彼らはゆっくりと進んでいく
「はぁ~今日暑いね」
アリアは手で自分の顔を仰ぐ。ひらひらと浴衣の裾が揺れる。アリアの耳は真っ赤に染まっている。
「ええ、本当に暑いわね」
そう言いながら、自然と私の手は自分の耳へと伸びていた。熱い。私の耳も真っ赤に染まっていることだろう。
私たちは一体どうして、こんな場所であんな話をしていたのか。人が通るかもしれない外なのだけれど……。今更、恥ずかしくなってきた。
「協力するのはいいけれど、宗介くんが私たち2人にメロメロになってしまったら、どうしようかしら?」
私はそう冗談めかして言った。恥ずかしさを隠すように口走った発言だったけれど、恥の上塗りだった。恥ずかしさのせいで冷静な判断ができていない。私は慌てて撤回しようとしたが、その前にアリアが答える。
「それはありえる。難しい問題だね」
アリアは腕を組みながら、そう大真面目に答えた。
1人ではメロメロにする自信がないと言っていた人の発言じゃないわね。まあ、それは私も同じなのだけれど。アリアも冷静じゃないらしい。
いや、そもそも冷静な判断ができる人は1人の男の子を落とすために協力関係を築こうなんて提案しないのだろう。それにきっと恋なんて冷静になった方が負けなのだと思う。恋したことなかったから、わからないけれど。
「ピーン!思いついた!」
きっと漫画だったらアリアの頭の上に電球が出ていることだろう。それぐらいわざとらしく、アリアは人差し指を立ててリアクションをした。そんな使い古されたリアクションもアリアがすれば可愛いのだから反則だ。
どうでもいいことなのだけれど、こういう時の表現で使う電球ってだいたい白熱電球よね。今の小学生って見たことあるのかしら?漫画でも今の時代は閃いた時には、あのスリムなシルエットのLED電球で描かれていたりするのかしら。
しかし、今でもスマホの電話のマークは、もうあまり見ない設置型の電話の受話器のマークだし、白熱電球も表現方法としてそのまま残っているのかしらね。
「その時は、私がりんちゃんを落とせばいいんだよ!」
ん?
白熱電球に思いを馳せていたからか、言葉を理解するのに時間がかかった。何て言ったのかしら?
リンチャンヲオトセバイインダヨ。
りんちゃんを落とせばいいんだよ?
……一体どこから落とすというのかしら。まさかそんな実力行使にアリアがでるとは思わなかったわ。まあ、それは冗談として。どうやら聞き間違えたらしいわね。
「ごめんなさい。もう一度言ってもらえる?少しボーっとしてて」
「もう!ちゃんと聞いててよ!折角名案を思い付いたんだから」
アリアはゴホンと一つ咳ばらいをすると、もう一度改めて言った。
「その時は、私がりんちゃんを落とせばいいんだよ!つまり、りんちゃんも私にメロメロにする!」
「何を言ってるのかしら?」
「そうすれば、私のハーレムは完成して、みんな幸せ!」
「本当に何を言ってるのかしら!?」
それはさっきの問題解決には微妙になってないじゃない。それ以前の問題だけれど。
「りんちゃんならもう一押しでいけそうな気がするんよね」
「落ち着いてアリア。私はそんなにチョロくないわ」
たとえ上目遣いでお願いされたとしても、認めることはないだろう。
……ないはずだ。こうも簡単にアリアのお願いをする時の顔が容易に想像できるとなると自信がなくなる。私はどれだけアリアのお願いを聞いてきたのだろうか。
「大丈夫、大丈夫。海神先輩たちは幸せそうだよ?」
「余計な知識を……!」
無理矢理にでもテニス部のマネージャーにするべきだった。
本来破綻しそうなハーレムを実際に成功させている人が身近にいるというのは本当にたちが悪い。あの先輩は文化祭でも随分日下部くんにも甘えていたみたいだし、一度説教する必要があると思う。
……うん。全部冗談ね。これ。
アリアが大真面目な顔を作っていた時点で気づくべきだったが、ちゃんとアリアも私の発言が冗談であることをわかっていたのだろう。でなければ、こんな突拍子もないことを言ってはこない。
やっと私も冷静な判断ができるまで落ち着いたみたい。
説教はするけれど。
「はぁ、そろそろ帰りましょうか?」
「うん。そうだね」
その証拠に、こう言えば何でもなかったかのように話を切り上げて、従ってくれる。
私はベンチから立ちあがると、アリアと並んで鳥居の方へと歩いていく。
ギュッとアリアが私の手を握った。
……これはいつものことよね。手なんて何度も繋いでるし、さっきなんて抱き合ったりもしていた。この距離感は普通よ。
「一応聞くのだけれど、さっきのは冗談なのよね?」
「え?」
え?
「「…………。」」
「うん、そうだよ」
「ちょっと待って、今の疑問符は何?」
「えへへ」
「可愛い。ではなく。ちゃんと答えてアリア。さっきの発言は冗談だったのよね?そうよねアリア?アリア?」
***
ふう。
オレは本部のテントを運び終わると汗をぬぐう。
「では、お疲れさまでした」
「はい。おつかれ~」
顔を赤くして働いている偉い人に声をかけると、オレは帰路につく。すごいな、おじさんたち。本当に最後までお酒が入った状態で働いてたよ。
オレは荷物を持つと、歩き始める。
しかし、竜胆が無事見つかったようで良かった。オレも会長を含めたバイトの皆さんと探していたのだが、先に一人のアリアが見つけるとは……。これが愛の力というやつか。
「「あ」」
「ん?」
曲がり角から現れたのはその竜胆とアリアだった。
「よう、ちゃんと会えて良かったな二人とも」
今度はちゃんと逸れないように手を繋いでるわけだし、感心感心。
「うん!」
「……ええ」
なんで、竜胆は若干アリアから体を離そうとしているの?
