Ex 彼は肝試しをする
第六章プロットが完成したのでぼちぼち始めていきますね。今日はまだ没エピソードです。
「なあ、宗介。肝試しというのをしてみたい」
華恋はオレのマンガを読みながら不意に言った。
「そりゃまた急だな」
前も確か華恋にはホラー映画を見せられてような気がするけど、怖いもの好きなの?それとも怖いもの見たさなのか。文化祭でもお化け屋敷してたよな。
「だって、宗介から借りたマンガだとどれも高校生は夏休みにみんな肝試ししているんだぞ。つまり、それだけ楽しいってことだろ?だから私もやってみたい」
「………。」
それはオレの持っているマンガにラブコメが多いからですね。ラブコメに肝試シーンが何で多いって、そりゃ主人公とヒロインを絡ませやすいからだろう。簡単に二人きりの状況つくれるし、いわゆる吊り橋効果というのも起きるし、トラブルも起こしやすいし、それにお化けにおびえる女の子って可愛いしね!
「なあ、宗介だめか?」
「ぬぅ……」
華恋は上目遣いでそう言った。それは卑怯じゃないか。そんな目で見られたらお兄ちゃん心が刺激される。生まれてこの方お兄ちゃんになったことないけど。
「じゃあ、やってみるか」
「やった!」
ということで、夏の風物詩の一つ肝試しをします。
***
肝試しするにあたりまずは、場所の選定が重要だ。夜の学校とか墓場とかが良いのだろうが、到底許可が下りるとは思えないので却下だ。
そこでオレが目を付けたのはうちの学区にある神社だ。そこの神社は住宅街の中心にあるのだが、神社の敷地内に街灯がなく、夜になると不気味な雰囲気を醸し出している。またこの神社何故か住宅街より高い位置にある。周りを斜面で囲まれ、入るには正面の階段を使うしかなく、最初に敷地内を見回っておけば余計なトラブルは防げるだろう。
そして一番の理由はこの神社には曰くつきのスポットが存在することだ。神社の中の池に古い木の橋がかかっており、そこは首切り橋と看板が建てられている。看板の説明によると昔妻に裏切られた夫がそこで妻を惨殺し、その後もそこを渡る人殺し続けたそうな。それ以来地元の人はこの橋を首切り橋と呼び、忌避していたとかなんとか。
こういう何のオチもない逸話があるスポットって結構あるよね。忌避していたけど、特にその後何かが起きた訳でもないらしい。なお別に心霊スポットとかではない。
さて、次に肝試しに参加する人を集めるわけだが……何の成果も!!得られませんでした!!
とりあえず、竜胆とアリア、海神先輩達、会長、竜崎先輩と片っ端から知り合いに連絡してみたのだが、全員にお断りされてしまった。旅行に行っていたり、急に夜に家を出れなかったり、既にお風呂に入ってしまったりと理由は様々だが断られてしまった。みんな淀むことなく申し訳なさそうに理由を教えてくれたので、オレの人望がないというわけではないと思う。ないよね?
ということで今回のメンバーは華恋が誘った神楽坂さんと唯織を入れて4人となります。くそぉ、真っ先に唯織に連絡をしていれば、オレも成果を上げることができたのに。
「お待たせ」
「お待たせ華恋!会いたかった!!」
神社の階段の前で待っていると二人が現れた。
唯織はおそらくオレ達二人に言ってくれたと思うのだが、神楽坂さんはオレは眼中になかったな。会ってすぐに華恋をぎゅっと抱きしめる。彼女は華恋と離れるたびに、それこそ学校行って帰ってくるたびに抱き着いているのだろうか?良きかな~。
「悪いな唯織。こんな夜に呼び出して」
「ううん。お母さんもそーくんが一緒なら良いって」
「それは責任重大だな」
信頼にお応えして無事唯織を家に帰さなければ。
「だからちゃんと責任とってね?」
「うん。うん?」
何か言葉に違和感があったのは気のせいだろうか。いや、言葉的にはおかしくない……のか?まあ、しっかり送り届けるとしよう。
「むん!それじゃあ肝試しをやるぞ!」
華恋は神楽坂さんにあすなろ抱きされている状態でそう言った。
「私、くじ引き作ってきたんだ!二人組になるように!」
