先輩は彼にのろけたい
「あれ海神先輩だけですか?」
部室のドアを開けると先輩がソファーに一人腰を掛けていた。いつもだったらほかの先輩方が各々の活動をしていたり、海神先輩の世話を甲斐甲斐しくやいていたりするのに。最初みたときは驚いたよね。女の子を侍らせソファーに座る先輩は何だろうギャングかと思った。まあオレにとってはご褒美なのでいくらやってもかまわないが。
当たり前だがチャイナ服は着ていない。基本的にはジーンズに白いシャツというシンプルないでたちだ。
「ああ、今日は部活は休みだ。他の人はこないよ。アリアちゃんに頼んで君には伝えなかったけど」
「それなんていじめ」
なんでだよ。そういえばアリアは部室へと一緒に行かないで、にこやかにいってらしゃいと言っていたな。女の子には色々あるから細かいことをきにするなと教えてこられたから、なんか理由があるんだろうなと思って全く気にしてなかったよ。断じて魅惑のいってらっしゃいに自然と送り出されたわけじゃない。不思議なことに断じてと強調した瞬間嘘っぽくなった。日本語とは難しい。
「何も意地悪したわけじゃないさ。勘違いしないでほしい。君に用があったんだ」
「オレにですか」
適当な椅子を引いて座る。いつもだったら冷蔵庫から飲み物を出してくつろぐ準備を始めるのだが、めんどくさい用事だったらすぐさま逃げるために今日は用意しない。
「ああ君に相談したいことがあってね。君にしか相談できないことなんだ」
ごくり。なかなか重々しい雰囲気をみせる先輩。もはやフリにしか思えないが。
真面目にオレにしか相談できないことを考えてみる。つまるところ男にしか相談できないことだろうか。
「私の同級生に彼氏が浮気しているかもしれないと私に相談してきた女子がいるんだ」
そういう相談を受けるぐらい信頼されているのは意外だなと思いました。
「オレにその浮気調査に付き合えということですか?それとも浮気する男の心理が知りたいとか」
「違う。そいつが浮気をしているかいないかはどうでもいい。このチャンスにつけこみ、その女子を私のハーレムに引き入れようと思うんだが、どう思う?」
「最低だと思います」
静寂が部室を包みこむ。真剣な顔で何を言ってるんだろうかこの人は。やっぱり振りだった。しかも浮気はどうでもいいって言ったよね。浮気してない場合ただの略奪だろう。浮気していた場合でも一般的にはわりと最低な部類に入る。浮気しあってるカップルとかドロドロだろ。
先輩は肩をすくめ首を横に振りわかってないなというリアクションをとる。そのリアクションは絶対おかしい。
「誰が否定しろといった。そんな普通の意見を君に求めているわけないだろう。これは相談とは言っているものの肯定してほしいだけなのさ」
だいぶぶっちゃけたな。オレが呼ばれたのはあれか、これに賛成してくれると思われていたのか。悪い意味で信用されとる。口を酸っぱくなるほどオレは常識人だと言っているのだが、いまいち信じられてないな。最近では他の先輩方も「そうだねー常識あるよねー」と生暖かい目で見る始末。ここらで一度オレへの態度を改めさせなければ。
というかこれでもハッピーエンド厨を自称しているんだぞ。略奪愛をよしとするはずがないだろう。まあもしその男が浮気をしているようなら土に還れとは思うけど。
「というか先輩だってハーレムとか言ってるじゃないですか。浮気男を糾弾する資格なんてないんじゃないですか?」
「何をいってるんだ。こっちは最初から他の好きな人とも一緒なるけど私と付き合ってくれるかいと正直に言っている。だが浮気男は彼女ただ一人を愛すという契約のもとそういう関係になったのだろう?私と浮気男を一緒にしないでほしいね」
先輩はやけに憂いを帯びた表情で言った。だからそのリアクションはおかしい。どっちかていうとあなたはウェイみたいな顔をしなければならない。
「先輩、美少女でよかったですね」
先輩がもし男だったらと思うと、オレはたぶん手が出ているだろう。オレの理性はそこまで頑丈じゃない。
「前から気になってたんですけど、この部活の先輩全員が海神先輩のハーレムメンバーなんですか?」
「そんなわけないだろう。数人だよ。純粋にこの部活に入った先輩もいるさ。まあハーレムに入ってくれるならやぶさかではないし、同様に愛す自信はあるけどね」
「先輩マジパネェっす」
もう本当に尊敬してます。じゃあお疲れ様でした。
「待ちたまえ、どこに行くというんだ」
「いやもう解決したましたよね。そもそも最初からはらが決まっているなら呼ばないでくださいよ」
さっさと帰るべ。今日は『日常系は非日常』という著書を読むのだ。ある筋で話題になった本だ。日常系とフィクション的な表現について考察した本であり、もしかしたらオレの高校生活にも大きくかかわってくるかもしれない。たいへん興味ある内容だ。
「例えそうだとしても誰かに背中を押して欲しいことだってあるさ。それにここからが本題なんだ」
「何です?」
「惚気たい。私の彼女たちについて語りたいんだ。中々そういう機会も、聞いても引かない人もいなくてね」
「なるほど……ちなみにそれは写真付きだったりします?」
「勿論だ。写真を見せながら語ろうじゃないか。そうだな去年のクリスマス会の話なんてどうだろうか」
「拝聴しましょう」
オレはまず冷蔵庫から二人分の飲み物を用意する。え?『日常系は非日常』?なんですそれ?日常系は日常に決まってるじゃないですか。
「君のそういうところが好きだよ」
「ふっ、そんな褒めないでくださいよ。オレは自分に正直に生きてるだけです」
「それが難しいんだよ。聞けば君は教室でもこのまんまというじゃないか。私が本当の自分を見せれるのはこの部室だけだ。教室はもちろん家でだって隠して取り繕って生きてるんだから」
そういって先輩は憂いを帯びた表情で目を伏せた。そのリアクションはあってる。だが、
「その話長くなります?早くクリスマス会の写真見たいんですけど」
その話いる?なんか暗そうな雰囲気を感じるんだが。
「君は……」
「それにそれでいいじゃないですか?」
「は?」
「だって先輩はいつも言ってるじゃないですか。オレに常識ないって。だったら逆説的に先輩が普通なんでしょうよ」
「……そうか」
「そうですよ」
「そうか」
先輩はそう言って肩を震わせる。その肩の揺れはだんだと大きくなり。ついには口を開けて笑い始めた。
「何?」
「いや、君はおかしいなと思ってさ。いつもは散々常識人だと言っているのに、こういう時は言わないんだな」
「そりゃ、早く話をまとめて写真を見たかったですからね」
「そういうことにしといてあげよう」
笑いながらソファーに座っている先輩が手でおいでおいでとする。やっと見せてくれるのかどれどれ。
「お」
先輩に手を引っ張られ先輩の隣へと座らせられる。深く沈みこみ良い座り心地だ。先輩は肩を寄せ二人の目の前にスマホを掲げる。
「そういえば動画もあるんだが、どちらから先に見ようか?」
「そりゃ動画でしょう」
「わかってるね。後輩くん」
頬がゆるみきっただらしない横顔だ。これがこの部室でしかみせることができない顔というものだろうか。オレも教室ではあの二人を見ているときにこんな顔をしているのだろう。ふむ中々気持ち悪い気がしてきたな。
「君は今のままでいいよ」
先輩の横顔を見る。スマホの動画から目を離していない。
ええ、言われずとも。




