彼らはとても仲良しですよ?
「それでは、高校生3名様でのご利用ですね。友情割が適用されます」
神楽坂姉妹と一緒に映画のチケットを買う。前行った別の映画館ではチケットの発券は機械化されていたが、この映画館では人間が行っている。割と大きめの映画館なので、きっとここも数年後には発券機を導入するだろうな。
全てを機械化することには、わかりにくいとかで反対する意見もあるらしいが、オレはどっちでもいい派だ。ただ接客業に従事している身としては、接客の一部分でも機械にやってもらいたいという意見は割とわかる。オレも接客している時、「オレは心なき機械だ」と思いながらする時あるし。うん、これはきっと違う話だな。
「お席はどちらになされますか?」
そう言って受付の人はタブレットを差し出してきた。そうだった。機械化の波はもう訪れていたんだった。空いている席が一目でわかる。やっぱり機械化は便利なのかもしれない。
さて、映画館で座る席の位置も割と好みが出るところではないだろうか。オレは断然一番後ろのど真ん中だ。やっぱり真ん中が一番見やすいし、一番後ろだと後ろの人のことを気にしなくていいから楽だ。たとえカップルに挟まれようがそこを選ぶ。まあ、オレが好んで見る映画にカップルなんて少ないのだが。前に見た日常系アニメの映画もオール男のオール個人だった。皆さん気高き独身貴族のようだな。うん。きっとそうに違いない。
それは兎も角、お二人さんの席の好みはどんなもんだろうか。
オレは華恋と顔を見合わせる。
華恋は首を傾げたあとニパーと笑みを見せる。その笑顔プライスレス。
神楽坂さんと顔を合わせる。神楽坂さんはこくりと頷くと答える。
「ここの2席と、あと遠く離れたこの1席をお願いします」
「ちょっと?」
今の頷きは果たしてなんだったんだ。
「仲間に入れたなら最後まで仲間に入れてくれい」
「え?ポ◯モンでも最初に捕まえた6匹で最後まで行かないよね?」
「誰が最初の草むらのポ◯モンだよ」
育てれば最後まで戦えるんだぞ。連れてってくれよチャンピオンの所まで。
「あの、流石にこれでは友情割の適用外になります……」
そりゃそうだ。友情が欠片もったもんじゃない。
受付の人に迷惑をかけるわけにもいかないので、オレたちは普通に真ん中よりちょっと後ろぐらいの並んだ3席を購入した。オレは受付の人からチケットを貰う。
「ねぇねぇお姉ちゃん、宗介」
「なんだ」
「何々華恋?ポップコーンが食べたいの?じゃあ、浴びるほど買おうね」
甘やかしがすぎる。
「ポップコーン!買う!」
「浴びるほどは流石に飽きると思うぞ」
「やだなぁ宗介。今のはお姉ちゃんの冗談に決まってるだろ」
「そうですね」
いや、あれは本気の目……違った、狂気の目だった。まあ、どちらにせよ冗談ではない。
「あ、じゃなくてさ、席順どうする?」
「華恋が好きにしていいのよ?私を好きにして」
何の話をしてるん?
「オレもどこでもいいかな。華恋が決めていいぞ」
オレはそう言って先ほど貰った3枚のチケットを華恋に見せる。
「わかった。ありがとう!じゃあこれとこれ!」
華恋はオレからチケットを2枚受け取ると「じゃあ、こっち!」と1枚を神楽坂さんに渡した。
席が決まったので、オレたちは売店で食べ物と飲み物を購入するとシアター内に入場するのだった。
***
「やっぱり映画館ってすごいわくわくするな!」
オレの左側で席に座りながらそうニコニコと笑う華恋。
正面の画面を見詰めるオレ。
そしてオレの右側でオレに視線を突き刺す神楽坂さん。
……なるほど。そうきたか。
確かにオレは華恋が決めていいと言った。だが、どこかで華恋が真ん中の席に座るんだろうなと思っていた。
しかし、今の席順は神楽坂さん、オレ、華恋の順だ。どうしてオレはこんな所に……。
「あ、ちょっとトイレに行ってくるな」
「ああ」
大事だな。もしかしたら映画の良い所でトイレに行きたくなるかもしれないからな。そんなのは自分にとっても他のお客さんにとっても良いことはないだろう。
小走りで華恋はシアターの中から出ていった。
「席、変わるか?」
「……結構よ。華恋の好きにしていいって言ったのは私だもの」
「オレも言ったなぁ」
しかし、何でまたこんな席順に。華恋も真ん中の席に座る方が楽しいだろうに。そうしたらこちらは両側から甲斐甲斐しくお世話する所存。
