彼は哲学する
「アリアと連絡取れたぞ。すぐに来るってさ」
「そう。良かったわ」
アリアもスマホをずっと見ていたのであろう。トークアプリで連絡すると、すぐに既読とつき、返事が来た。「すぐに向かうね」というメッセージの他に「宗介くんもそこにいてね。お話したいから」というメッセージまでもきた。
お話したいだなんて、ちょっと照れるぜ。わざわざお祭りの時間を割いてまでオレのために時間を使ってくれるとは、友達冥利に尽きると言うものだ。
……お話だよね?お話と書いて尋問と読むとかそういうたぐいのものではないよね?ないはずなのに、おかしいな。オレの第六感が逃げろと叫んでいる。アリアになんかしたっけ、オレ。
オレは夏休みのことを思い返しながら、竜胆の隣に並んだ椅子に座った。
隣のテントからはおじさんたちの笑い声。もしかしなくても、お酒入ってるな。お祭りで起きた問題解決とかできるのだろうか。そんなことを危惧しながら、オレは水風船を使って螺〇丸の修行を開始する。はぁー!
「水風船をじっと見つめたりして、何をしているの?」
「螺〇丸の修行」
「それで修行になっているの?」
「やり方はあってる」
「じゃあそれ以外のことが全部間違っているのね」
違うよ?どうしてそんなひどいこと言えるの?ただチャクラを感じることができないだけだよ。
「そういえば、竜胆は出店で何か買ったのか?」
「いいえ、まだ何も」
「むむっ、それはお祭り実行委員会として見過ごせないな。近くの屋台にでも行くか」
「大丈夫よ。アリアと合流してからゆっくり楽しませてもらうから。あなたは……聞かなくても、お祭りを満喫していることはわかるわ」
「いえいえ、そんなそんな。こちとら仕事もありますんでねぇ。へっへっへ、満喫と言うほどでも」
「…………」
「はい。滅茶苦茶満喫してます。お祭り大好き」
三下キャラは気に入らなかったようだ。ひさしぶりのジト目だった。どうもありがとうございます。
そういえば、三下というのは、サイコロ博打が由来らしい。あの丁半当てるやつで3より下の目は全然勝てないことから来てるそうだ。三下なんて上条さんと一方通行さん以外に使っている人を見たことないけど。上条さんギャンブル好きなのかな?絶対勝てないからやめた方がいいよ。
オレは水風船をバインバインとつきながら、お祭りの喧騒に耳を傾ける。やはり、この騒々しさというのもお祭りの醍醐味だよな。
やっぱりお祭り好きなんだよな。
「……好きってなんなのかしら」
オレの心の中を読んだように突然ポツリと竜胆はそう呟いた。それから思わず口に出たという風に、はっと口を抑える。
好きとは何か。難しい問いだな。
「心が求めること、とかかな」
オレはそう答えると竜胆は驚いたような顔をしてこちらを見る。
え?何独り言だったの?それなら勝手に口を挟んでごめん。確かに雑談の話題としては哲学的だと思ったけども。
「……割とまともな答えが返ってきて驚いたわ」
そっちか。そしてひどいよ。
「あなたは、」
言いかけて竜胆は一度言葉を切る。
「あなたは誰かを心から求めたことはある?」
「そりゃ、あるさ」
オレは即答した。
「ある、のね…………今も、今も求めてる?」
「ああ、この気持ちはとどまることを知らないな」
「…………」
「その人といつでも一緒にいたいし、その人のどんなことでも知りたい」
「…………」
「その人のどんな言動でも尊いと思うし、その人のどんなグッズでも買っちゃう」
「…………………………………………………グッズ?」
「朝からその人の活躍シーンを視聴しないと一日が始まらないレベル」
「日下部くん」
「何?」
「二次元のキャラをその人と呼称するのはやめて」
竜胆は大きく大きく息を吐きだした。
「そうよね。あなたにまともな回答を期待したのが悪かったわよね」
「さっきと同じくまともな回答だったと思うけど、竜胆はどんな回答を想定していたんだ?」
「……その、本当の女の子を求めたことがあるか、ないかとかよ」
「本当の女の子って表現面白いな」
つまり、それはオレが恋したことがあるかということだろうか。ふむ。
「ないなぁ」
「そう」
竜胆は自分から聞いてきたくせに、素っ気なく答えた。何だか微妙な表情をしながら。
「というか何で突然そんなことを聞くんだ。女子は恋バナが好きと聞くけど、竜胆はそういうタイプでもないだろうに」
「それは……………………そう!と、友達が私に聞いてきて、答えられなかったから、他の人の意見も聞いてみようかなと」
へぇ、友達がね。その言い方だと、何か嘘っぽく聞こえるな。まあ、嘘をつく理由もないし、本当のことなのだろうけど。
竜胆の友達と言える人は、アリア、オレ、ギリギリ神楽坂さんぐらいだろう。そしてまずオレはそんな話題を振ったことがない。そして神楽坂さんもこんな話題を振るとは思えない。なぜなら彼女の中には誰にも脅かされることない確固たる「好き」が存在しているからである。そこに彼女が疑問・疑念を覚えるとは考えにくい。
ならば消去法により、この話題を竜胆には振ったのは、アリアということになる。
何故アリアは竜胆にその話題を振ったのだろうか?オレの数多のラブコメを吸収してきたセピア色の脳細胞が高速回転する。
導き出された答えはそう!遠回しのアピールに他ならない!
