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女友達がこんなに可愛い(仮)  作者: シュガー後輩
第一章 クーデレ女子がこんなに可愛い
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彼女は彼の手を掴む

 待ちに待ったほどではないが、マラソン大会当日となった。強いていうなら今日が金曜日であるため土日と合わせて、3連休と同等の価値があるなと思うぐらい。みんな勘違いするようだけど、こうしてメガネをかけていると勉強が好きなように思われるが、別に普通。しなければならないからしているだけであって、授業がなくなればそれはそれで嬉しい。


 メガネをかけているが、運動も嫌いではない。走ることはむしろ好きな部類に入る。何も考えなくてよくて、ただペースを守って前へ前へと進んでいく。進んだ距離は、走った時間は、つづけた努力は、私を裏切らない。こつこつと積み上げることは気持ちがいい。


 こいつにもそんな時期があったのかしらね。


 「ね。ね。いいじゃん友達になろうよ。俺と友達になったらなんとテニス教えてあげられるよ。ね。だから連絡先を交換しよう」


 友達になろう。連絡先を教えて。私が好き。さっきからその3つしか言えないのかというほど繰り返している。


 どうやって私のグループを知ったのかは知らないけれども、この男は私のグループにいた。グループ分けを無視して紛れ込んだのかしら。走り出した当初はただ走っていた。時間がたち人がまばらになってくるとこうして私に並行して走ってくるようになった。


 腹立たしいことに私は結構なハイペースで走っていたつもりだが、こいつは余裕そうについてきた。今は少し緩めている。


 こいつはテニスの実力も含め、余程中学時代に努力をしてきたのだろう。今となってはそれがまるで格好悪いことだったかのようにおちゃらけた態度を崩さないけれど。


 本当の黒歴史をばらされても全く気にしない人もいれば、努力を黒歴史としてしまい込んでしまう人もいる。さてどちらがおかしいのかしらね。


 まあ二人の過去なんてどうでもいいわ。大事なのは私の今。この状況から早く逃げ出したい。幸い、この状況から脱する方法はもう考えてある。というか先輩が勝手に自爆したわけだけれど。


 「先輩」


 「お、何々?」


 私は一切表情を動かすことなく、無表情のままで後ろを指さす。


 「先ほど何か落とされたようですけど、大事なものなのでは?」


 「え?お?マジだ!ポケットに入ってたスマホがねぇ!ちょっと待ってて!」


 誰が待つものか。何故スマホを落としたのに気づかないか甚だ疑問である。私でもごとんと音がしたから気づいたというのに。マラソンの途中にポケットに入れとくからそういうことになるのよ。本当に馬鹿。


 私は先輩が走っていくのを見届けてからスピードを上げる。この山道は緩やかにカーブしており先に行けば姿が見えなくなる。ただこのまま走っていてもあの先輩に追いかれるだけだろう。私は舗装された道を外れ、獣道へとそれていった。そのままずんずんと突き進む。


 後ろを振り返る。まだ舗装された道路が見える。ということはあっちからもこちらが見えるということ。私の服は濃いとはいえ黄色のジャージ。この中では目立つだろう。もう少し奥へと進もうかしら。いや、適当に茂みの影にでも。


 「え?」


 踏みしめていた地面が消えた。


 ***



 私が男嫌いになったのには2つの理由がある。ありきたりなどこにでもあるような2つの理由。


 それは男子からのいじめと親の離婚。


 もしかしたら男子からのいじめは当人たちにそんな気はなかったのかもしれない。小学生がやることだ。つい好きな子に意地悪しちゃう。よく言われることね。


 クソくらえよ。


 ついで意地悪されてたまるもんか。髪を引っ張られたのも、持ち物が盗まれたのも、暴言を吐かれたのも。好意ゆえであっていいわけがない。ただの悪意しか感じない。少なくともあの時の私の世界ではそうだった。


 そんななかで、お父さん、そう呼ぶのも気持ち悪いが、お父さんが浮気した。浮気はすぐにばれた。というか隠していたのかも怪しい。すぐに離婚が成立した。あの男はお金持ちだった。お金を渡してさっさと私と姉さんとお母さんのもとから離れていった。それはまだ幼い私の心に深い傷を残した。当たり前。信じていたから。裏切られるのは辛かった。なぜならどんなにクソ野郎でも親だったから。


 中学の時だった。お母さんと姉さんと一緒に遠くの街へと買い物に行く機会があった。そこで私は目撃した。あの男が幸せそうに笑っているところを。あの時の女の人かはたまたまた違う女の人か、それとその子供と一緒に。無論、あいつがせせこましく暮らしているとは思っていなかった。こっちだって幸せに暮らしてきたつもりだ。でも私の心にはとげが刺さったまで、不意に傷んだ。そのとげが奥深くまで入り込んだ気がした。見たことはお母さんと姉さんには言わなかった。


