彼はバイトに励む
高校生になって変わったことが色々あるが、その一つはバイトの解禁だろう。かくいうオレもバイトをしたい高校生の一人だ。目的はお金。むしろそれ以外にないだろう。時たま社会経験を得るためと言うやつがいるが、そんなやつはオレだったら助走をつけて殴り飛ばしてしまうね。これも社会経験だぞ。
我が家庭ではお小遣い制をとっており、月の初めに与えられる。もちろん申請制であり、求めなければ与えられない。そして1日を逃した場合、その月は与えられないという鬼畜仕様だ。もうちょっと柔軟に与えられてもいいと思うが、社会勉強の一環ということで譲らない。そんな社会ねぇよ。ブラックすぎるだろうその会社。
なおオレだけしか利用しないアニメ見放題サイトの料金は、自動的にオレのお小遣いから引かれており、たとえお小遣いの申請を忘れたとしても解約されることはない。優しいかよ。
とまあこんなことで優しさを感じるほど追い詰められているわけだが。誰かオレに優しくして!優しくしてくれるのはいつも画面の中の人だけ。
ちなみにうちの高校はバイトOKだ。手続きはいるし、成績での基準はあるが、割と緩めである。そんなこんなでオレは部活がない日を利用してバイトを始めるのだった。
***
オレがバイトを始めたのは学校近くにある個人経営のレストラン?喫茶店?とにかく食べ物と飲み物を出すお店だ。個人経営かは知らん。もしかしたらチェーン店かもしれないが、知らなくてごめんなさい。
バイト募集の紙を見つけて迷わず、頼もう!と乗り込んだものだ。そんなオレでも無事採用してくれる店長はやばい人かもしれない。
休日である今日も働いている。休みの日に働くとかオレ偉すぎる。今のところ仕事は料理を運ぶこと片付けることそして皿洗いだ。
今もお客様にお料理をお届けしている。
「お待たせしましたー」
「「あ」」
口を開けてこちらを見るアリアと伊万里さん。オレに気づいてなかったのかよ。一応視界の中にはいたと思うけど。まああえて近づきもしなかったが。
クラスメイトに休日に会ったら普段とは違う格好にドキリとするものだが、普段から私服で登校してくるお二人なので新鮮味は薄い。私服登校の弊害がこんな所に。違うところといえばアクセサリーをつけているぐらいか。二人はお揃いのネックレスをつけている。は?かわいいかよ。
「オムライスになりまーす」
「どうも」
「カルボナーラになりまーす」
「あ、はい」
「ご注文は以上でおそろいでしょーかー?はい。ごゆっくりどーぞー」
ふぅ、完璧な仕事をしてキッチンへと戻ろうとする。見てましたか店長!素晴らしい仕事ぶりですよ!これは給料アップも目前ですね!
「ちょ、ちょ、ちょっと待って」
「あー困りますお客様ー」
サロンを掴んで引き止めてくるアリア。当店ではそのようなサービスを行っておりませーん。
「何やっているの?」
「どう見てもバイトですー」
「その喋り方やめなさい」
何でだよ。お店の人ってこんな感じだろ。高い声の方がいいらしいぞ。聞き取りやすいし、機嫌の変化が出にくいからクレームが少ないらしい。低い声だと「何機嫌悪いの?」と絡まれることもあるらしい。接客業怖い。地声だよ許してあげてよ。
「いや本当にバイト中だから行っていい?」
「アリア離してあげなさい」
珍しく伊万里さんが味方をしてくれる。さっさとここから去りたいオレとさっさとオレに去ってほしい伊万里さんの利害が一致した形だ。
「えーじゃあドリンク入れるからここ座ってよ」
「そんなサービスないよ」
どこで覚えてきたんですかそんなこと。お母さん許しませんからね。というか君たちもうドリンク頼んでるでしょうが。
「店長さーん!」
何を思ったか、アリアはキッチンの方へと駆けて行った。余計なことを言う前に止めなければ。
「ごゆっくりどーぞー」
「ねぇ」
「なんでしょう?」
「土日はいつも入ってるの?」
「ええまあできるだけシフトを入れてくださいとは頼んでます」
稼ぎたいので。オタクはなにかと入り用なのだ。
「そう」
そう言って伊万里さんはメロンソーダを口に含んだ。ちなみにアリアはカフェオレを頼んでいる。なんとなくイメージ的には逆だなと思った。先輩アルバイターも最初逆に置いてたし。やだオレ、アリアと伊万里さんのほう見過ぎ!
