こうして彼と彼女の関係は一つの終わりを迎える
「ぜぇぜぇ」
「あなた大丈夫?」
「大丈夫だ。問題ない」
「不思議ね。全然大丈夫じゃなさそうだわ」
良い勘してるよ伊万里さん。ようやく学校に到着した。昇降口で伊万里さんを下ろす。
「とりあえず靴を履き替えて保健室に向かう……前に近くの水道で手とか顔とか洗ったほういいな」
「そうね。服はどうしようかしら」
伊万里さんのジャージをみる。土だらけだ。とくに肘とか膝とかがひどい。
「替えのジャージは学校に置いてないの?」
「そんなの置いてないわよ。必要な時にしか着ないじゃない」
「じゃあオレのを貸そう。確かロッカーに置いてあったはずだ」
「………。」
「使用してないから綺麗だよ」
「別にそんなことは思ってなかったけれど。それでいいわ。お願いできるかしら?」
.
「んじゃあ先に行ってて」
オレは駆けだした。学校の廊下は走ってはいけません。よい子の皆は真似しないでね。今日オレ走ってばっか。階段を駆け上がる。残念なことにオレたちの教室は4階だ。
教室につくとオレは自分のロッカーからジャージを引っ張り出してすぐさままた階段を走ってくだろおうわ。こけた。危ない、危ない。オレが美少女だったらさえない男子に突撃するところだった。イケメン(自称)でよかった。
「あ、おい日下部!」
「お、小島」
昇降口に戻ると丁度小島が到着していた。小島はこちらにトートバックを投げてくる。
「ほらよ。感謝しろよ」
「僕たちの絆にマジで感謝!!」
「リーヨ!」
よく知っているな小島。
「冗談抜きに本当にありがとう。今度なんかおごる」
「おう」
そういって後ろを向くと頭を掻きながら小島は帰っていった。なんだそのムーブ、カッコいい。今度やろう。小島には今度おすすめのきらきらした本でもおごろう。丁度特典欲しさに色々な店舗で買った新刊があるんだ。きっと小島泣いて喜ぶぞ。
保健室へ行くと伊万里さんは椅子に座って待っていた。すっかり顔はきれいになっている。
「はい。ジャージと荷物」
「ありがとう」
ふう。これでだいたいミッションはコンプリートだろう。オレはその達成感とともに気持ちのいい疲れを感じていた。ごめんかっこつけた。全然気持ちよくない。げろ吐きそうなぐらい疲れていた。オレがそんな衝動に耐えていると伊万里さんはそんなオレを黙ってみている。
「なんぞ?」
「私今から着替えるのだけど」
「着替えたらいいんじゃない?その下も半袖短パンのジャージでしょ?」
「あなたよくデリカシーがないって言われない?」
「言われない。よくキモイって言われる」
「いいから出ていきなさい」
「へーい」
オレは保健室から退散した。自動販売機にでも行こう。
しばらくしてオレは保健室へと戻ってきた。デリカシーを発揮してノックをする。
「どうぞ」
中に入るとさっきよりもなんだかこじんまりとした伊万里さんがいた。オレのジャージを着ている影響だろうか。
「ぶかぶかね」
「それぐらいは我慢してくれ。流石のオレでも女子のロッカーをあさる勇気はなかった。いやでも伊万里さんの許可があればアリアのロッカーはワンチャン?」
「私の許可は関係ないでしょう」
伊万里さんものはアリアのものだし、アリアのものは伊万里さんのものでもあるんでしょ?
「あ、保健室なら替えのジャージぐらいあるんじゃない」
「別にいいわよ。ここのままで」
あ、そう。
「伊万里さん、はい」
オレはさっき自動販売機で買ってきたスポーツ飲料を渡す。
「悪いわね。お金渡すわ」
「うん。それはお願い。こっちもかつかつなんでね」
奇妙なことに今月は新刊が1冊しかなかったというのに、いつもより厳しいのだ。
「おごられるのは嫌いなぐらいだから別にいいけど、あなたのお姉さんだったら男が絶対におごれぐらいの教育をしてそうだけど?」
それ教育って書いて調教って読むやつですよね。わかります。
「彼氏にはそう言ってるかもな。でも弟の場合、おごるおごらない以前に弟のものは姉のものという精神を発揮されるからな」
「もうなんて言ったらいいか」
笑えばいいと思うよ。しっかりと伊万里さんから130円徴収した。
オレは不意に窓の外に目をやり、そして慌ててしゃがんだ。
「どうしたの?」
「昇降口のほうにアリアが見えた」
緊張した様に伊万里さんは体を固くした。
オレは窓際にそのままよるとそっと窓から顔を出す。もういない。つまり校舎を通って直にこちらへくる。オレは窓をあけるとそのまま乗り越える。
「ではここでオレは退散だ」
「……ハッピーエンドを見届けなくていいの?」
「ふっ、オレぐらいになると遠くからでも感じられるのだよ」
「何をよ……」
イチャイチャの波動。
「それじゃあ」
「日下部くん!」
オレは振り向く。伊万里さんは何かをいいかけてはやめを繰り返し、次第に頬に赤みがさす。
「ありがとう」
結局出てきたのはそんなシンプルな言葉だった。
「何回も聞いたよ。じゃあ涼白さんによろしく!さようなら、伊万里さん」
オレは姿勢をかがめてこそこそと泥棒のように退散した。そして保健室の窓から見えなくなったあたりで立ち上がった。
今日も一日疲れた。
ポケットからスマホを出してトークアプリを起動する。そして海神先輩のトークルームを開く。
『先輩が前に言ってた、浮気疑惑の男の写真とかありますか?』
『あるよ、ほら』
『なるほど。先輩。この人の彼女を口説くの協力しますよ』
