彼はどうやら妹になる
「こんなもんですかね」
「そうだな」
オレの問いに海神先輩が答える。
今日は家庭科部の活動で中庭の花壇づくりを行っていた。綺麗なグラデーションになるように花の苗を植えるのだ。
作業もほとんどが終わり、皆さんタオルを汗で拭きながら今日の感想を言い合っている。ちらりと海神先輩を見る。
「なにかな?」
涼しげな顔で立っている。みんな半袖短パンのジャージで作業していたのだが、一人海神先輩だけ長袖を袖を通さずに羽織っている。
「作業してました?」
「記録作業を」
おいこら部長。
「最後に水まきますね〜」
元園芸同好会の先輩がホースを伸ばしてくると、水道の先輩へと合図を送る。
「いいよー」
「おかのした」
それ何語?JKは相変わらずわけのわからない言葉を使う。うん、オレ全然そんな言葉知らない。
「あれ?」
水がホースの先から出ないため、その先輩はホースの先を覗き込む。オレは嫌な予感がしたため遠くに離れた。
「きゃっ」
「あばばばばばばばばば」
なーんで?
どうやったら一番離れていたオレの顔面に当たるの。水も滴るいい男だから?水を呼び寄せてしまったのだろうか。滅茶苦茶滴っている。
「あわわわ……えい!」
なーんで?
ホースを持った先輩は何を思ったか、自分の頭にもかけ始めた。どうしたの?潤いが欲しいの?
「おそろいだね」
「おそろいですね。でもそれに何の意味が」
「ごめんねの気持ちを伝えようと思って」
「まあ反省の気持ちは伝わりましたけど」
「もう二人だけずるーい」
「「え?」」
そう言って別の先輩がホースを奪うと、空に向かって水をぶちまけた。
「「「「「キャーーーーーーー!」」」」」
それからもうひっちゃっかめっちゃかだ。代わる代わるホースを手に取ると先輩同士でかけあっていく。途中海神先輩が、水鉄砲を持ってきてからは激しさを増した。だがなぜどの水鉄砲でも一番初めにオレを攻撃してくるのだろうか。水鉄砲を持ってきた海神先輩を見れば優雅に離れて撮影にいそしんでいる。絶対、あの映像はもらってやる。
「私もー」
「アリア、ちょっと待って。それは水鉄砲じゃなくて、バケツぶわっしゃ」
「……うん、バケツは使用禁止でーす」
「「「「「はーーーい!」」」」
オレで一回威力を試してたんですね。
オレは海神先輩の元まで退避する。べちゃりと床に座り込む。先輩方は水鉄砲を使ってそれなりに水を浴びて楽しんでいるようだ。一番濡れているのはオレ。その次は自分から水をかけた先輩。中庭に水と笑い声が飛び交う。オレはその光景をボーと見ていた。
「後輩くん。目をギラギラさせないでくれ怖い」
「きっと水をかけられたからですね」
ガン見なんてしてないしてない。
ばさり。頭の上にタオルがかぶせられる。見上げると後ろにアリアが立っていた。
「どうも」
「どういたしまして」
マッチポンプがすごい。
「ちょっとやりすぎちゃったけど、宗介くんが悪いんだからね」
「オレなんかしたっけ?」
いくつか日々の言動で思いついたことはあったが、言うたびに制裁はちゃんともらっているのでそれはチャラだろう。
「最近、華凛ちゃんにばっか構って、りんちゃんの相手をしないから」
ぽくぽく。今日の朝、竜胆とちょっと話した。昼、竜胆とアリアと一緒にご飯を食べた。放課後、別れの挨拶をした。なおおそらく今日オレは神楽坂さんと一度も話していない。
「嘘やん。普通に竜胆と話しているし。神楽坂さんとは全然話してないぞ」
「その普通がダメなんだよ。先に進まなきゃ。この1週間の進行具合ではりんちゃんはゼロ、神楽坂さんは微増。ほらね」
本当だ!オレ神楽坂さんにばっか構ってる!って言うわけない。それでは論破されてあげられないぞ。
「ということで、休みの日にりんちゃんを遊びに誘いなさい」
「大会前だと練習したくない?」
「そんな正論は宗介くんには似合わないよ。息抜き」
息抜き。便利な言葉だ。オレも息抜きしたい。人生ずっと息抜きしていたい。
「オレと居ても疲れるだけだけどな」
「自覚あるなら直しなよ」
思いついた軽口は全部言ってしまうというのは、厨二病の後遺症みたいなもんだから治るかどうか。根は深いぞ。
「でも、誘ってみるよ。アリアはいつでも空いているのか?」
「私はいかないよ?」
「え?」
「え?」
なーんで?