「伊万里さんはここによく来るんですか?」
「いえ、初めて入ったわ」
もしかしてオレがいなかったら通うつもりでした?ごめんね。
でもわかるわかる。オレにもあったなそんな時代が。中学時代、喫茶店に通うオレカッコいいんじゃね?と思って喫茶店に通ってたことあるもの。チェーン店ではないかつ人が少なそうな喫茶店を探してそこに通ったもの。決まって注文はブラックコーヒー。窓際の席で本読んでたよ。元気かなーあそこのお姉さん。記憶の中のお姉さんはいつもオレに胡乱な目を向けている。当時は気づきもしなかったが。
今なんて一周回ってブラックコーヒー飲まないもん。よく味わったら苦くて飲めたもんじゃないよね。最近はもっぱらメロンソーダとかコーラとか嫌に甘いやつ。ゼロカロリーは邪道。カロリーを気にするやつがコーラを飲むな。
「あ、宗介くん」
アリアが戻ってきた。有る事無い事有る事言ってオレをクビにしたんじゃないだろうな。
「店長さんが今空いてるからここに座ってもいいって」
「店長!」
オレはバッとキッチンの方を振り向く。壁に寄りかかりながら親指を立てる店長がいた。ウインクのおまけ付きだ。かっこよくないぞおっさん。
「大丈夫。その時間はちゃんと給料発生しないからって」
「店長……!」
何をちゃんとしてるんだおっさん。そこは男気を見せて給料を発生させてくれよ。
ニコニコ顔で自分の隣の席をポンポン叩くアリア。我関せずでオムライスを食べ進める伊万里さん。
「とりあえず賄い作ってくるんでお先にどうぞ」
早めにお昼休憩をもらったと思って諦めよう。
というかお昼時に暇な店やばくないか。潰れたりしないだろうな。
***
「いただきます」
今日の賄いはオムライス。それを見た瞬間伊万里さんがジロリと睨んできたが、仕方ないだろう。今日は最初からオムライスって決めていたのだから。
「いやーいつも学ランだから違う格好だと見慣れないね」
ここは制服支給がある。少し柄の入ったYシャツとズボンとサロンが支給される。
「アリアたちのその服は見たことあるな」
「もう、そこは素直に似合ってるでいいんだよ」
「前、褒めたらセクハラとかいってなかった?」
「これはいいの」
ふぇぇ。難しいよう。誰かお願いだからマニュアルを作ってくれ。何?相手の感じ方次第?社会って大変。ニートが現実味を帯びてきたな。
まあうちの家庭はそんなこと許さないわけだが。働かざるもの食うべからず。デッドオアワークだ。働くか死かだ。働いたら負けというがこちとら働かなくても負けるのだ。
「あなたがここで働いているの意外だったわ」
「あ、わかる。宗介くんのイメージだと古本屋とかブック◯フとかア◯メイトで働いてそう」
前の二つは同じものだろ。どういうイメージだ。そこで働いている人たちを敵に回したくないから聞かないけど。
「うちの家訓に、じゃあてめぇで接客しろバカというものがあってな、バイトは飲食業の接客を経験することになってたんだよ」
「家訓にバカが入ってるなんてなかなか斬新だね」
「オレもそう思う」
家訓というよりクレーマーに向けた言葉だもんな。うちの親はクレーマーにどんな目にあわされたというのか。
「それでお二人は今日は?」
「やらしい」
「何でだよ」
ただの雑談でしょうが。たとえ下着を買いに行くことが目的だとしても、別にそこは買い物にきたでいいんだよ。
そう言えば、よく水着を友達同士で選びに行くが(アニメの話です)、普通に試着するよね。あれって本当にあるのかな?ただのサービスカット?だって水着って素肌につけるんだよ。売り物を素肌に直接つけるってどうなのよ。教えて!エロい人!
「今日は買い物に来たんだよ。新しい服が欲しいなと思って。あとマラソン大会に向けて私ジャージ買わないといけないから」
「学校指定のジャージがあるじゃん」
「えーうちの学校のジャージダサいでしょ。仮にも学校の外をあれでうろつくことなんてできないよ」
たしかにうちの学校のジャージはダサい。学年ごとに色が決まっており。全身ほぼその一色だ。校章のロゴが胸元に入ってるぐらい。色は濁った青、濁った緑、濁った黄。何で全部濁ってんだよ。ちなみにオレたちの学年は一番ダサいと言われる濁った黄だ。
オレはそのジャージで走る気満々だったけどな。
「そう……あれで走らないのね」
ほら伊万里さんだってあのジャージで走る気だったし。
「こんなところで油売ってたら売り切れちゃうんじゃない?早く行ったほうがいいぞ」
「そんなわけなくない?」
やだなー親切心ですよ。オレの優しさが漏れただけです。
アリアがジト目を向けてくるが慣れてないな。伊万里さんのジト目は体感3℃は気温が下がる。
「あなたまた変なこと考えてるわね」
ほら下がった。
「考えてないよ。アリアだったら別にどんなジャージでも似合うだろうなと思ってさ」
「セクハラね」
「さっきと言ってることが違う」
アリアだけだぞ笑ってるの。
とまあアリアと伊万里さんが食べ切るまで、アリアが話題を振り、オレが返して、伊万里さんが罵倒して、アリアが笑うという謎の循環を繰り返した。
「じゃあごちそうさまでした。おいしかったです」
「ごちそうさま」
「店長に伝えとく」
そう言って二人は店を出て行った。仲良さそうに肩を並べながら。あ!アリアが伊万里さんの腕に飛びついた!最後にいいものを見せてもらいました。
「ご苦労様日下部くん」
「店長」
手早くオレらが座っていた席を片付けていると店長が話しかけてきた。
「ああやってお客様と交流を深める。これも喫茶店の仕事の一つだ。うちは小さなお店だ。来店するお客様お一人お一人を大切にして、この場所で心地よい時間を過ごしていただきたいんだよ」
店長はしみじみとドアの外を見ながら語る。その目は優しげでまたここにくるアリアたちを幻視しているようだった。
「店長……仕事のうちなら給料が発生しても」
「じゃあお皿洗いよろしくね」
「店長ぅ!」
店長の目はすっと経営者の目になった。ええ、それはもうキビキビと皿洗いしましたとも。社畜なんでね。