 自分にあの男の血が流れていると思うとおぞましい、あの男のおかげで学校に通えているとおもうと吐き気がする。


 そんな苦しみのなかでいつも一緒にいてくれたのはアリアだった。アリアは私に手を差し伸べ、抱きしめ、頭を撫でてくれた。


 私はアリアの幸せを願っている。幸せにするのは私じゃなくてもいい。たとえそれが私の嫌いな男だろうと。アリアが幸せならそれでいい。


 私のことなんてどうでもいい。


 ***




 「ん」


 目が覚めた。ぼやける頭で考える。何をしていたのかしら。たしか私はマラソン大会に参加していて……


 はっとして起き上がる。あたりを見回して状況を確認する。私は斜面を滑り落ちたらしい。跡が残っている。それほど滑り落ちたわけではなく立ち上がって登ればすぐにあの獣道まで戻れるだろう。日の光をみるにそれほど時間が経っているわけではない。もしかしたらあいつを撒くのに丁度よいぐらいの時間だったかもしれない。今から戻れば何事もなかったかのようにゴールできるかもしれない。


 しかし不思議とそんな気がわかなかった。


 なんでだろうと首をかしげながら、自分の状態を確認する。まずメガネ無事。壊れていない。痛いところは、右足かしら。滑り落ちたとき踏ん張ったのかもしれない。ズボンをめくってみるが腫れている様子もないし大丈夫だろう。そのほかに外傷は存在しない。崩れるほど柔らかかった土のおかげだろう。よかったのか悪かったのか。ジャージは所々土にはまみれているが破れてもいない。


 手を見ると土だらけだった。顔も土で汚れているかもしれない。


 ふと体から力が抜ける。体が地面にもう一段沈み込むような気がした。


 私は何をやっているのかしら。なぜこんなところで土だらけになっているのかしら。そんな疑問が頭の中をぐるぐると回った。なんだか情けなかった。


 こういう時に余計なことを考えてしまうのが私の悪い癖だ。


 もしあのとき男子にいじめられなかったら。


 もしあのときお父さんが浮気をしなかったら。


 もしあのときあの男が別の家族と幸せそうにしているところを見なかったら。


 もし私が男嫌いにならなかったら。


 こうはならなかったかもしれない。あの先輩に対してだってもっとうまく対処できたかもしれない。上手に断れたかもしれない。女子テニス部の先輩にだってもっと頼れたかもしれない。社交的であいつが狙わないような女の子になっていたかもしれない。


 いくつものIFが頭の中を駆け巡る。


 わかっている。


 全員が全員、悪い男じゃないことを。


 わかっている。


 こうして「男」とひとくくりするのがよくないことを。


 わかっている。


 ここでこうしているのは私の不注意が原因だということを。


 全部全部わかっているのだ。でも、それでも、こう、こぼさずにはいられない。


 「だから、だから男は嫌いなのよ」


 山の中にただ溶けていくだけの言葉。ただの愚痴。ただの弱音だった。




 「いやいや、男も捨てたもんじゃないさ」


 私とは別の声がその弱音をつかみ取った。その声は最近、よく聞くようになった声だ。もしかしたらアリアのことを幸せにするかもしれない男の声。


 私は振り返る。私が滑り落ちた場所の上で彼はしゃがんでいた。私と同じダサいジャージに身を包んで。


 「よろしくどうも。男の中の男です」


 いつも通り、ともすれば煽っているとも受け止められるような軽口を言う彼がそこにいた。

 

 「いや~こういう場合は伊万里さんの家の近くに住んでいるおばあちゃんの家に保護されていると思ったんだけどさ、伊万里さんの家の場所知らなかったわ」


 相も変わらず、訳が分からないことを言う彼がそこにいた。そんな彼を私は黙って見つめていた。


 「どしたの、ほれ」


 彼は木につかまりながら、斜面を滑ってくる。何も喋らず呆然としている私へと、彼はなんてこともないようにその手を差し伸べた。


 手を伸ばしかけ躊躇した。土だらけで汚れた手だ。この手で握ってもいいものだろうか。


 「ほい」


 「!」


 その中途半端に伸ばされ手を、やはり彼は軽々しくつかみ取る。つかみ取られた手は熱くて汗ばんていた。もしかしたらここまで走ってきたのかもしれない。


 彼を見る。ムカつくぐらいいつもと変わらない。


 私の手を見る。ピンク色のミサンガが揺れている。そのつかみ取られた手を、私はつかみ返した。 

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