彼と龍が巡りあう
今日、オレは買いたい本の発売日だったため本屋に向かっていた。その本に思いを馳せ、ふんふんと鼻歌を歌いながら歩くその道中。
「あ、こんにちは。会長」
オレは生徒会長に出会った。
「む?君は……俺の強敵か?名は日下部……宗介といったか」
「そうです。そうです」
会長がオレの顔を見て、少し考えた後にそう言った。
ん?そういえば、オレこの人に顔を見せたことあるっけ?確かあの時はずっと鎧を着ていて顔は隠れていた気がする。そんな疑問をそのままぶつけてみる。
「よく知ってましたね。オレの顔」
「ああ、だって見たことあるからな。何でかは知らないが、文化祭の時にある2年生のクラスの劇に主役として出ていたのは君だろ?確か前半で引っ込んでいたが、あの声と君の声が合致したよ。だからわかった」
「そうですけど……」
あの時、確かオレは女装していて、声も裏声を使っていた。
この人は兜を被った状態のこもった声とあの時の裏声の持ち主が同一人物だと気づき、そしてその女装した時の顔と今のオレの顔が同一人物の顔だと気づいたのか……すごいを通り越して少し怖いな。どんな洞察力をしているのだろうか。
まだ、生徒会長だから生徒全員の顔と名前が一致しているほうがわかりやすかった。
……よく考えたらこれも怖いな。
「しかし、随分と文化祭では活躍していたじゃないか」
「いえいえ、そんなことはないですよ」
「謙遜するな。劇の主役もやっていたし、Aー1グランプリで優勝もしていただろ」
やはり、あのお化けもオレだと把握されているのか。
「そうですね。頑張りました。でも意外ですね。会長もああいうのには出るかと思ったんですけど」
何というか目立ちたがりですよね。口には出さないが。
「ああ、俺も出場資格があったら出てたかもな」
「出場資格?そんなものありましたっけ?」
「歴代優勝者は出れないんだよ」
なんと。まじか。一年から三年まで毎年出場して、三連覇しようとしていたオレの夢は儚くも崩れ去った。
「つまり会長の出場資格がないということは?」
「前々回優勝者が俺だな」
「流石です」
「三連覇を狙っていたんだがな、阻まれてしまったよ」
ですよね~。考えることは同じだった。
「そうだったんですか。では、もしも会長が出ていたらオレの優勝は難しかったかもしれないですね」
「そうだろうな。何せ俺は生徒会長。生徒の長だからな。一介の生徒にはまだ負けてられない」
ほう。言いおる。
「……いやいや、でも、まあ、それでも、あの日の僕には勝てなかったんじゃないですかねー。かなり絶好調でしたからねー」
「いやいや、俺の勝利はそんなもので揺らぐことないさ」
「いやいやいや」
「いやいやいや」
「ーーーーー。」
「ーーーーー。」
「「…………。」」
ガシッ!
「「最強はオレだ!」」
胸倉を掴み合う二人。
大人げなく恥ずかしげもなく、進学校である高校の頂点を争う二人がそこにはいた。なお、争点は学力ではない。
「面白い話をしているじゃないですか」
「「誰だ!?」」
バチバチに睨み合うオレら二人に落ち着いた声が待ったをかける。振り返るとそこには電柱に寄りかかり腕組みをしながら立つ少女がいた。というか竜崎先輩だった。
「こんにちは。竜崎先輩。お出かけですか?」
オレは会長の胸倉から手を離し挨拶をする。
「まあ、そんなところです。しかし随分と興味深いお話をしていますね」
「ええ、これから会長とは雌雄を決しようとーー」
そんなオレの言葉を遮るようにして彼女は言った。
「私を抜きにして」
それはとても重厚な響きだった。
見ると、会長も何だか竜崎先輩に向かって臨戦態勢を取っているようだった。
「ねぇ、龍神会長さん?」
「くく、こんな所まで出張ってくるか、琥珀!」
何やらライバルを見つけたようなテンションの二人。いや、というかそんなことより。
「あの、会長……」
「そうか、宗介は知らないんだったな。A-1グランプリの優勝者、今年は君で、一昨年が俺、そして去年の優勝者がそこにいる竜崎琥珀だ」
「ドヤァ」
口でドヤァと言いながらも全然ドヤ顔ではない竜崎先輩。
確かに前回優勝者が竜崎先輩だという事実も十分驚きなのだが……。
「いや、とりあえず今はその話はどうでも良くてですね」
オレは一つ深呼吸をして、凪いだ心を作る。
「あの、お二人のフルネームを教えてもらってもいいですか?」
オレは信じがたい事実を聞いた気がしたので、確かめるために問いただす。
「生徒会長の名前ぐらい知っておいてほしいが……いや、これは周知できなかった俺のミスかな。あらためて俺の名前は龍神 碧。忘れないでくれよ」
「私の名前は竜崎 琥珀です。以後お見知りおきを」
「………………。」
終わったー。
オレは地面にがっくりとうなだれる。
よく考えてみて欲しい。
龍神碧
竜崎琥珀
日下部宗介
ある小説でこの3人が出てきたとしよう。勝負したらどうなると思う?
