彼は扇動する
アリアに告白する。
そんなこの世の常識にケンカを売るようなことを宣言をしたうつけ者の名前は、一ノ瀬光というらしい。一ノ瀬は屋上での帰り際に思い出したかのように名乗っていった。何だか恥ずかしそうだった。そりゃ名乗りなんて最初にやることだからね。こちらもつい「これはご丁寧にどうも」って返しちゃったし。しまらんなぁ。
しかし、オレに黙って告白をすれば、止めようがなかったものを、オレに勝負を挑んでくるとは。わざわざそんなことをする理由は、オレが持つ梓山最強の称号が欲しいといった所か。甘い甘い。肩書でアリアがなびいてくれると思ったら大間違いだ。アリアはそんなことは気にしない。じゃあ、何で靡いてくれるかと聞かれても困るけど。美味しい物を作れるとか竜胆であるとかかな。
屋上での宣戦布告を受けた翌日のホームルーム。
「今日は今月末に行われる球技大会について説明します」
小島と委員長がいつものように前に出ると球技大会について話し始めた。
球技大会の競技は男女別で各2種目、男女混合で1種目。男子がサッカーとバスケ、女子がソフトボールとバレーボール、男女混合がソフトテニスだ。各競技は3学年混合のトーナメントで行われる。各学年7クラスあるから21チームのトーナメントになるわけだな。その競技の部活に所属している人は出れないという決まりで、外部で現役で競技をしている人も遠慮して欲しいそうだ。
球技大会で行うテニスはソフトテニスなのか。硬式テニスとソフトテニスって全然違うから、むしろテニスを勝負の内容に選んでいた場合、オレが不利だったかもしれない。ソフトテニスより、卓球とかバトミントンとかの方が上手くできると思う。
「球技大会の概要はこんな感じだ。それぞれの詳しいルールはまた後にするとして、これから出場する競技を決めていくわけだが……日下部、何か言いたいことがあるか?」
小島が突然そんなことを聞いてきた。オレが何かアクションを起こしたわけではない。ちゃんとお行儀良く座っていたぞ。
「突然どうしたん?」
「いや、まあさ、毎回毎回お前にかき乱されながら進行するぐらいだったら、最初にお前のターンを済ませた方がその後が早いかなと思ってさ」
「やだな小島。人を問題児みたいに」
「……」
「無言で真剣な眼差しを向けるのだけはやめてくれ」
「それで何かあるか?」
「ある」
「あるんだ……」
自分で聞いたくせになんでそんな嫌そうなんでしょうか。
小島と委員長の共同作業を邪魔してしまうことになるのは、心苦しいが丁度いい。今回は、いや今回もだが、より一層この球技大会に真剣に挑むつもりだからな。それにはクラスメイト達の協力が不可欠だ。
オレは手首のストレッチをしながら、教壇にまで向かう。
「準備運動は、今絶対にいらない」
小島が何か言っているが、集中モードのオレの耳には最早入りすらしない。教壇の前に立つとクラスの目線がオレに集まる。よし、ごほん。
「ちょっと待て日下部。どこからマイクなんて取り出した」
「史上最大!第43回梓山高校球技大会ぃ!」
「うるさっ」
「目指すは頂点!手にしたい栄冠!どんな競技もなんのその。苦難困難のりこえて。先輩だろうと関係ない。年功序列などもう古い。絶対に負けられない戦いがここにある。紳士淑女の皆さんも、座っているだけじゃ勿体無い。踊る阿呆になればこそ、見える世界もあるもんだ。知力体力時の運。必要なものはたったの3つ。覚悟は良いか?オレはできてる。開始の合図は必要ない。ゴングは既に鳴っている。お前ら!ニューヨークに行きたいかぁぁぁぁぁぁ!」
***
隣のクラスからクレームが入った。
大変申し訳ございませんでした。
「もう少し声の音量を落としていただきたいのですけど」と丁寧に言われた。普通にうるさいって言っていいのよ?なんであちらが申し訳なさそうにしてたんだろうか。流石に心が痛かったです。後日菓子折りを持って謝りに行きます。
さてそんなこともあったが、出場競技自体はすんなりと決まった。オレはきちんとサッカーに決定した。一ノ瀬はバスケ部らしいからサッカー確定だろうけど、オレがじゃんけんとかで負けてサッカーにならなかったらどうするつもりだったんだろうか。きっとぐたぐたになっていたことだろう。
ちなみに小島もサッカー。あと、竜胆とアリアと神楽坂さんはバレーボールだ。神楽坂さんに勝てる生物がいるのか?勝ち確なのでは。
さて、残りのホームルームの時間は競技ごとに別れて過ごすことになった。
