは眉をひそめると、竜胆のお姉さんに一言言ってからこちらに来る。
「私を動かすとはいい度胸じゃない」
「今そんなことはどうでもいいの」
なんでいつもこうもケンカ腰なのだろうか。
「あ、あんたちゃんと女声で喋らなきゃだめじゃない。ばれちゃうでしょ」
「それが、こちらオレのクラスメイトの伊万里竜胆さんです」
「ど、どうも」
竜胆は恐縮した様に頭を下げる。そうだよね。この人の第一声がオレにケンカを臨む声だったからね。怖い人だと判断してもおかしくはない。
「は?クラスメイト?…………随分面白い状況に陥ってるわね」
状況判断が早いようで何より。だがそのコメントはおかしい。全く誰のせいだと思ってるのか。
「そっかー竜胆ちゃんって梓山高校に通ってたんだー頭いいんだね」
「ありがとうございます」
「しかしよく気付いたわね。こいつが宗介だって。バレない自信結構あったのよ。だから妹だって言ってきたんだけど」
「以前写真を見せてもらったことがあったので、それでわかりました…………びっくりはしてますけど」
「だよね。クラスメイトの男子が姉の友達の妹として現れたんだもんね………すごい状況ね。あんた写真みせたことあんの?」
「前に姉ちゃんの写真を見せるときにな。ほら姉ちゃんと写っている写真のオレほぼ女装じゃん」
「ほーん、以前に宗介の女装を見たことあると。時に竜胆ちゃん宗介との仲はいい感じ?」
「良い感じなんて、ぜ、全然ありません!ただその席が近くて、よく話してて、一緒にご飯を食べてるだけなので、その、男子の中では一番関係があるかもしれませんが…………恩もありますし」
「あんたちょっとこっちきなさい」
姉ちゃんはオレの首根っこを掴んで顔を寄せて、竜胆に背を向けるようにする。
「どうなってんのよ、あんた。やけにあんたの好感度が高いようだけど竜胆ちゃんとはどういう関係よ?」
「知り合い以上友達未満」
「はっ?何言ってんのよ?」
「同じ質問をオレがしたとき竜胆がそう答えたんだよ」
「あんた竜胆ちゃんのこと呼び捨てで呼んでんの?馴れ馴れしい」
「そう頼まれたんだよ」
きょとんとした顔をみせる姉ちゃん。
あの時は、まさか竜胆のお姉さんと会う機会なんて訪れることはないと思っていたが、まさかその機会が来るとは。大変奇怪なことだ。とか言って。
「知り合い以上友達未満と竜胆ちゃんが言った、だけど名前で呼ばせていると…………はーん。面白い状況ね」
「それさっきも聞いた」
「よしあんた今日はなるべく竜胆ちゃんといなさい」
「なんでよ?」
「華恋ちゃんと同じ役目よ」
男だとバレないようにサポート役?この場合竜胆のお姉さんにだけバレないようにすることになるのか。
「もうバラせば良くない?」
「いい宗介。私は女の子の味方よ」
つまりはここでいうとオレ以外の味方ですよね。わかりますー。
「というか自分の味方ってことだろ?もう女の子って柄じゃなくね」
「あんた女装解いたら覚えておきなさい」
あ、女装の時は攻撃できないんだ。道理でいつも遊びに行く時はオレに優しいと思った。
「いいから今日のあんたのミッションは桔梗に男だとバレずに竜胆ちゃんと華恋ちゃんと遊ぶことよ。桔梗にバレたらいけないからなるべく近づかないこと」
「いや、一緒に来た意味ー」
姉ちゃんとオレはくるりと竜胆の方を向く。
「ま、こんな弟だけど今日はよろしくね。桔梗には男ってことは内緒で」
「こんな弟にしてるの姉ちゃんだけどな」
「わ、わかりました」
それだけいうと姉ちゃんは桔梗さんのところへと帰っていった。
「なぁ結局どうなったんだ?」
「ん?仲良く1日遊びましょうってさ」
「そうか楽しみだな!あ、もう空たち行くみたいだぞ!行こう!」
「あ、おい」
「ちょっと」
華恋はオレと竜胆の手を掴むと姉ちゃんたちの方へと走り出した。オレと竜胆は顔を見合わせて笑う。
「色々思うところはあるだろうが、とりあえず楽しめばいいんじゃない?」
「そうね……あなたその格好でその声だと違和感あるわ。最初のにしなさい」
「はーい(裏声)」
ここからは全編裏声でお送りします!
「……やっぱり女性の声にしか聞こえないわね。怖い」
どうしろと?