どうやらアリアは親友より先のステップへと踏み出そうとしているらしい。
おいおいおい、そんな展開がここで来るか。もえるな。
しかし、同時にここは悩みどころだ。
アリアと竜胆は親友同士であるから、男のオレが二人に近づくことをオレは許容している。しかしカップルになってしまったら、百合に挟まる男は処すべしの原則のもと、オレはオレを裁くだろう。
勿論、アリアと竜胆のことだから、例え二人が付き合ったとしてもオレとの関係は変わらずにいてくれるだろう。しかしそんなことは理由にならない。だってそれが世界のルールだから。
だからここが分水嶺。彼女らの背を押すべきか押さざるべきか。
答えは最初から決まっていた。
大切なのは彼女らの幸せなのだから。
背中を押すに決まっている。
「竜胆」
「何かしら?」
「大丈夫だ。自分の気持ちとアリアの気持ちを信じて突き進むのが吉だ!」
「あ、あなたは何を言ってるのよ!」
竜胆が声を大きくして言った。え?そんな変なこと言ったか?いや、これは脈ありというやつか。
「竜胆」
「何よ?」
警戒してる?
「ちょっと先人たちの意見を聞いてみよう」
「はい?」
「さっきの質問についてスマホでググる」
オレはスマホを取り出すと人を好きなることとはどういうことか調べてみる。生憎、オレの体験談は先ほど却下されたので、他の人の体験談を調べてみることにしよう。これでその体験に竜胆が共感すれば、アリアへとぐっと近づくことだろう。
「ええっと、人を好きになったら…………」
「とても恥ずかしいことを調べ始めたわね……」
「一日中一緒にいたくなって、彼女のことはなんでも知りたくて、どんな行動も可愛い、だってさ。…………あれ?これさっきオレが言ったこととほぼ同じじゃない?」
「役に立たないネットね」
オレの意見に対する当たりが強い。
では、他の意見、意見っと。いや、色々なサイトがあるな。最早、どれが本当か嘘かも判断できない。というかどれも怪しいし、うさんくさい。えっと、まともそうなものは。
オレは比較的落ち着いた雰囲気のサイトの意見を読むことにした。
『人を好きなるとどうなるか』
…………
その人を見るだけで笑顔になる
その人のバカな所も愛おしくなる
その人の体験を共有したくなる
その人に触れたくなる
その人と話していると気分が落ち着く
その人のダメな所もつい許してしまう
その人から与えられる些細なことでも嬉しく思ってしまう
…………
よくこんなに書くことがあるものだ。というかちょくちょく意味被ってるし。間に広告を挟むためにこんなに長いのだろうか。邪推にもほどがあるか。
「とまあ先人たちの意見はこんな感じだな」
書かれていることはまともなような気がする。知らんけど。でもまあラブコメで同じようなことをヒロインが思ってたら、確かにもう好きになってるって感じだ。はっ!つまりラブコメこそ恋の教科書!
ならば今度おすすめラブコメを竜胆におすすめするべきか?いや、そこは普通に少女漫画か?
「なあ、竜胆は、ラブコメと少女漫画どっちがいいと思う?」
「…………。」
「竜胆?」
オレはマスクを外すと、下を向いたまま固まっている竜胆の顔を覗き込む。
「…………!」
オレと目が合った竜胆ははじかれる様に立ち上がる。
「危なっ」
勢いよく立ち上がりすぎて、椅子にぶつかり後ろに倒れそうになる竜胆の手を取って、こちらへと引っ張る。
ポスンとオレの胸におさまる竜胆。
「…………ッ」
「ぐほぉぁ」
竜胆はオレを突き飛ばす。
そのまま竜胆は後ろを向くと、テントを飛び出していった。
見たこともないぐらいに、顔を赤くして。




