彼は祭りの平和を守る
オレはお祭りの運営スタッフのバイトに来ていた。
このお祭りの運営の偉い人が生徒会長の親戚らしく、生徒会長を通じてバイトしないかと頼まれたのだ。お祭りの中を歩き回り、迷子とか落とし物とかをどうにかしたり、近くのトイレの場所とか教えたりする簡単なお仕事だそうだ。また見回り中に屋台を楽しむのも可ということで、オレはそのバイトを二つ返事で引き受けることにしたのだった。
オレは鼻歌まじりに屋台の間を歩いていく。大人カッコいいオレだから、意外に思うかもしれないが、オレはお祭りが好きなのだ。
手には水風船とわたあめ。わたあめはアニメ等の袋に入っているものではなく、そのままで渡されるやつ。水風船は先ほど荒稼ぎしたやつだ。紐が切れるまで何個も取っていいと言われたので遠慮なく、まとめて釣り上げた。
頭には般若のお面をつけている。これまたこういった普通のお祭りではアニメのお面しか売ってないものだが、一つ異色のお面屋があったのだ。そこのラインナップは般若から始まり、狐、翁、おかめといった風に和風なお面が並んでいた。オレは光に引き寄せられる虫のようにそのお面屋に導かれると般若のお面を購入していた。なお売れ筋は天狗と狐らしい。そういえば先ほどもかき氷屋の前で「判断が遅い!」という声が聞こえたな。お祭りのかき氷屋はやたら種類があるんだから、ゆっくり選ばせてやってよ。
そんな風にオレはお祭りを楽しみながらも、オレはお祭りの隅々まで監視の目を光らせていた。はむ。わたあめ、うまい。暴力的な甘さだ。体中にきくぜ。
「む」
祭りの騒がしさとはどこか別のざわめき。その周辺は人の波が滞っていた。何かトラブルだろうか。
喧嘩とかややこしそうなトラブルが起きた場合は、腰につけているトランシーバーでお祭りの本部に連絡しなければならない。そこはちゃんと偉い人が出張ってくれるらしい。なんだこの職場ホワイトすぎんか。
別にオレのバイト先がブラックというわけではない。うちの店長も同様にクレームがきたら、すぐにこっちに任せていいからねと言っている。まあ、最近はクレーマーの対応にも慣れ、店長に任せることもなくなってきたが。「日下部くんって言動のわりにまともだよね」と店長に言われた。この常識人に向かって何たる言い草か。クレーマーを遅々とした対応でいらつかせた後に、店長にお任せするぞ。常識人の発想ではなかった。
それはともかく、この騒ぎだ。
オレは般若のお面を装着すると、人込みをかき分けるように騒ぎの中心に向かった。
はいはい、通してねー。わたあめ持ってるよー。道開けてねー。
騒ぎの中心。
そこには女の子に一生懸命大声で話しかける男がいた。ナンパだろうか、別れ話だろうか。どっちにしろ迷惑な男である。
その男は女の子の肩を掴むと無理矢理に振り向かせる。
女の子の顔を見た瞬間、オレの手から水風船はなくなっていた。
「ひと~つ、人の世の生き血をすすり、ふたつ、不埒な悪行三昧、み~つ醜い浮世の鬼を、退治してくれよう!」
一体誰の許可を得て、竜胆に触れているのか!
全くもうぷんぷんですよ!
オレは未だに頬を抑えるだけで状況を飲み込めてなさそうな男と、呆れたようにこちらをみる竜胆に近づく。何故に呆れている?
「おっ、おま、君、いきなりなにすんの!」
オレが近づいたことで、水風船の持ち主がオレだと把握した男がこちらに食って掛かってくる。
「すみません!信じてもらえないかもしれないんですけど、故意なんです!」
「こんなことが事故なわけ……今、故意って言ったか!?事故なんですみたいに言うなよ!?信じるわ!紛らわしい前置き使いやがって!」
「おい、兄ちゃん、罪を認めて楽になっちゃえよ。お袋さんが泣いてるぜ」
「待て待て、話が急展開過ぎる!キャラがごちゃごちゃだ!」
「母さんが~♪夜なべして~♪」
「その歌で泣かないからな!?だってうちの母さん夜なべしたことねぇし!そんな郷愁の思い出なんてねぇし!というか般若のお面被っといて、手段に説得を選ぶんじゃねぇよ!手出せ!手!」
「最初に出しましたけど」
「確かになぁ!」
はぁはぁと肩で息をする男。なんか最初の雰囲気とは違うな。こちらが素なのだろうか。
竜胆に不埒な行いをした悪逆の徒でありながら、ツッコミのセンスには目を見張るものがあった。
くすくすと周りから忍び笑いがもれる。顔を赤面させる男。おいおい照れるなよ。これはお前のツッコミに対する賛辞だぞ。
オレはゆっくりと彼に向かって拍手をし始めた。それは次第に周りへと伝播していき、祭囃子にも負けない万雷の拍手へと変わったのだった。
「…………ッ」
彼は顔を伏せると、足早に群集の中へと消えてしまった。
次は良い相方を見つけるんだぞ。
滞っていた人の波も徐々に流れ始める。
あ、本部に連絡する忘れたけど、まあいいか。彼は拍手に満足して引っ込んだわけだし。
「はい、どうぞ日下部くん」
竜胆がオレが飛ばした水風船を手渡してくれる。
「あ、どうもありがとうございます」
投げて地面に落ちたいうのに、水漏れしている様子はない。意外にも丈夫なんだな。流石は子供向けのものだ。いくらか乱暴に扱われるのは想定のうちということか。
……………ん?今、日下部って言った?