そう言って華恋はポケットから先端を隠した状態で爪楊枝を取り出した。
その場に緊張が走った。
オレはごくりと生唾を飲み込む。
神楽坂さんがもし華恋と組めなかったら。この世がどうなってしまうかわからない。顎から伝わる汗がぽたりと落ちる。というか華恋さん?何故くじを爪楊枝にしたんだい?神楽坂さんにみすみす武器を与えるようなことをするのはやめようぜ。
「私はこれ」
唯織がさらっと爪楊枝を引く。爪楊枝には赤い印が付いている。
「私はこれかな」
次に神楽坂さんが爪楊枝を引く。爪楊枝には赤い印が付いている。神楽坂さんは爪楊枝を戻すと別の爪楊枝を引こうとうする。
「あっ、お姉ちゃん!ズルはダメだぞ?」
「止めないで華恋。これはズルじゃないの。仕様なの」
仕様ではない。
オレも一応爪楊枝を引いてみる。何の印もついていない爪楊枝だ。つまりペアは神楽坂さん・唯織ペアと華恋・オレペアとなるわけか。後が怖い。
神楽坂さんはこちらを見ながら爪楊枝を片手で高速で回転させる。飛んできそうで今も怖かった。
「じゃあ、お姉ちゃんといおりん、いってらっしゃーい!」
「懐中電灯をどうぞ。階段を上ってから右に向かう歩道を進んでいくと橋があるので、そこで写真を撮るのが今日のミッションな」
オレはそう告げると華恋が二人をぐいぐいと押し出して神社へと向かわせる。ちなみにオレは嫌なことをは後に回すタイプだ。だから神楽坂さんのお仕置きもされるなら後が良い。
……お仕置きをされる謂れはないんだけどね!
***
オレと華恋は階段を一段づつ上っていた。
神楽坂さんと唯織は中々の早さで戻ってきた。次はオレたちの順番となる。神楽坂さんが唯織を先導して戻ってきたことから、やはり神楽坂さんはホラー系は大丈夫なようだ。
オレはちらりと後ろを向く。
ひっ!
神楽坂さんが真っ黒な目でこちらを一心に見つめている。あれがハイライトの消えた目というやつか。
「結構怖いな~」
「そうだな。本当に怖い。おっと」
こけそうになった華恋の腕を掴む。
「悪い。もっと足元を懐中電灯で照らすべきだったな」
「ううん。キョロキョロ辺りを見回していて足元見てなかったから関係ないぞ」
「足元もちゃんと見なね」
「わかった!」
そう言って華恋はオレの手を握った。
「これでこけても安心だ!」
「まさかのこける前提の作戦」
華恋がこけたらオレ道連れじゃない?そう言おうとしたが止めた。姉ちゃん、そして竜胆たちと関わることで培われたデリカシーがストップをかけたのだ。流石はオレ。最早デリカシーの権化だ。デリカシストだ。
きっと二学期の通知票には生徒への気遣いができると書かれることだろう。まあ、うちの高校の通知票に先生の所感みたいな欄はないんだけどね。あるのは成績と出欠席の欄だけ。先生なんて、どうせオレらを数字でしか見ていないんだ……!
オレが高校教育の冷たさを嘆いている内に階段を登り切り、神社に着く。正確には階段の始まりに鳥居があるため神社の敷地内にはずっと前に入ってはいる。お社?本殿?ともかく神社のメインの建物の前に到着した。自分で選んでおきながら、明かりのない夜の神社は異様な感じがする。特に朽ちていたり壊れていたりするわけではないけれど、古い建物というのはそれだけで気味が悪いものだ。
その雰囲気に当てられたのか華恋のオレを握る手にも力が入る。
「宗介?怖いのか?手に力が入っているみたいだけど?」
「手に力を入れているのは華恋の方だろ?」
「いやいや」
「いやいや」
これは水掛け論になりそうだ。
ガサガサガサッ!
「「……!」」
近くの木から鳥でも飛び立ったのだろうか、葉擦れの音が大きく響く。二人して肩が跳ね、手に力が入る。風も強くなってきた気がするし、誰かの気配を感じるような気もする。きっと気のせい。
「…………なあ宗介、この手を決して離さないことを誓わないか?」
「それがいい。進む時も退くときもオレたちはいつも一緒だ」
オレたちを誓いを立て手を繋ぎ直すと目的の橋の方へと足を進める。
「そういえば、宗介は怖がりなのに良くこんな場所を知ってたな」
こ、怖がりちゃうわ!