***
部活が終わり、家に帰ってきた。玄関の鍵が閉まっていなかったので母さんもしくは姉ちゃんがいるのだろう。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
母さんが仕事から帰ってきてた。ならば今日の夕食の支度は母さんがやってくれるだろう。オレはそのまま自分の部屋へと向かう。
「あ、華恋ちゃん来てるわよー」
「……へーい」
オレが前に危惧していたもう一つの爆弾、それは華恋がお礼の後もちょくちょくこの家に出没するようになったこと。基本的には姉ちゃんと連絡を取り、姉ちゃんと遊んでいるのだが、そんなことは関係がない。重要なのは神楽坂さん視点。クラスメイトの男の家に妹が入り浸っていること。今が大会中ではなかったら空捜索網がいつここまで伸びるか……。
むしろまだオレの家ばれがしていないという事実によって、妹をつけることはしないんだとか、発信器をつけてはいないんだとか、神楽坂さんがそういうストーカー行為をしていないことに逆に安心したほどだ。あれ盗聴器、いえそんな事実はなかったんでした。
「何故オレの部屋にいる?」
華恋はオレのベッドに寝ころびながら漫画を読んでいた。あーあーセーラー服のまま寝転んだら皺になっちゃうでしょうが。
「あ、おかえりー」
「ただいま」
ひとまずオレは学ランをクローゼットにかけてから、勉強机の前の椅子に座る。足をパタパタと動かしながら漫画を読む華恋にふと思い出したことをたずねてみる。
「そう言えば、神楽坂さんにオレたちのこと何も話してないんだな」
「神楽坂さんて、わたしのお姉ちゃんのことか?あん。そうだぞ」
華恋は漫画から顔を上げてこちらにぶすぅーっとした顔を向ける。
「宗介があんだけ口止めしてきたからな。知られたくないんだろうと思って全部隠しておくことにしたんだ。あーあー言いたかったなー。そしたら宗介へのお姉ちゃんの好感度爆上がりだぞ」
「はっはっはっ」
オレは笑うことしかできなかった。神楽坂さんはどうも巧妙にシスコンであることを妹に隠しているようだから。知られたらどうなるかなんて伝えることはできないよ。華恋にはまだ早い。華恋がもっと大人になってからね。
「あっ、そうだ」
華恋はぱたんと漫画を閉じるとそわそわとし始める。そしてベッドの上で座を正すとスマホを突き出してきた。
「れ、連絡先を交換してくれ。その頼みたいこと言いたいことがあるなら直接わたしにいえばいい。空を経由してなんて面倒だろう」
「……華恋のスマホのセキュリティーは万全か」
「お、おう!万全だとも顔認証だ」
「わかった。いいよ交換しよう」
「ほ、ほんとうか!よし、よしっ」
バスんバスんとベッドの上で飛び跳ねる華恋。うん、ほこりが舞うからやめてね。色々と考えるところはあるが、まあこれだけ華恋が喜んでいるから良しとしよう。本当にオレは妹に甘い(錯乱)。
「おお、宗介の連絡先だ」
「それが欲しかったからこっちの部屋にいたのか?」
「ううん。空がちょっと遅れるから宗介の部屋で待っててって」
オレに相手をしろってこと?
互いに漫画を読んで待つこと数分、姉ちゃんが帰ってきた。そして意味不明なことを言い放つ。
「今度の日曜。姉妹同士で遊びに行くことになったわ」
「華恋を実妹扱いするのやめろ」
「あんたのことよ」
うん、それでもおかしい。