…………ああ、そういうことか。
オレはカバンから絆創膏を取り出すと竜胆に渡す。
「はい」
「え?」
「いや、だって鼻緒擦れしてるんでしょ?片足を庇っているようだし。絆創膏を張るだけでも、クッションの役割になって楽になるぞ」
「ありがとう」
「いえいえ、気にしないでいいよ」
おそらくケガの原因は走ったことだろう。そして、その走る原因となったのは、事故とはいえオレがセクハラとも言われかねない行動をしたことにある。だから本当に気にしないでください。オレの良心が痛む。
「ちっちっちっ、それじゃあダメだよ宗介くん」
アリアは指を振りながら、そう言った。
「どうしたアリア。やけに今日はテンションが高いな。お祭り楽しかったのか?」
「怒るよ♪」
「ごめんなさい」
もう怒っているよ♪
そう言い返すほど、オレは愚かではなかった。でもだって明らかにテンションがバグってて、いつものオレみたいなことするから。いつものオレ、やばぁ。
「りんちゃんはね、この傷が痛い痛いって言って、それはもう辛そうだったんだよ」
「竜胆が滅茶苦茶首を振ってるけど」
「ということで」
「がんがん話を進めるじゃん」
会話をしたいな。しかし一体何を要求してくる気だろう。慰謝料かな?それが二人の幸せになるなら、やぶさかでもない。
「りんちゃんをおんぶしてもらいます!」
「おんぶ?別にいいけども」
「良いのね……」
そりゃまあ、ケガの責任がオレにあるのは自明だし。それで竜胆が楽になるのなら構わない。私は一向に構わん!そのまま水の上でも走ればいいかい?
ただ、竜胆が良いのならばだけどね。
「どうする?途中まで乗ってく?」
「…………お願いするわ」
はいよー。
オレは竜胆の前にしゃがむと、竜胆をおんぶする。そういえば、あのマラソン大会の日もこうやっておんぶしたな。あの時は選択肢を失くすことで半ば強制的におんぶしたが、今となっては随分と素直になったものだ。
それにしても相変わらず軽いな。運動部とは思えないほどだ。それに何だかふわりといい匂いが香る。
「重くないかしら」
「全く」
姉ちゃんのほうが重いな。ちなみに姉ちゃんは、歩くのに疲れたら構わずオレに乗ってこれる強メンタルの持ち主だ。人目を気にしろ女子大生。
「あ、宗介くんの荷物持とうか?」
歩き始めると、アリアはそんなことを言った。
「じゃあ、このビニール袋だけお願いできるか」
「了解。何これ?たこ焼き?」
たこ焼きと焼きそばだな。
「ん~、竜胆があの時何もまだ食べていないって言ってたからな。折角お祭りにきたのに屋台の物を食べないなんて少し寂しいだろ。だからお土産だ」
「「…………」」
「ああ、別にいらないなら遠慮なく言ってくれ」
「「…………あざといなと思って」」
「人の善意をあざといって言うのやめようね」
何の含みもない100%の善意だからね。
「その、ありがとう。いただくわ」
「ああ、そうしてくれ」
「ねぇねぇ、宗介くん。私の分は?」
「くははは、罠カードオープンだ!そう言われると思って、それは全部1.5人前だ!二人で仲良く分けるんだな!」
「てい、てい」
ああ、わき腹をつつくのは止めてください。今、竜胆を背負っているんですけど?
「あ、そういえば宗介くんひどい!私のお誘い断ったのに、お祭りきてるじゃん!」
「…………え?いやだって、お祭りには誘ってなかったよな?」
確か、今日が空いているかどうかという話だった気がする。
「宗介くん。察する力だよ」
「今日のアリア、すごいな」
完全にお祭りの魔力にとりつかれていらっしゃる。暴走状態で無茶苦茶言いなさる。
オレはどうどうとアリアを落ち着かせる。
その時、オレに背負われる竜胆がぽつりと言った。
「でも、私も3人でお祭り回りたかったわよ」
思わず竜胆の顔を見てしまった。アリアも竜胆を見ている。竜胆は顔を赤くすると、肩に顔をうずめる。くすぐったい。思わず口に出てしまったのだろう。それは本心でもある証拠だ。
「そうだな。来年はちゃんと予定を空けておく」
「私も」
アリアはそう言いながら竜胆の頭を撫でる。
全くオレとしたことが、お祭りで盛り上がらない方が阿呆というものだ。お祭り実行委員が聞いてあきれる。
本音をこぼすもよし、テンション上がって黒歴史作ってもよしだ。まあ、人に迷惑はかけちゃだめだけどね。
「二人とも」
「なに?」
「何かしら?」
オレは竜胆を背負いなおすと言った。
「その浴衣すごいよく似合ってるな」
だから、こんな言葉をわざわざ口に出したのもお祭りのせいということで一つ。
「「……あ、」」
あー、もうその次の言葉予想できたわ。
「「あ、ありがとうございましゅ」」
…………それは、予想できなかったな。
思わず吹き出すオレと、照れ隠しに両側からオレの頬を引っ張るアリアと竜胆。そんな少し歪なシルエットをつくりながら、オレたち3人は星空の下をゆっくりと進んでいくのであった。
これにて第五章は終了になります。
ここまで続けてこれたのも読者の皆様のおかげです。読者の皆様には感謝しかありません。本当にありがとうございます!
では、よろしければ、第六章もお願いします。