「中学の時にちょっとこの辺の神社を調べていた時期があってな」
「おお、何かすごいな。大人の趣味って感じだ」
「よせやい。そんなんじゃないよ」
本当にそんなんじゃない。
ただこの辺の神社や廃墟、人気のない路地を調べ回っていた時期があっただけだ。だって大体異能バトルに巻き込まれるとしたらそういう場所だから。例えば月がいつもより大きく輝いた時、例えばとても美人な少女とすれ違った時、例えば風がいつもより騒がしかった時、オレは調査した場所の辺りをうろうろしていたものだ。
そういえば中二病時代って普通にそういう場所に夜でも一人で行ってたんだよな。あの頃は本当に怖いものなんてなく、根拠のない全能感があった。思えば、オレも大人になってしまった。これが成長期。
「ぷっ」
「どうした華恋?」
「ん~楽しいなって思ってさ」
華恋がオレの方に体を寄せる。
「こんな夜にお姉ちゃん以外の人と一緒になって歩いて、同じものを見て感じて、それでビクビクしてる。ちょっと怖いけど、この状況がおかしくて、すっごく楽しい」
華恋はまるで秘密を話すようにそう言った。
「……確かにな」
中学時代一人彷徨っていた事もあれはあれで確かに楽しかったが、こうやって誰かと一緒なのも悪くないと今ではそう思う。
「あ!あれだな!橋と看板!」
華恋が声を上げる。飛び石のような道を進んだ先に、この肝試しの目的である橋があった。
「それじゃあ証拠の写真を」
「私が撮りたい!」
どうぞどうぞ。
普通に橋の写真だけ撮るのかと思ったが、華恋はオレを引っ張り橋の前に立たせる。どうやら自撮りでオレ達を含めて撮るようだ。そんな良いスポットでもないけど、それは良いの?
「はい、チー……」
撮ろうしたその時だった。
スマホの画面の中にオレ達以外の人影が写りこむ。
反射的にバッと華恋と一緒に後ろを振り返る。
視界が塞がれた。
「ど~う~し~て」
それはまるで地の底から這い出てくるような声だった。頭が締め付けられるように痛む
「ど~う~し~て華恋ちゃんと手なんて繋いでいるのかな~」
それはまるで地の底から這い出てくるような神楽坂さんの声だった。頭が締め付けられて痛む。アイアンクローをされているな。女子の握力じゃない。
「うわぁ!びっくりしたぁ!お姉ちゃん達どうしてここにいるんだ?」
「ん?それはね見張る、ごほん華恋ちゃんを見守るためだよ。ほら二人きりだと危ないでしょ?」
「もうお姉ちゃんたら心配症だな~」
華恋さん華恋さん。和やかに会話してる所悪いんだけど神楽坂さんに離すように言ってくれない?
…………離すように話してくれない?なんつってな。
「そーくん」
「ああ、唯織も来てたのか」
振り返った瞬間に掴まれたからわからなかったぜ。今も見えてはいないから幻聴の可能性は捨てきれないけれど。
「暗がりで女の子に手を出したの?」
「言い方よ」
まるでオレが悪いことをしたみたいな言い方やめてね。さもないとパァンなっちゃうから。何がとは言わないけど。
「じゃあ皆集まっちゃったし皆で写真を撮ろう!夏の思い出に!」
「良い考えね!」
華恋はそう提案すると神楽坂さんの手がオレの顔から離れ、今度は華恋の手を柔らかく掴む。なおあれだけ離さないと固く誓い合った手は既に神楽坂さんの手によって外されている。
「う~ん、あっちだな!」
流石に写真を撮るにはロケーションが悪かったのか、華恋は本殿の方へを指さす。ここはただの暗がりだしね。
そして華恋は本殿を正面に階段の方を背面にする所を撮影場所に決めたようだ。確かにここなら開けており、住宅街の光で背景は少しばかり明るい。
そこに四人で並ぶ。並び順は華恋、神楽坂さん、唯織、オレだ。
「あ、宗介上手く画面に入らないから真ん中に来てくれ」
マジか。
「早く早く。もう腕がぷるぷるしてるんだ」
オレは真ん中、つまり神楽坂さんの前へと中腰になるようにして入った。
「うん!オッケー!じゃあはいチーズ!」
カシャリ。
こうして夏の夜のドキドキ肝試しは終了した。
写真には満面の笑みを浮かべる華恋と華恋の方しか見てない神楽坂さん、無表情で何故か目線が変な方に向いている唯織、そして顔に手形をつけて目を瞑ってしまったオレが写っていた。
そんな完全に失敗したような写真だけれど、華恋はすごく気に入ったそうだ。
まあ、オレも後で送ってもらうことにしようかな。




