彼らは秋の味覚を楽しむ
放課後になって、久しぶりに部活の時間が来た。アリアと一緒に部室に向かう。
海神先輩達と会うのは久しぶりだな。本当に夏休みは音沙汰がなかった。高校生活で一番楽しいと名高い高校2年生の夏休みを十分に楽しんだことだろう。早く海神先輩達の夏休みの物語を拝聴したいところだ。我が儘を言うならば写真付きで。
「あ、ちょって待って宗介くん」
オレが逸る気持ちのままに部室のドアに手をかけたところで、アリアからストップがかかる。
「静かに」
「どうした?まさか罠か」
「うん、そう」
「まさか罠感知を使えるというのか」
「ううん、これは女の勘」
女の勘すげぇ!
そう言いながらアリアはオレをゆっくりとどかす。まさか罠解除もできるのか。いつからそんなシーフのスキルを身に着けたと言うのだ。
アリアはドアに手をかけると、そのまま開けた。
その瞬間、ドアの陰から飛び出してくる影がアリアに飛びついた。
ア、アリアァ!
「そーくん!久しぶり?…………柔らかい。まさかついにTS」
「うん、久しぶりだね。黒崎さん」
現れたのは唯織だった。アリアを抱きしめる唯織。オレこの部活に入って良かったです。あと唯織さん、ついにってどういうことですか?
「むぅ」
唯織はぱっとアリアから離れる。なんで不満気なんだ。アリアを抱きしめられる人なんてそうはいないんだぞ。唯織は今一等の宝くじより貴重なものを簡単に手放したんだぞ。
「久しぶり、そーくん」
「おう、久しぶり」
「私の家でお母さんに挨拶した以来だね」
「あー、そんなこともあったな」
夏休みを楽しみ過ぎて、そんな思い出も遠い過去のように感じる。
「ちょっと待って宗介くん」
「何?」
「黒崎さんの家行ったの?それで黒崎さんのお母さんに会ったの?」
「行ったよ。会ったよ」
「ダメだよ!危ないじゃん!」
「危なくないよ?唯織の家を何だと思ってんの!?」
それも女の勘ですか?
「ああもう、不用意な発言とかしなかったよね?」
「オレを何だと思ってるんだ」
礼儀正しい好青年だぞオレは。
「言質取られなかったよね?」
「ねぇこれ何の話よ?友達の家に遊びに行った話だよね?とりあえず特におかしなことはしてない。そうだよな唯織?」
「ふっ」
「勝ち誇った顔!絶対何かあったやつだ!」
いや、とりあえず場を荒らすためだけに意味深に笑っただけだと思う。オレも良くするからその笑い。
「はいはい、一年ズ。そろそろ良いかい」
オレ達ってそんなユニット名があったのか。
パンパンと手を叩いてオレ達の会話を遮ったのは海神先輩。何だかやけにツヤツヤしている。
「どうも海神先輩。その顔を見るに夏休みは随分と満喫したようですね」
「むふふ。わかるかい?ええ、それはもう楽しんださ」
むふふって笑う人初めて見た。
「是非詳しくお聞きしたいです」
「仕方がない。君には文化祭の時の恩があるからね」
「おお!」
「でも、今日は家庭科部の活動があるから予告編だけだ」
まさかのカミングスーン。
「海、水着、旅館、温泉、何も起きないはずもなく」
一体何が起きたと言うんだ!