竜胆はオレのことをまっすぐに見つめていた。オレはお面を顔から上げる。
「よく、見破ったな」
やっぱり戦隊ヒーローとかって声とかで正体バレバレなのだろうか。
「そうね。声がそのままだったし、それに人前であんなことできるのあなたぐらいだもの」
「へへっ」
「わかってると思うけど褒めてないから、得意げな顔で鼻の下を擦るのやめなさい」
「この動作って何の意味があるんだろうな」
「知らないわよ」
そんな話をしながら、改めて竜胆の格好を見る。
竜胆は黒をベースとして、あちこちに花火が咲く浴衣を着ている。長い髪も高めの位置でまとめられていて、簪がささっている。手には巾着袋。足元は下駄。とてもよく似合っていた。
良いな竜胆。わかっている。
すごくお祭りっぽい。これが風情というやつかね。
オレはうむうむと頷く。
「日下部くん」
「ん?」
「先ほどは助けてくれてありがとう」
「いいよ、いいよ。ああいうトラブルの対処も仕事のうちだから」
「……その法被を見て、もしかしたらと思っていたけれど、仕事中なのかしら?」
「そうだよ。お祭りの見回りのアルバイト」
オレはわたあめに食らいつく。早く食べないと溶けちゃう。手は気が付けば水風船を弾ませている。
「仕事中なのよね?」
「だからそうだって」
何故2回確認した。はむはむ。
じっと見つめてくる竜胆。
竜胆の言いたいことがわかった。目は口程に物を言うとはこのことか。オレは水風船をひとつ竜胆に渡そうとする。
「一個だけだぞ」
「いらないわ」
「まじ?いらないの?変わってるな」
「それはあなたよ」
それならばとオレはわたあめを向ける。
「じゃあ、こっちか。一口食べる?」
竜胆は静止する。
「…………いただくわ」
少しだけ時を置いて竜胆はそう言った。竜胆は垂れてきた髪を耳にかけると、小さな口でわたあめをついばむようにして食べた。
「……あまいわ」
そりゃそうだ。さて。
「それで、アリアはどこに居るんだ?当然一緒に来てるんだろう?」
「はぐれたわ」
「こういう人混みでは、ちゃんと手を繋いでないとダメだぞ」
「あなた、一体私を何歳だと思ってるのよ」
でも、現にはぐれているわけだから、手を繋ぐのはありだったと思うぞ。なによりその光景をオレが見たい。
「申し訳ないのだけれど、日下部くんからアリアに連絡をとってくれないかしら?私のスマホ、充電切れてるのよ」
「いいぞ。でもその場合、運営本部にいかないといけないんだが、構わないか?オレのスマホ、そこに置いてあるカバンの中なんだよ」
「……純粋な疑問なのだけど、どうして持ち歩いてないの?」
「仕事中はスマホいじっちゃダメだろ」
「…………。」
「なに?また一口欲しいの?」
竜胆は手でおでこを抑えながら言う。
「いえ、結構よ。その本部に行って、アリアへの連絡お願いできるかしら」
「了解。ごくん。じゃあ、ついてきてくれ」
オレは食べきったわたあめの棒を持っていたゴミ袋に入れ、ポケットに突っ込むと歩き始めた。
その瞬間、後ろからの力がかかり、つまずきそうになる。オレの体幹が優れてなかったら危なかった。
振り返ると、竜胆がオレの手首をぎゅっと掴んでいた。
何故かその手を竜胆が驚いたように見つめている。
「何?どうしたの?」
「…………あ、その、汗ばんでるわ」
「そりゃそうよ!急に何でデリカシーゼロになったの!?」
「……こほん。逸れたらいけないでしょ。あなたが」
そう言って竜胆は恥ずかし気に目線を逸らした。
ほほう、現在進行形の迷子が言いよる。オレの方が逸れるということを倒置法で強調しやがって。
もちろんこれが竜胆の本心ではないことは、百も承知だ。
もしかしたら、先ほどの男がした強引なナンパは、竜胆を不安にさせたのかもしれない。無意識に人肌を求めてしまうほどに。ならば、これを追求するのは野暮というものだ。
「そうだな。もしかしたらオレが逸れちゃうかもしれないしな」
「そうよ、あなた落ち着きがないもの」
「ええ……」
みんな!気遣いに気遣いが返ってくると思ったら大間違いだぞ!それにしても、どうしてディスが返ってくるんですかね。
げんなりしたオレを見て、竜胆は微笑を浮かべる。
……まあ、いいか。そうオレに思わせてくれる笑みだった。
オレは竜胆の歩く速度に合わせながら、お祭りの中を歩き始めた。