***
ガタンゴトンとオレたちは電車に揺られながら目的地を目指す。ちょっと離れたところにある街だ。駅前を中心に栄えており、遊び行くならここが定番だ。
日曜日なので電車はなかなかに混んでいる。そのため姉ちゃん達は人混みに流されて中程まで行ってしまった。オレたち3人は出入口の角をキープすることに成功した。オレは吊り革を持って竜胆と華恋と向き合うようにして立つ。
「悪いわね」
「何が?」
「壁になってくれて」
ああ、うん。まあ、今はそんなことは重要じゃないんだ。
「なぁ竜胆、竜胆がここにいるってことは今日テニス部は……」
「練習は休みよ。自主練がしたかったんだけど、姉さんに頼み込まれちゃってね」
「そうか、姉に頭が上がらないのは、どこも一緒だな」
「あなたほど要求されることはないけどね」
姉のわがままにはもう慣れました。そんなことより今はテニス部が休みだということだ。壁に寄りかかっている華恋の方を見る。
「今日、神楽坂さんは?」
「お姉ちゃんか?お姉ちゃんは今日朝早くから出掛けてったぞ」
よし。とりあえず華恋をつけてきてはいないと。
「ちなみに何処へ行くとか言ってなかった?」
「んー何処へとは言ってなかった気がする。だけどプロファイリング?とか行動パターンとかドラマみたいなことはぶつぶつ呟いてたぞ」
め、迷走してる。華恋の行動パターンを予測して空とどこで出会ったかを探し当てるつもりか?もう聞こうよ直接。なんで聞かないんだよ?
「神楽坂さんの話?相当妹思いだったものね。あなた一緒に遊びに行ったことがバレたら大変なことになるんじゃ」
「ああ妹思いなんだよ。だからこっちも全力で警戒している」
「私は大丈夫かしらね……」
「心配するな。華恋によると同性の友達が不意に姿を見せなくなったことはないようだ」
「よかったわ……がんばってね」
竜胆がオレを応援してくれるなんて。よっぽど神楽坂さんが怖いらしい。一回睨まれただけなのに。
「私も聞いていいかしら」
「なに?」
「どうやって神楽坂さんの妹、華恋さんと仲良くなったのかしら。まさかあなた女子校に……確かにそのクオリティなら入れそうよね……神様はなんてひどいことをするのかしら」
うん、勝手に結論まで辿り着いちゃったな。生き生きしてきたようで何よりです。
「違う。雨の日にビショビショで歩いている華恋を見つけてな。保護したんだ」
「うむ、保護されたぞ!」
なんで誇らしげだ。
「そう。女の子には誰にでも優しいのね」
「バカっ違うよ。オレが優しくしたのはシスコン姉妹だったからだ」
「堂々と何を言ってるの?」
全くと言いながらオレの頬を軽く摘んでくる。やっぱり女装してると攻撃が軽くなるんだよな。毎日女装も一考の余地がある。
「うむ、私はシスコンだからな。今日帰りたくないんだと言ったら、そのあと家にも連れてってもらえたぞ!」
「か、帰りたくない?日下部くんの家?」
あれ痛いよ。竜胆、頬が痛いよ。
「それでセーラー服を脱げって言われて」
「服を脱げ?」
痛い痛い痛い。そんなこと言ってない、言ってない。いや言ったか?なんか服を脱いでおいたらオレが処理しとくよ、みたいなことは言った気がするが、もう記憶が定かではない。セーラー服を〜テッテレテッテテテテー。もう余計なことしか記憶から浮かばない。
「それで先にシャワー浴びてこいよって」
「ーーーー。」
それは言ってない。確実に言ってない。なんかドラマとかのシーンと混ざってるぞ。あと竜胆の顔から表情が消えた。虚無だ。
「あ、あの日そういえばシャワー中に突撃されて身体洗われたな」
「日下部くん!あなたそれは犯罪よ!」
竜胆が頬を離しオレの胸ぐらを掴む。
これでも何十というラブコメを見てきた男だ。こういう勘違いのシュチュエーションは何回も見たことがある。こういう時は冷静に対応するんだ。クール。クール。クール。
「竜胆。その後和解したから犯罪じゃない」
「最低」
間違えた。冷静になったことで一番重い勘違いの犯罪から解消しようとしてしまった。全く冷静になるのも考えものだぜ。あれ?本当に冷静?
「最後のやつは姉ちゃんで」
その時電車が揺れた。竜胆の方へと。後ろにバランスを崩す竜胆。オレは右手で竜胆の後頭部を守ると左手で壁に手をつく。
「危な」
今揺れますというアナウンスがあったんだろうか。話に夢中で聞いてなかった。
「大丈夫か?竜胆」
オレの顔を見て驚いたように固まる竜胆に声をかける。何?美人?わかるー。
「……。」
それといい加減に胸ぐらから手を放しなね。
「おお、壁ドンってやつだな。わたしも受けてみたいぞ」
女性姿だけど、それでいいの?
ふう。まだ遊び行く前の電車の中だというのに、なんだろうこの疲労感は。体力落ちたかな。またランニングでも始めるか。
とりあえずオレは華恋にも壁ドンを体験させてあげるのだった。
竜胆、なぜまた頬をつねるんだい?柔らかさが気に入ったの?