***
本日の活動のために調理室に移動しました。
「はい、じゃあ今日の食材はこちら」
そう言って教室の前に立った海神先輩が示したのは立派な太さのさつまいも。
各調理台にも既にさつまいもが分配されている。
「近所のおばあちゃんがくれたんだけど、あまりにも多くてね。折角だから皆にも食べてもらおうと思って持ってきたんだ。校庭で焼き芋にしても良かったんだが、流石に許可は取れなかったよ」
焚き火で焼き芋か。そっちでも楽しそうだったな。まあ、火を扱うし、煙が出て近くの民家に迷惑かけるから許可が取れないのも仕方がないけど。
そういえば、オレのばあちゃんの家がある地域でやっていたどんど焼きの行事も無くなったそうだ。正月飾りを結構な高さの山にして燃やす様は子供ながらに、いや子供だからこそわくわくしたものだ。興奮しすぎて火ャハハハハって笑うレベル。
「好きなもの作っても良いけど、作れそうなレシピはこっちでも何個か見繕ってきたからご自由にどうぞ」
「海神せんせー」
「はい、何かな日下部くん」
「オレの目の前にある食材がさつまいもじゃなくて里芋なんですが、バグですか?」
「仕様です」
仕様かぁ。
「私のお手製だ。何が不満あると言うんだい?」
「え?これ海神先輩が作ったんですか?」
「ああ、私の自費で買ったものさ」
「それお手製って言わないです」
「他に質問あるかい。うん、ないようだね。じゃあレッツクック。あ、スポンサーに持っていく用に完成したら少し頂戴ね」
問題が解決してないのに質問が打ち切られた。政治家かよ。
「どうするの宗介くん?」
アリアがそう尋ねる。ちなみにここの調理台のメンバーはオレとアリア、唯織の一年ズだ。なお彼女らの前にはきちんとさつまいもが鎮座していた。
「どうするってそりゃ里芋料理を作るさ」
ぱっと思いつくのは煮っ転がしと唐揚げとかだけど、他の人達に合わせる形でスイーツ系を作った方が良いだろうか。
「アリア達は何を作るんだ」
「スイートポテトかな」
「ん」
アリアの言葉に唯織も頷く。
スイートポテト。定番だね。二大さつまいもスイーツの一つだ。もう一つは大学いも。この2つってジャンルが全然違くて、擬人化したら正反対なヒロインになりそうだよね。あと髪に芋けんぴついてる。
「よしじゃあ、オレもスイートポテト作ろう」
「私たちの手伝ってくれるってこと?」
「いや、スイートポテトのさつまいもを里芋で代用する」
「そんなことできるの?」
「やってみたことないけどやってみる」
「流石そーくん。パイオニア」
「よせやい」
本当によせやい。恐らくだが、もう既にやっている人はごまんといると思う。発想としては芋を芋で代用しているわけで単純だからね。
さて、じゃあ作るか。
***
「「「完成~~~」」」
さつまいもと里芋のスイートポテトが完成して、3人でパチパチと拍手する。
調理台の上には他にも先輩達とのトレードで手に入れた、大学いもやミニタルト、チップスなどが鎮座している。
余談だが、さつまいもは英語でsweet potatoと言うらしい。じゃあスイートポテトは英語で何と言うかというと、スイートポテトにあたる英単語はないそうだ。これ英語のリスニングテストで引っ掛け問題つくれそうだよな。さつまいもとスイートポテトの絵が出されて、彼女たちが作ったものを答えなさいみたいな感じで。sweet potatoって聞こえたからスイートポテト選ぶと、「残念でした~アメリカにスイートポテトはありませ~ん」って煽られる。やだ先生性格悪すぎ。
ちなみに里芋は、taroもしくはJapanese taro。それもうただの太郎さんやん。
「「「いただきます」」」
一瞬考えた後、3人同時にフォークを伸ばしたのは、里芋のスイートポテト。たとえ口に合わなくても他のスイーツで口直しができるからね。
はむ。ほう、ほう、ほう。
「普通に美味しいかもしれない」
「うん、うん。そうだね。食感がさつまいものスイートポテトとは違うけど、全然気にならない。味も癖がなくて美味しいかも」
「美味」
ほーん。里芋ってスイーツにするとこんな感じになるのか。これなら他のスイーツにも使えるかもしれない。確かさつまいもよりカロリーが低かったからダイエット中とかに良いかもしれないな。このスイートポテトに入れた砂糖の量から目をそらしつつ、オレはそんなことを思った。
「あ、そうだ。宗介くん。はい」
「ん」
二人がオレの目の前に置いたのは、スイートポテト。多分、二人が作ってたやつかな。これが本当のお手製だな。
「食べ比べてどっちの方が美味しいか教えて欲しいな」
「ほう」
「真剣に審査して」
「なるほど食戟というやつだな」
部員同士で切磋琢磨する。部活らしい良い光景じゃないか。
「良いだろう。その審査オレが請け負った」
気分は海原○山だ。食〇のソーマなのか美〇しんぼなのかどっちかにしろい。
オレは厳かな気持ちでスイートポテトを口に運ぶ。目を瞑り、ゆっくりと味わい、味を堪能する。水で味をリセットした後、同じようにもう一つのスイートポテトも食べる。
「「どう?」」
二人の心配そうでどこか期待する声。
「………」
オレは静かにフォークを置いた。
……いや、味同じよ。違いがわからん。
そりゃそうだよ。同じ材料で同じレシピでやってたんぞ。焼き加減だって機械でやってるから変わらんし。何かしらの差異はあるのかもしれないが、それを一介の高校生であるオレに感じ取れというのは無理がある。ごめんね神の舌を持ってなくて。
オレはカッと目を開ける。
「この勝負……ドロー」
結局、こういう結論になるわけだ。
二人のジト目が突き刺さる。
わかるよ。自信満々に審査を引き受けておいてって言いたいんでしょ。甘んじてそのジト目は受けましょう。
手を挙げて降参のポーズをするオレを見て、二人はふっと気の抜けたように笑う。そして言った。
「「もう、優柔不断」」
仕方がないなぁというような笑みだった。
……いや、負けを作らない優しさとかじゃないです。




