彼は不良娘に遭遇する
ウォンウォンウォンウォン。ウィーン。ガチャン。カスッ。ウォンウォンウォンウォン。
ふむ。
「すみませーん」
「はいはい、何かな」
「これ取れます?」
「……取れるよ」
「だってこれ何回やっても取れないですよ」
「何回って日を跨いで、でしょ。君、無料一回券を使って一回しかやらないじゃん」
「だって上の階のア〇メイト買い物一回につき一枚しかその券もらえないんで。買い物を分けて何枚も貰うっていうのはオレの美学に反するので」
「変なところで真面目だな君は」
「へいへーい。じゃあ店員さんやってみてくださいよー」
「君はあれだな。見た目のわりにDQNみたいな絡み方してくるな」
ため息をつくとその店員さんは受付へと去っていった。客の前でため息とかやばー。オレの接客態度を見習ってほしい。どんな客にでも笑顔だぞ。煽ってるの?って聞いてきたアリアは許さん。まあさっきのは確かに煽っていたけど。
本日オレが遊びにきたのは、ゲームセンターだ。秋葉原でよく見るUFOキャッチャーしかないゲームセンターだ。怪しいことに店名がどこにも書かれていない。
商業ビルの3階にこのゲームセンターはあるのだが、館内の地図にもゲームセンターとしか書かれていない。このビルにはゲームセンターがここだけしかないのでたしかにそれで見分けはつくが、それにしても怪しい。
他にも怪しいところがある。UFOキャッチャーの景品というのはプライズ品と呼ばれる専用のものが多い。あと多いのはどこに売ってるんだよという大きさのお菓子。あれもプライズ品の一種なのだろうか。
だがこのゲームセンターではプライズ景品のUFOキャッチャーは少なく、圧倒的に多いのはアニメグッズ。UFOキャッチャーで箱を落とすとディスプレイのお好きな景品が一つ貰えるというものだ。中には店売りで万越えのフィギュアなども置かれており、それが何千円の投資で取れるというのだから怪しい。
他にも有名なアニメを多く扱ったハズレなしのくじがUFOキャッチャーの景品として置かれている。くじ自体をUFOキャッチャーで取る形だ。そんなことをしていいの?という怪しさがある。
ちなみに高額なゲーム機などはない。完全に上の階のアニメイトに来る客をカモにしようとしている。そんな怪しさ満点のためオレも無料券で様子を見ているのだが中々尻尾を出さない。
オレはさっきの店員さんを鋭い眼光で睨みながら百円を入れる。お金使うんかい。いや、だってこの美少女福袋ってやつが気になるんだもん。ここの福袋は売れ残りを詰めたようなそんじょそこらの福袋とはわけが違うらしい。大きさに見合った満足があるらしいと常連に聞いた。
しっかりカモにされているー。
ごめんなさい。大人になったら正規の手段で正規の値段でグッズは買うのでまだ学生の身分にはこれで許してください。
オレは懺悔の涙を流しながらもう百円を投入する。
そんななかオレは受付の方から一つの声をとらえた。
「ええ!?ここゲーセンなのに銃を撃つゲームないのか!」
「ないよ。ここそういうゲーセンじゃないから。見ての通りUFOキャッチャーしかない」
「なあ、UFOキャッチャーって不良っぽいかな?」
「知らないよ」
「なんでゲーセンの店員なのに知らないんだ!」
「…………スケバンみたいな妙な格好のやつといいUFOキャッチャーで涙を流す変なやつといいこのゲーセンには変人しか来ないのか。一階の猫カフェでバイトすればよかった」
スケバン?
