彼らはパーティーゲームをする
「ここが、我が家」
唯織の本来の用事であるコンビニによってから、オレたちは唯織の家へと向かった。あの公園から歩いて五分ほど、住宅街の中にあるごく普通の2階建ての一軒家にオレは案内された。
「お邪魔します」
唯織に招かれるままに家へと入る。何だか他の人の家に入るときって不思議な感じがするよね。異世界に導かれている感じ。全く文化が違うという意味では異世界なのかもしれない。オレの家では普通のことも他の家では異常だったりするんだろうな。弟を女装させることとか。
「違うよそーくん」
「何がだ?」
「お邪魔しますじゃなくて、ただいまでしょ」
「それが違うぞ」
何その新婚コント。あまりに予想だにしない角度のボケで真顔で返してしまった。もうちょっとうまい返しができたのではないかと反省した。唯織もその返しには不満そうだ。ごめんて。オレはぺこぺこと頭を下げる。
さて、オレは自分の格好を見る。びちゃびちゃだ。うん、まずは家の人に事情説明だよな。ちゃんと小学生に勝つために小川に飛び込みましたって理由を説明しないと、この天候でこの格好だと変な奴に思われてしまう。
「唯織ご両親に挨拶したいんだがいるのか?」
「ご両親に挨拶!?」
「うお、どうした大きい声出して。お邪魔するんだから当然だろ」
「………………ごほん、そう。でも残念。今日お母さんお父さんはいない」
「そっか」
そういうことも普通にあるよな。夏休みは学生だけのもの。世間的に見れば今日は平日だ。働きに出ているのも何らおかしくはない。オレはこの夏休みを全力で楽しむことを改めて決意した。
ガチャリ
振り返ると唯織は玄関のカギを閉めていた。両親がいないからな。防犯意識が高いのは良いことだ。
***
「シャワー貸してくれてありがとうな」
湯気をまとったオレはタオルで髪を拭きながらそう言った。髪を短くしておいて良かったぜ。ドライヤーも借りなければいけない所だった。
シャワーを浴び終えたオレは唯織の家のリビングに通された。オレはコンビニで買った下着に唯織が用意してくれたTシャツと短パンを履いている。このTシャツと短パンどちらも、オレも似たようなのを持ってるなー。まあそんなこともあるだろう。
「これお父さんのか?悪いな借りてしまって」
「ううん、違う」
「兄弟の?」
「ううん、一人っ子」
「ウミガメのスープ出されてる?」
では、この服は一体……?福袋かなんかで手に入れたのだろうか?
「……そーくん」
「何だ?」
「友達が家に来た時って何をすればいいの?」
唯織がそんなことを聞く。何って別になんでもいいんじゃないか。
「えっと、テレビゲームとかボードゲームとか、雑談とか?」
まあぶっちゃけオレもそんなに友達を招いたことないからわからないけど。え、華恋?華恋がどうかした?ちょっと何が言いたいかわからないな。
「そう……でも遊ぶ相手いないから、ゲームない」
「よし、会話しようぜ!オレの雑談デッキが火をふくぜ!」
今度、うちに来た時は色々なゲームをしような。華恋と姉ちゃんも入れて大人数でやれるやつもやろう。
さて、今週の雑談デッキは、
①暴力系ヒロインの衰退 〜主人公のスケベ度の低下、暴力への規制から考える〜
②女性声優のキモくない呼び方 〜呼び捨てか、あだ名か、さん付けか〜
③原点、変換点、そして頂点 〜シリーズものにおける各作品立ち位置について〜
の3本です。
「あ、一つやりたいゲームがあった」
「おお、いいじゃんやろうやろう」
なんだ、さっきあんなことを言ってはいたが、ゲームあるじゃないか。そりゃそうだよな。だってトランプとかオセロとかって一人でもできるもんな。
唯織はリビングを出て、暫くすると戻ってきた。
「これ」
「何で?」
思わずそう聞いてしまった。
唯織が持ってきたのは、ボードゲームでも当然電子ゲームでもなかった。
ツイスターゲーム。
