彼女はやっぱり美人である
男というのはバカである。またアホでもあり低俗でもある。それが私が生きてきて得た教訓だ。話しかけるだけで好意を持ち、少し親切にするだけで私が好意を持っていると勘違いする。それを防ぐためには無視をするか、徹底的に冷たく接する。勘違いをする余地など与えないことが重要だ。
男子にだけそういう風に接していたつもりだったが、最近ではそのイメージが女子にも定着してしまったのか、怖がられているのを感じる。別に寂しくないわ。だって私にはアリアがいるもの。小学生の時からずっと私の傍にはアリアがいたし、アリアの傍には私がいた。
でも最近、アリアがある男子に近づくようになった。それは日下部宗介という変態だ。事あるごとにアリアに絡んでくる変態だ。冷たく接してもへらへら笑って近づいてくる変態だ。私服登校の高校でわざわざ学ランを着てくるような変態だ。
アリアはああいう人がタイプなのだろうか?確かに顔はそこそこ整っている。勘違いしないでほしいのは別に私の好みで判断しているわけではないこと。一般的に、そう一般的な基準で整っているの。顔の対称性が高いとかそういう基準よ。
でも性格はいただけない。いつも適当な発言をしてこちらを煽ってきたと思ったら、次の瞬間には急にへりくだったりする。あんなものと一緒にいたらこちらまで変な目で見られてしまう。現に今私たちが座っている場所には誰も近づかない。目が合ったものならふいと逸らされる。日下部君の前の席のた、た、た、田中君?なんかは絶対振り向いてなるものかという力強い意志を感じる。
……まあ少しだけ私が日下部くんに強く当たりすぎているというのもあるかもしれない。それに引かれている可能性もある。でも彼が悪いのだし、壊れているものは強い衝撃を与えて直すしかないじゃない。
さて、こいつも叩いたら直るかしら。
「ねぇいいじゃん。いいじゃん。連絡先ぐらい教えてよ。ね。ね。大丈夫、心配しないで。俺結構ネットリテラシー高いから、他の人に竜胆ちゃんの連絡先漏らしたりしないからさ」
試してみる価値はあるわよね。だって完全に壊れているんだもの。
部活の自主練が終わり帰ろうとするとこの先輩が待ち伏せしていたのだ。そしてずっと話しかけられていた。ずっと無視して歩いてきたわけだけど。
この男は男子テニス部の先輩だ。名前も聞いたが忘れてしまった。おそらくギャル・ギャル男とかだろう。そして先輩に注意された要注意人物でもある。彼女がいるくせに色々な女を口説いていることで女子の間では有名だ。でも成績は優秀、テニスの実力も高く、先生の受けもいい。口説く女も口説かれたことを広めなさそうな女子を選んでおり、スピーカーのような女は避けているようだ。
私もそう思われているらしい。憎たらしいことに正解だ。わざわざ先輩のことを広めようとはしないだろう。口に出すのもおぞましく、早く忘れ去りたいと思っているから。
こんなことなら女子テニス部の一緒に帰ろうという誘いを断るんじゃなかったわ。誘われたら断るという私のオート機能が作動してしまった。アリアも今日は家の用事とかで先に帰ってるし……
バス停までもう少しだけど、一緒に乗り込んできそうよね。それこそ地獄。その前になんとかしたいものね。
そんなことを思っていたが、ここまで無視し続ける私に業を煮やしたのか、先輩が私の手首をつかんできた。悪寒が全身を走る。立ち止まって先輩をにらみつけると私は左の拳を握った。もちろん先輩のにやけ面に叩き込むためだ。
「ぶへはぁ!」
世界がスローモーションになったように感じた。衝撃的なものはスローモーションで見えるというが、本当のことだったようだ。私が見たのは横から飛んできたカバンが先輩のにやけ面に横からめり込むところだった。その衝撃で私をつかんでいた手が離れる。
ばっとカバンが飛んできた方向を見る。