そうだね。
上二人のどちらかが勝つよね。名前戦闘力が段違いだよね。
何だ龍神って。どんな苗字だ。先祖は一体何をしたというのか。何だ琥珀って。かっこよすぎるだろ。何ですか?お二人の正体はニギハ〇ミコハクヌシとでもいうんですか!
宗介なんてもう、赤い半魚人しか思い浮かばない。彼女の名前が宗介ではないけれども。
日下部も何だかんだ言って自分ではカッコいいと思ってたんだよ。3文字だし、珍しいといえば珍しいしね。でも龍神は卑怯だって。
「ふふふ」
一周回ってもう笑っちゃう。よし、この二人を倒そうじゃないか。ここまでオレに敗北感を突き付けるとはやるじゃないか。
オレは体に力を込めるとじわじわと立ち上がる。
「いいでしょう!この日下部宗介容赦はせん!お二人を打倒して本当の最強の座へをつかみ取ります!」
そう宣戦布告をした。
「いい度胸だな。相手をしよう」
「敵わない相手がいること知るのもまた成長ですよ」
先輩二人は不敵に笑いながらそう言った。ばちりと3人の間で火花がはじけた(気がした)。
***
「さて、勝負と言ってもどうしましょうか?」
「やるからには楽しい勝負がしたいよな」
「何を重視しますか?運動能力、知識、運。それによっても勝負の内容もこれから行く場所も変わりますよ」
オレたち3人は近くの公園のベンチで竜崎先輩が持っていたタブレットを3人で覗き込んでこれからの計画を立てる。近くに駅もバス停もあるし、まだ午前中なので割とどこへでも行けるだろう。夏休み、遊ぶ、場所で検索してムムムと唸る。
「「「じゃあ、ここだな(ですかね)」」」
3人が3人別の場所を指さした。
「「「……。」」」
オレがマラソン大会などを行った運動公園。
会長がちょっと離れた山の中にあるアスレチック公園。
竜崎先輩が色々なことが楽しめるアミューズメント施設。
見事にバラバラだった。
「「「さいしょはグー!ジャンケーン……ポイ!」」」
グー
グー
パー
「ふっ」
竜崎先輩は手のひらをこちらに見せつけながら、鼻で笑った。
「「くっ」」
やりおるな。竜崎先輩。
「じゃあ、ここに行きますか」
「そうだな。しかし俺、ここ初めて行くよ」
「ボッチ会長さん……おいたわしい」
「勝手に憐れむな」
「あ、駅から送迎バスが出てるみたいですよ。運がいいことに次の便に間に合いそうです」
「それは楽そうだ。ナイス、宗介」
「できた後輩ですね日下部さんは」
オレたちは喋りながら移動を開始した。
「しかし、3人ですか……」
「3人じゃダメなんですか?竜崎先輩」
「いえ、まあダメということは無いのですが、もう一人を加えて4人の方が一人余らずに遊びやすいと思いますよ」
「なるほど」
「ということで会長さん。副会長さんはどこですか?一緒にいるんですよね」
「いないな。居たとしたら宗介の胸倉を掴んだ時点で実力行使で止められている。そっちこそいつも一緒にいる岡はどこにいるんだ?」
「それがひどいんです。岡部長、私に黙って後輩と一緒に遊びに出かけたのです。悔しいので偶然その場に居合わせて気まずい空気を作ろう思い、今日は出かけたのです。その甲斐もあって、もっと面白そうなことを見つけましたが」
「それ偶然って言います?」
「宗介は今から来てくれそうな知り合いいないのか?」
「オレですか……」
竜胆、アリア、華恋、唯織。頼めば来てくれそうだが、相手にも予定があるだろう。こんな急に誘うのは気が引ける。なにより彼女らがこれから始まる激しい闘いについていけるのか。それが問題だ。強いていうなら神楽坂さんは華恋とセットで呼べばついてこれそうだが、わざわざそんな見える地雷を踏む趣味はない。
しかし、どうするかな。暇人で、この戦いについてこれるもしくは蹂躙しても心が痛まないようなそんな人は……。
「あっち~」
オレが最悪もう姉ちゃんでもいっかと思い始めたとき、それは天のお導きだったのだろう。
曲がり角の先から現れたのはコンビニのレジ袋を下げ、アイスを食べながら歩く小島だった。
「あ」
二コリ。
小島がオレに気づいた。オレは笑みを返した。
小島は逃げ出した。
しかし逃げられない!なぜならこちらは3人だから!
「先輩!奴です!捕まえてください!」
「ああ」
「了解しました」
流石は先輩たちだ。何の疑問を覚えることもなく、小島の確保に向かった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
3人の完璧な連携によって小島はすぐにお縄になった。断末魔のような叫びをあげながら。
もう、そんな声を出して嫌だな小島くんたら。ただ僕たちは君と遊びたいだけだというのに。ええい、暴れるでない、なに悪いようにはしないさ。ふっふっふっ。
こうしてオレたちは旅のお供に小島を加えるとアミューズメント施設に向かうのであった。