唯織は四色の丸が書かれたシートを手にしていた。パーティゲームというのだろうか。オレも実物は見たことがなかった。洋画の子供部屋でしか見たことがない。しかも遊ぶことはない。唯織のセンスよ。
とりあえずシートを広げて、付属の説明書を見る。
ふむふむ、マットの両端に立ってゲームが始まり、ルーレットで指定された手足と色の指示に従うと。ん?ああ、二人プレイの場合はルーレットを使わずに、お互いで手足と色をそれぞれ指定するのか。
「まあ、やってやってみるか」
「うん」
オレたちはマットの両端に立って向かい合う。唯織はとても真剣な表情だ。ふっ、オレもその表情に応えないわけにはいかないな。
「右手」
「黄色」
オレが手足を唯織が色を指定した。まあ、まだ簡単。オレは目の前の黄色に右手をポンと置いた。
「左手」
「青色」
次は唯織が手足をオレが色を指定した。こんな感じでゲームを進めていくらしい。まあ、互いにここまではチュートリアル。これから攻めるもよし、守るもよし。それぞれの戦略性が問われることになる。
「左足」
「緑色」
む、唯織が攻めてきたな。だがまだ余裕。身体を反転させて対応する。
「右足」
「赤色」
ペタ。コロン。
唯織がひっくり返っていた。
……いや、オレ攻めた指示をしたわけじゃないよ。自分の体勢を整えただけなんだが。
「……もう一回」
「了解だ」
何度か対戦してわかったことがある。
まず唯織の手足がオレに比べて結構短いため不利であること。あと唯織の身体がすごい固いこと。
その結果オレが連勝することになった。途中からオレもなるべくキツくない指示をするようにしているのだが、唯織さんが攻める攻める。その結果自分の首も絞めることになる。何でそんなにノーガード戦法なの?
「もう一回」
うんうん、そうだな。唯織が勝つまでやろうな。
それから数回後のゲーム。
オレは追い込まれていた。中々維持するのが難しい格好になっている。また唯織も近くにおりオレの体勢が制限されているのも難しくなっている理由の一つだ。
「くっ、右足!」
「青色」
オレの指示に唯織は間髪入れずに指示を返した。しかしそれは厳しい。
ズルっと右足が滑った。ぐらりと揺れる体。
「唯織!」
唯織に声をかけて避けさせようとする。唯織も動くが間に合わない。
バンっ!
オレは指示以外のところに手をついて体を支えた。
しかし危なかった。両手が間に合ってよかった。
危うく唯織の小さな体を押しつぶしてしまう所だった。
オレは両手を寝ころぶ唯織の顔の横につくと自分の体を支えた。唯織の顔が目の前にある。
「おしい」
「いや、唯織の勝ちでいいだろ」
確かに唯織の方が先に動いたが、それはオレがよろけた結果だ。唯織が動かなかったらもつれるようにして倒れていただろう。
「でも、これはこれで。隙だらけ」
「ちょっと待って唯織さん。そのわきわきさせている手は何?」
おい、まてやめるんだ。落ち着けばわかる。オレが崩れたら唯織もこまっ「こちょこちょ~」
「あははははは!」
ちょ、わき腹はやめて。
ガチャリ
その時、オレの耳はドアが開く音をとらえた。
「だたいま。唯織。テレビの声が大きいわよ。玄関まで聞こえ、た。え?」
入ってきたのは唯織によく似た髪の長い女性だった。というかおそらく唯織母だった。目を丸くしてこちらを見ている。そこには娘にわき腹をくすぐられ大笑いしている青年がいた。
オレは横に転がると唯織の魔の手から逃げる。体の埃を払う動作と、襟を正す動作をする。なお体に埃はついていないし、服に襟もついていない。ついでに唯織も持ち上げると、乱れた衣服を整える。
そして唯織母の前へと向かった。
「こんにちは。お邪魔しています。黒崎唯織さんの友人の日下部宗介と申します。唯織さんには日ごろからお世話になっております」
オレはそう言って深々と頭を下げた。
さぁ、反応はいかに。
「こ、こんにちは」
引いていた。
そりゃそうだ。
高校生にもなって、友達の家ではしゃいでいるところを友達の親に見つかるとか、流石のオレでも気まずかった。