オレは振り向く。茶色の髪を少しウェーブさせ、泉女子校のセーラー服を着ている少女がいた。これだけでは普通だが片手には竹刀、片手にはヨーヨーを持っている。そして顔は神楽坂さんに瓜二つだった。妹の方がかわいいというのはやはり姉の主観だったか。
しかし両手が塞がっているためか荷物はリュックだし、竹刀ケースは背負ってるで全体的にみて妙な格好だ。そうか今日は竹刀とヨーヨーの二刀流スタイルでマシンガンを打ちにきたのか。大盛りがすぎる。
ぱちりと目が合う。
オレは自然と目線をUFOキャッチャーの方に戻した。絡まれてしまってはたまらない。
ガコン。ワーパチパチパチパチ。
「へ?」
無機質な拍手の音がゲーセンに響いた。うるさい。何で獲得をゲーセン中に知らせるんだ。設定難しくないですよ、取れますよというアピールだろうか。ますます怪しい。見てなかったのに取れるなんて、まさかUFOキャッチャーって運ゲーか。
オレは獲得口から福袋を取り出すとそさくさとゲーセンから離れた。意外に重い。噂は本当だったのかもしれない。というかデカイ!鞄に入らない!くそぉまさか取れるとは思っていなかったから油断した。これが物欲センサーというやつだな。はた迷惑なやつめ。
エスカレーターを降り、正面玄関からではなく裏の出入り口から出る。可能性は少ないがあの不良娘に遭遇したらたまったもんではない。オレは帰ってすぐにこの美少女福袋の開封の儀をとり行いたいのだ。
商業ビルを出て大通りへと出ようと路地を進む。
「お」
雨が降ってきた。しまった。傘を持ってきていない。このままバス停まで走り抜けようか。でも待て。右手には赤い大きな福袋。材質はもちろん紙だ。
オレは商業ビルに傘を買いに戻った。
買ってきた。自分でも中々いいタイムが出せたかなと思っている。すぐにこの路地へと舞い戻ってきたわけだが。
なぜ不良娘よオレの前にいる。
なぜ路地の猫をじっと見つめてるんだい。
まさか、やるのか。
「君も独りか?」
やった。コテコテのやつ。まあ確かにあの状況だったらオレもやるが。
だけどその猫はたぶん独りじゃないよ。その猫さっきはいなかったから捨て猫ではないし、綺麗な首輪がついているから野良猫でもないと思うよ。
そこだけ妙な出っ張りで雨が当たってないから、雨宿りしているだけだと思うよ。
だから自分の傘を差し出すな。猫しか見えてないのか。
不良娘はリュックを傘がわりに頭に乗っけると雨の中走り出した。
オレはすぐさま猫に駆け寄る。よしよしわしゃわしゃ。うん。飼い主さんはこの状況を危惧していたようで、首輪のストラップにきっちりと電話番号が書かれている。やっぱり迷い猫だ。猫も見てないんかい。状況に酔ってたの?
オレは不良娘の傘を持ち、猫を抱える。また装備が増えてしまった。不良娘を笑えない。
猫はそうだな。とりあえず、さっきにゲーセンの店員にでも任せよう。猫好き好き〜とか言ってた気がするし。うん細かいところは忘れたけど似たようなこと言ってた気がする。それから傘を不良娘に届ける。
何でこんなにオレが必死になってるかわかるかな諸君。オレはあの娘に顔を見られた。しかもでっかい福袋をUFOキャッチャーでとっているところも見られている。エピソードトークにはぴったりだとは思わないかい。これがあのシスコン姉に知られてみろ。この状況で妹を見捨てたオレは消されるだろう。あり得ないと思うかい?そんなものはシスコンの前では関係がないんだ。彼女たちは姉妹のすべてを知っている。
ほら!今も君の後ろに!