そこにはあの変態がいた。いつもと同じように学ランに身を包んだバカがいた。そのアホはまるで試合で勝ったかのように渾身のガッツポーズを決めていた。
褒めてあげるわ日下部くん。でもあなたは面倒くさいことになりそうよ。
日下部くんはひょこひょことこちらに近づいてくる
「どうも伊万里さん、もしかして知り合い?カバンぶつけちゃまずかった?」
「安心しなさい知り合いじゃないわ。ぶつけた後に聞かれても遅いと思うけどね。というか私に当たったらどうする気だったの?」
「今度はポケットに入ってるスマホを投げる」
「そう、数打てばあたる戦法だったのね。あなた後で死刑よ」
「ハンムラビ法典どころじゃない!?」
目には目をなんて甘いわ。最近のトレンドは倍返しよ。これももう古いかしら。よく考えたら私は被害を受けていないわけだけど、そんなことは些細なことよ。
「ちょちょ、お前なんだよ何してくれてんだよ!」
当てられた日下部くんのカバンを投げ捨て、日下部くんに詰め寄り頬を抑えながらがなる先輩。でもだめよ。日下部くんもう投げ捨てられたカバンにしか意識がいってないから。自分で投げてきたくせに投げ捨てられて悲しそうな顔しているもの。私が拾いに行くからそっちを処理するのに集中してくれないかしら。
「……あのあれだ、知らない人にナンパするっていう勇気はすごいと思うけど、嫌がっている人に無理矢理はよくないと思うよ」
そんな一般的なことじゃなくて、いつもみたいに意味不明なこと言いなさいよ。
「はぁ知らない人じゃねぇから。オレその子の学校の先輩だから。というか嫌がってないし。あ、お前モテなさそうだからわかんないか。こういうのを脈ありっていうんだよ」
そのあまりにもな発言に、あの日下部くんが固まった。そして目を丸くしながらこちらを見る。
「これうちの学校の先輩?」
「ええ」
「……うちって進学校のはずだよな」
「バカでも入れるんでしょ。あなたも入学しているわけだし」
「こりゃ一本取られた」
いい感じよ日下部くん。特に今の顔がすごくむかつくわ。あっちももう顔真っ赤で今にも手が出そう。手が出たらこっちのものよ。大丈夫私がちゃんと証言するわ。あの男が一方的に殴り掛かってきたんです、と。
「時に伊万里さん。こういう時の対処法を知っているかな」
「あるなら早くやって」
「へーい」
日下部くんは懐に手を入れる。何か武器でも出すのかと先輩も警戒している。日下部くんは取り出したものを両手で頭の上に掲げた。
「不審者にはこれ!そしてこう!」
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!
防犯ブザー。小学校の時に誤って鳴らした記憶がよみがえる。
「うるせ。バカ!こんなとこで鳴らしてんじゃねぇよ!」
「ええ?」
「止めろよ!目立つだろうが!」
「ええ?」
「絶対聞こえてんだろ!止めろぉぉぉぉぉ!」
「ええ?」
この「ええ」三連発にあきらめたのかしぶしぶと私たちから離れていく。途中で私を見ながら言った。
「竜胆ちゃん。友達はちゃんと選んだ方がいいよ」
別に友達じゃないわよ。
「ええ?」
「お前に言ってねぇよ!」
先輩は舌打ちを一つするとこちらに背を向けて駆けだした。
日下部くんは両手を交差させて防犯ブザーを止めると、日曜朝のヒーローのようにポーズを決めて一言。
「悪はほろんだ」
本当にバカ。でもこのバカのおかげで助かったのもまた事実。
私は彼のカバンを拾いに行ってあげる。しかし拾おうとしてこぼす。手が少しだけ震えていた。ふんと鼻を鳴らしもう一度しっかり掴んで、日下部くんのところに戻る。
「そういえば友達じゃないって、あの先輩に言うの忘れたな」
やっぱり聞こえてるじゃない。私は彼のカバンを彼の背中めがけて投げつけた。
「いっ!あ、どうも」
刑の執行かなとぶつぶつつぶやきながら、なんてこともなさそうな彼。
本当にムカつく。




