彼は授業を真面目に受けている
この高校に特に不満はない。どの先生もキョンシーの格好をしていたオレに対して注意しない心の広さを持ち合わせている。それどころか、その日は一回も当てられず先生とも目が合わなかったレベルだ。唯一バーコード先生だけが「そのお札邪魔ではないですか?」と聞いてきた。オレもそう思う。キョンシーはどういう視界で生きてんだよ。いや違う。確かお札を貼られたら止まるんだよな。つまりは視界を気にする必要がないのか。何事も経験してみるものだな。こんな所にも新たな気づきが転がっている。
そんな広い懐を持つ高校にも一つだけ不満が存在する。それは、
「なんで体育は女子と一緒じゃないんだ……」
「そういうことを口にだせちゃうのが、日下部のすごいところだよな」
体育の時間一緒にストレッチをしている、た、た、た、田中?が褒めてくれる。
喜べボッチども。この体育の先生は好きな人と組んでくださいなんて言わない。名簿順でペアを組ませられるぞ。
「そんなに褒めるなよ田中」
「小島だよ!てかそんなわかりにくい間違い方するなよ!」
「……おお、せやな」
思わず関西弁がこぼれた。びっくりするよ。そんな急にテンションを上げられたら。純粋に名前を間違えたんだ、ごめんよ。
「………悪い。小島で生まれたからには、名前を間違えられたらこうなる宿命なんだよ」
「難儀な宿命を背負ったもんだ。名前間違えて悪かったよ小島」
「本当だよ。名簿順で組んでんだから田中なわけないだろ。遠すぎるわ。というか最初の席でも後ろにいたし、今の席でもお前の前にいるんだぞ?覚えとけよ」
「もうちょっとわかりやすいキャラ付けをしてくれると」
「そんなもんあるかよ。現実はみんなみんなモブばっかだ。お前らとは違うんだよ」
「オレのキャラ?優等生キャラか」
「そんなわけあるか」
「オレの生き様そのものを表す言葉だろ」
「優等生と生き様は随分食い合わせが悪いな。言っとくけどお前のイメージは変人だからな」
オレが変人とか見る目なーい。
「いや、お前が自分を優等生と自称するのはわかるよ。お前授業中はめちゃくちゃ真面目に受けてるし、当てられても淀みないし、アンケートとか何かの感想を書くときも枠びっしりに書いてるし。そのプリントがお前から送られてきたとき、固まったよ」
そうだろう。そうだろう。結局授業を真面目に受ける方が他のことに時間を多く割けるし、内申点を稼いでおくことが大事だということはわかってるのだよ。
「それが逆に怖ぇよ」
「逆にってなんだ」
「そりゃそうだろう。普段訳わかんない言動しているやつが人が切り替わったように真面目になるんだぞ!怖いだろ!お前もキョンシーに後ろで真面目に授業を受けられてみろ!気になってしょうがねぇよ!」
「研鑽が足りない」
「うるせぇ!」
落ち着けよ小島。な、ほら先生が集合かけてるし行こうぜ小島。どうどう小島。
「今日何をするんだろうな」
「お前予定表とか見ないの?体力測定だってよ」
「オレは未来に刺激を求めてるからな。予定表は見ない」
「お前社会に向いてないよ」
失礼なやつだな貴様。
「今日は外競技だから、50m走、立ち幅跳び、ハンドボール投げ、持久走だな」
「ふむオレが予想するに女子は内競技であの体育館にいるわけか」
「予想するまでもないけどな。忍び込むなよ」
「は、そんなことはしない。この距離でも十分感じ取れるからな」
「何をだよ」
イチャイチャの波動。
「はっ!今伊万里さんがアリアの足を抱きしめているビジョンが見えた!どういう状況だ?」
「上体おこしだろ」
「一体あそこで何が行われているんだ……」
「体力テストだろうよ」
「恐るべし体力テスト……」
「先生ー。ペアを好きな人と組ませてくださーい。俺耐えられませーん」
おいおい、無茶言うなよ。生徒の一存でそんなことを変えられるわけないだろ。わがまま言うなよ。ねぇ先生。先生?先生!来週からどうすると言うんですか先生!
***
「ほいじゃ今日最後の競技持久走な。最終周で先生がタイムカウントしてるから自分で自分のタイムはちゃんと聞いてけよ」
順調に種目を消化して最後に持久走だ。
意外なことにオレはこの競技に自信があるのだ。中学のテニス部時代には人一倍走っていたからな。うちの顧問は厳しい人でオレはすぐに罰走をさせられていたものだ。
そもそも中学時代の厨二病のオレとそのような厳しい先生の相性はよろしくなかった。
何ですか!頭と腕に包帯を巻いてちゃいけないんですか?テニスに何の関係があるというんですか!?頭にケガしてるやつに運動させられるか?ごもっとも。でも大丈夫。これはオシャレですから!あ待って待って取らないで!あ〜れ〜
とまあこんなことを日々繰り返していたら走る距離もかさむかさむ。最終的にはあらかじめ罰走したもんね。うん、それはただの走だね。もちろん罰走にカウントされるわけもなく。余計に走った人だね。
「この記録はマラソン大会の参考にするから真面目に走れよ〜じゃあよーい、ピィー」
先生の笛の音が響く。吹くタイプのやつではなくボタンを押して鳴らすタイプのやつだ。こんな所にもデジタル化の波が……!
「なあ小島くんや」
「なんだよ真面目に走れよ?」
「信用のなさ。いやねさっきのマラソン大会って何の話?」
「そりゃ全校行事のマラソン大会のことだろ」
「ほうほう」
高校にはそんなものがあるのか。マラソンということは学校の外に出るんだろうか。分別ある大人だと認められた証拠だな。
「それでタイム順にグループ分けしてスタート順を決めるんだよ。遅い方からスタートだ。女子と一緒になりたいからって遅く走るなよ」
「そんなことはしないさ。これでも走ることに対しては一家言持ちだ」
それにおそらくアリアと伊万里さんは別のグループでスタートだろう。遅くする意味がない。
「お前陸上部とかだっけ」
「いや、総合家庭科部」
「総合格闘技部?」
「間違いではない」
それはもう先輩には結構可愛がられてますんで。かわいがりを受けてますんで。
「というかお前余裕そうならさっさと行けよ」
「言われるまでもない」
オレは小島を置いて加速する。
はっはーオレは風だー!
他の生徒も風も音も時間さえも置き去りにしてオレは走る。走る。走る。誰にもオレを止められない!
オレは自分のタイムを聴き忘れた。恐るべしランナーズハイ。