***
ここは街中なので信号がいくつもある。彼女は普通に信号待ちをしていた。すでにびしょ濡れで雨の中震えながら。コンビニで傘を買うなり店に入るなり何かやりようがあったのではないか。この雨だったら小学生男子だって傘さすぞ。いや、それはわからんか。本当にあいつらほど何をするかわからない生物はいないからな。
「神楽坂妹、傘を差せ。姉に叱られるぞ。オレが」
「なんだ!なんでわたしの名前を知っている!ナンパか?ストーカーか?そんな、私が可愛いからって困る」
「神楽坂華凛、お前の姉のクラスメイトだよ」
のっけからいいパンチをはなってくるなこいつ。
「お姉ちゃんの……あ、私の傘。猫は?」
「大丈夫だ」
「そう。よかった。猫かわいそうだったから」
それ多分勘違いだけどな。とは言うまい。それにしても傘をさしてももう手遅れというか。
「神楽坂妹、タオルとか着替えは?」
「持ってない」
「余計なものばっかり持ってるのに……」
「余計なものじゃない!不良のひちゅじゅひんだぞ!」
必需品が言えてない。というか余計なものの詳しい内訳は口に出していないけどな。
しかしオレも別に運動部ってわけじゃないし、今日は体育もなかったからタオルは持ってないんだよな。…………。福袋か。
突然だが。オレはフィギュアの箱は開封する派だし、使用できるグッズ(日用品とか文具とか)は使用する派だ。綺麗に残しておこうとかは思わずに、むしろ使用して本来のその道具を捨てるサイクルで捨ててしまう。そして新しいグッズを買う。それが自分の中のルールだ。
だからもしこの福袋の中にタオルが入っていて、それを使用したとしても。オレにとっては全然大したことじゃないんだからね!えーい神様!オレに福をくれ!この福がタオルよ入っていろ、なのかタオルよ入っているな、なのかは神のみぞ知ることだろう。
入ってました。
「ほら」
「あ、ありがとう。はくちゅ!」
タオルではどうしようもないのは、服にしみこんでしまった雨だろう。さっきも言ったが今日は体育はなかったのでジャージは持っていない。放課後なので使用済みのジャージを着るのは嫌だろう。
しかし服はワンセット持っている。さっき手に入れた。美少女福袋って書いてあったら男向けじゃん現にほかのラインナップは男向けなわけよ。だけど一つだけ。女性用のコスプレが入っていた。うんこの福袋に物を詰めた人は何を考えていたんだろうか。ちなみにスクールアイドルがある高校のブレザータイプの制服が入っていた。
「なあ、服ならあるが着替えるか?」
「本当か!ありがとう!」
まず何の服か聞こうか。お父さんは心配になってきたぞ。
オレたちは近くの公園の公衆トイレへと移動した。コスプレは封を開けずにそのまま渡した。いやーしかしあのゲーセンわりと良心的だったのかもしれない。あの福袋の中身は中々いい値段がする気がする。まあ値段が高い2トップはすでに使用済みだが。美少女が使用したという付加価値がついたといえるかもしれない。
「な、なあ」
「なんだ」
おそらくトイレの入口からちょっこと顔をだしてこちらに呼び掛けているのだろう。
「セーラー服の中のインナーまで濡れてしまっていてるんだが、あれを下着の上から着るのはちょっと」
それはオレにどうしろと言っているんだろうか。
オレは学ランを脱ぐと、その下のYシャツを渡した。まだオレはその下にもTシャツ着てるからな。見ろ学ランはすごいんだぞ下の服に雨がしみてない。
「ありがとう。なあ」
「今度は何?オレから何を奪っていくの?」
「何でわたしにこんなに親切にしてくれるんだ?お姉ちゃんのことが好きなのか?でもお姉ちゃん多分彼氏いるぞ。いつもスマホみてニヤニヤしているから」
それたぶん君の写真ですね。
「オレは全てのシスコン姉妹の味方なんだよ」
「シスコンって?」
「姉妹を愛する姉妹のこと」
「そんなの当たり前じゃないか。お前は変な奴だな」
おいおい、すごくいい子じゃないかどこが不良なんだ。あと当たり前以上に愛してしまうからわざわざシスコンという言葉ができたんだぞ。
「なあ、下着までぐっしょりなんだが……」
「オレがそれどうにかできたら怖くない?」
神楽坂さん。君の家の教育はどうなっているんだ。彼女を女子高に入れた理由がよくわかる。確かに彼女には悪い虫がつきそうだ。
しかし下着か。コインランドリーに行くか、近くの服屋へと駆け込むか。
「なあ」
「今度は何だ」
「お前の家行ってもいいか?」
「はははは、姉を殺人鬼にでもするつもりかね」
その選択肢は一番ない。