「多分華恋は私たち2人に仲良くして欲しいのでしょうね」
「仲良く?」
「今日の私たちの会話を聞いてそう思ったんじゃない?」
「ああ、なるほどな」
確かに友情云々の話をしていたし、とらえようによっては仲が悪いと思われるかもしれない。
誤解なきよう言っておくが、別にオレと神楽坂さんは仲が悪いわけではない。と、オレは思っている。少なくともオレは神楽坂さんのことを嫌いではない。
ある意味で遠慮がない関係だし、ある意味では互いに一線を引いているとも言える。
まあ、ただのクラスメイトであるわけだから、むしろ一線引いているほうが正しいのだが。
「「…………。」」
そりゃ、無言にもなるさ。華恋の話題を振ってもいいがそれは、諸刃の剣。
仕方がない、ここはオレの超おもしろトークで映画が始まるまでの間をつなぐとするか。
「最近考えていることがあるんだ」
「急に何?」
「コーヒーっていう飲み物があるだろう。あんなものをどうして社会人の皆さんは飲むのだろうかってな」
「……あの独特の風味を楽しんでいるのはないの?」
「オレも最初はわざわざ苦いものを飲むことで自分は大人であるというマウントをとっているだけだと思っていたんだ」
「会話をする気がないのならこちらも武力に訴えるけどいいよね?」
「だが、最近新たな説が浮上したのだ。コーヒーの特性を皆が利用しているのではないかという説だ。そう、それは利尿作用」
「…………。」
「彼らがコーヒーを飲む理由それは、仕事中のトイレ休憩を増やすことで、働く時間を短くしているのだ!」
ぎゅむと頬をつままれる。
「法廷で会いましょう」
「いひゃいです」
やめて、頬をひっぱりゃないで!
「はぁ、何で急にそんなセクハラとも取れる話を?」
「小粋なトークで間を持たせようかと」
「それが粋だと思っている感覚を軽蔑する」
「感覚を軽蔑する!?」
すごい罵倒がきた。もう、感覚なんだからどうしようもないんだけど。
「だって神楽坂さんとは共通の話題もないし」
「テニスは?」
「あ、ごほん、テニスね。うんテニステニス。それだよね」
「変態」
「いひゃい、いひゃい。どうもすみませんでした」
はい、オレは女の子にトイレの話題を振った変態です。ごめんなさい。
神楽坂さんはパッとオレの頬から手をはなす。許しを得たのだろうか。
「ただいま~」
違った華恋が帰ってきたからだった。ムフフと笑いながら、華恋は席に座る。よっぽど映画が楽しみなのだろうか。
ずいと華恋はオレに顔を近づける。
「お姉ちゃんと仲良くなったみたいで良かった」
華恋はオレの耳で小さな声でそう言った。見てたのか。
「そうでもないだろ」
オレの柔肌がもてあそばれただけだし。
「え~そうでもあるよ~」
あ、ごめんなさい。耳元で伸ばし棒を発するのはやめていただきたい。こそばゆいので。くすぐったいのがバレたらもっとやられそうなので身じろぎせずに耐える。
「えい」
そんなオレに何を思ったのか、掛け声と共に華恋はオレの頬を軽くつまんだ。
「お~」
何故か感心したように、オレの頬を上下左右にひっぱる。神楽坂さんと違ってほとんど痛くないのが華恋の優しさか。でもね、華恋がオレの頬を触ることをきっかけにして、オレの右太ももが神楽坂さんに蹂躙されてるのよ。
ちらりと神楽坂さんを見る。あれまあ、綺麗な笑顔だこと。むしろ怖いわ。もしかして秘孔とかついてきている?この後消灯しようものなら、「お前はもう死んでいる」と言われてもおかしくはない。
現実は儚い。
オレが現実を憂いていると、華恋が頬から手をはなし、また話しかけてくる。そろそろ映画が始まるから静かにした方がいいと思うぞ。
「ねぇ、宗介」
「なんだ?」
「楽しみだな!」
華恋はそう邪気のない笑顔をオレに向けた。
その笑顔を見て、映画の後に感想を言い合ったりするのも、もしかしたら悪くないのかもしれないとオレはそう思った。
やだ、オレの手の平くるくると回りすぎ。
明かりが消え、そして映画が始まった。
***
そういえば、新発見なのだが、華恋って興奮すると手近なものを握りしめる癖があるようだ。彼女の左手に持っていたポップコーンの容器はしわしわだったしね。うん、それとオレの左手にも温もりが残ってるし。
…………映画が見終わったあと、オレの右太ももの感覚はなかった。