『私は大歓迎だが、いいのかい。略奪愛は嫌いなんだろう』
『ええ。でも彼女が彼を振るのなら別です。それに浮気の証拠は簡単に手に入れられそうなんですよ』
『ふむ、私は何をすればいい』
『一番大切な役目、傷心の彼女を慰める役に決まってるじゃないですか』
『それはいいな。得意分野だよ』
『それと先輩』
『?』
『オレ退部します』
***
日下部くんが窓から「とう」と言って去っていった。結局彼にはお世話になりっぱなしだった。
「おんぶなんて初めてされたわね」
私には大きすぎるジャージ。長くて余っている袖のにおいをかぐ。たしかに臭くはない。彼の言っていた綺麗というのは本当のようで、かすかに洗剤の匂いがした。それはなんだか安心する匂いだった。
タッタッタッと廊下を誰かが走る音がした。
体がビクッとなる。どうすれば不自然じゃないかしら。考えたあげく、私はベッドに入り体を起こした状態で待つことにした。
「りんちゃん!」
勢いよく扉が開かれアリアが飛び込んでくる。
「し、心配かけたわねアリア。ちょっとバカをやったわ」
「もう」
そのまま私へと抱き着いてくる。私のおなかのあたりに顔を押しつけて力強く私を抱きしめる。そんなアリアを私は撫でる。
「久しぶりに撫でてくれたね」
「そうだったかしら」
「そうだよ」
アリアはゆっくりと離れると、ベットの傍の椅子へと座った。
「それでアリアさっきの電話なんだけど」
「うん。教えて。宗介くんと一緒になってどんなことを企んでいるのか」
えっと日下部くんが考えたシナリオは確か、他の女子に負けたくなくて無理をしてリタイアした………………え?
「あ、アリア、気づいていたの?」
「うん」
「どうして?」
「実はね、私、宗介くんが競技場を走って出ていくところ見てたんだ。私ももちろんりんちゃんを探していたからね。そしたらすごい真剣な顔で宗介くんが外へと走っていくんだもん。きっとりんちゃんのところに向かったんだなって思ったよ」
それからアリアは私を指さす。正確には私の体を指さす。
「それにいつものりんちゃんとは違う匂いがしたし。違う匂いのするりんちゃんには大きなジャージ。それ宗介くんのだよね。りんちゃんが宗介くん以外の男子の服を着るとは思えないから。違う?」
「…………。」
私は息を大きく吐き出すと脱力して、今日のことをすべてアリアに話した。気づいてたら話していた。
「そう。そんなことあったんだ」
「日下部くんの頑張りを全て無駄にしてしまったわね」
彼が望んだハッピーエンドにはたどり着けなかった。なんで話してしまったのだろうか。
「それはきっと違うよ」
「え?」
アリアは私の手を握りしめる。
「今日のことはりんちゃんにとって辛いことだった。それは私にも言えないほど。でも今そのこと気にしてる?」
記憶がめぐる。今日のこと。先輩に付きまとわれたこと。山の中に一人でいたこと。思い出しても辛くはない。なぜか他人事のようにな感じがする、まるで遠い昔に起きたことのように感じる。
「それはきっとその後のことが辛いことを超えるくらい楽しかったから。りんちゃんが日下部くんと保健室にたどり着いた時点で、もしかしたら見つけられた時点でりんちゃんは救われていたんだよ。りんちゃんにとってのハッピーエンドにはたどり着いていたんだよ」
その言葉に思わず私は否定を返す。
「違う。私はそんなひどい人じゃない。アリアにあれだけ心配かけたのに、そんなアリアを放っておいてハッピーエンドを迎えたなんてあるわけがないじゃない」
「りんちゃん。自分の気持ちに嘘はつかなくていんだよ。それに私だって宗介くんに救われてる。あの時必死になって走っていく宗介くんをみて、もう大丈夫だと思えたんだもん。そしてこうして大丈夫だった」
アリアは立ち上がるとまた私を抱きしめる。私の額がアリアの胸元にあたり包み込まれるように抱きしめる。アリアの心臓の音が聞こえる距離。すると私はずっと思っていたことを吐露していた。
「……わからないの」
「何が?」
「日下部くんがわからない。なんで私にああまでしてくれるか。わからない。ハッピーエンド厨とかふざけたことしかいわないし、全然真意がわからないの」
「そうだね。宗介くんはどこまでが本気でいってるのかわからないよね。もしかしたら全部本気かもしれないし全部冗談かもしれない。でもね、人は言葉じゃなくて行動に本音がでると思うの。宗介くんの行動は雄弁に語っていると思うな」
「何て?」
「りんちゃんに笑っていてほしいんだよ」
「っ!」
私は頬をさわる。もしかしたらアリアと電話したあの後から私はずっと笑っていたのかもしれない。
「りんちゃん、顔が赤いよ」
「それはアリアが強く抱きしめすぎるからよ!それに布団にも入ってるし、ジャージも着てるから!」
私はすぐにジャージを脱ぎ始める。「え~着てなよ~」というアリアの言葉を無視して、Tシャツとなる。
「あ」
はらりとピンク色のミサンガ布団の上に落ちた。今日山道で滑ったことが原因か、はたまた初心者が作ったものであることが原因か。すぐに切れてしまった。
「切れちゃったね。なんか願い事していたの?」
「別にしてないわ」
「そうなんだ。ねぇ知ってる?ミサンガってつける位置にも意味があるんだって」
「どうせ適当でしょ?」
「そうかもね。ミサンガ自体がおまじないみたいなものだし。でもね。りんちゃんがつけていた利き手の手首の意味はね---」
恋愛事の成就。