まず全競技でやらなきゃいけないこととして、実行委員会に提出する出場生徒の名簿の作成がある。所定の紙にそれぞれの名前を書いて提出する。ちなみに「~青春、光る~球技大会実行委員会」が実行委員会の正式名称らしいぞ。……何故実行委員会の名前にタイトルみたいなものがくっついてるんですかね。誰が許したんだこれ。龍神先輩だなぁ。
「そういえばさ、小島。一ノ瀬光って知ってるか?」
「一ノ瀬光?ああ、1組の委員長だろ。委員会で会ったことあるから顔はわかるぞ。為人は知らないな。委員長やるぐらいだから真面目だとは思うが」
「へぇ、委員長なのか」
「一ノ瀬光、俺も聞いたことがある」
チャキリと眼鏡を直しながら会話に入ってきたのは横尾くん(数学研究会所属)。知っているのか横尾くん。
「確かテストではいつもトップ10に入っているらしい」
それを皮切りに次々に情報を出し始めるクラスメイト諸君。
「バスケ部では一年ながらもうレギュラーなんだよな」
「委員長としてどんな仕事でも引き受けてくれるって聞いたぞ」
「既に先輩も含めて何人かに告白されたらしい」
「ああ、しかも全員断ったみたいだな」
「断り方も丁寧で逆にファンが増えたとかなんとか」
「そのくせに普通に良い人だってよ」
「普通に良い人だとぉ!」
「しかも嫌味な感じも全くないだとか」
「くそぉなんて奴なんだ一ノ瀬光!けしからん!」
君たち詳しいね。言葉を重ねるごとにみんなの背中から暗いオーラが立ち上ってきている。
しかし一ノ瀬はそんなに有名人だったのか。
「オレは一ノ瀬のことを全然知らなかったな」
だって所詮は男子でしょ?
「まあ、有名っていっても普通に有名なだけだからな」
普通に有名って何じゃい?
「目立つといってもお前ほどじゃないから」
「え、やだ照れる」
「それに生きてる界隈が違うからな」
「同じ人間界で生きてるつもりですが?」
「そうそう、それにあっちは正統派だからな」
「誰が異端だよ」
とかツッコミつつも異端という響きにソワソワしている自分がいる。異端者みたいな二つ名いいよね。ルビの候補が無数に思いつく。
「そういえばそんな一ノ瀬だが、球技大会はサッカーに出るらしいぞ」
オレがそう言った瞬間ピタリと皆の動きが止まった。そしてゆらりとまたクラスメイトの背中から黒いものが立ちあがる。
「ほう、あの優男のことだから優雅にテニスを選ぶもんだと思ったがな」
「ああ、それできっとミックスダブルスとかに出て、競技中にも女子とイチャイチャするんだぜ。かーぺっ」
「そんな奴が俺たちと同じ土俵で戦ってくれると」
「けけけ、一緒に地べた這いつくばってもらうぜぇ」
一緒に這いつくばっちゃうんだ。
「おいおい、お前らわかってるか?やるのはスポーツだぞ。スポーツマンシップに乗っとってだな」
「バカ、ラフプレーなんてするわけないだろ!」
「そうだ!そんなことしてケガしたらどうする」
「全く小島は発想が野蛮だぜ」
「じゃあどうするつもりだったんだよ」
「「「「「「カッコ悪くあれと願う」」」」」」
「お前ら……」
ほの暗くヒートアップするチームメイト達に呆れる小島。
「くくく」
「日下部?嫌な予感がするから黙っていてくれないか」
「お前ら、オレに考えがある」
「嫌な予感しかしない」
澄んだ瞳を意識しながら、皆に向かって語り掛ける。
「一ノ瀬に勝ちたいか?」
「勝てるのか?」
「ああ、言っただろオレに考えがあると」
「確かに日下部は色々目を瞑れば身体的なスペックは高い」
「まさかお前なら勝てるというのか」
どこに目を瞑ったのか後で聞くからな。
「いや、勝つのはオレじゃない。オレたちだ。勝つにはお前らの協力が必要だ」
「お、俺たちの協力……?」
「ああ。確かに個人では一ノ瀬に勝てない所が沢山あるかもしれない。だがサッカーはチーム競技だ。チームで強い方が強い」
「なるほど、な」
横尾くんは何かに納得した様に頷く。オレも彼の顔を見ながら頷く。何がなるほどなんだろう。
「要するにこう言いたいだな、俺たちの牙は奴に届きうると」
「ああ、大体そんな感じだ」
知らんけど。
「お前ら、オレに力を貸してくれ。勝つために」
オレは彼らにスっと手を差し出す。
「「「「「「ああっ……!」」」」」」
彼らは迷うことなくオレの手に手を重ねた。皆(小島を除く)は決意の光を強く瞳に灯している。強大な敵を前にオレたちの心は一つになった。
「騙されている……」
騙すとは失礼だな小島。ただ考えがあるとか言ったくせに、この後の展開を何も考えてないだけだ。
兎にも角にもオレはやる気満々のチームメイト達をゲットしたのだった。




