彼はそろそろ床屋に行きたい
今日のオレは終始だらだらモードだった。朝、起きてブランチ(寝坊して中途半端な時間に食べる朝食)を頂いてからは、ベッドに寝転がって積ん読を消化していた。ベッド上で涅槃像の体勢で本を読む。自然にこのような体勢になっていたオレは悟りを開くのも近い。
余談だが、オレは文庫本なら片手で読むことができる。右手限定だが、左手を使わずにページが捲れ、読書をすることができるのだ。これも中学時代練習したもので、窓側の席になった時に片手で本を読むのカッコよくねと練習した成果だ。なお読了後に指はつる。これの便利な所はバスや電車で吊り革につかまったまま、本を読むことができることだ。
開けた窓からの風が本のページと髪を揺らす。
ブブッ
スマホが振動する。ちらりとスマホを見るとメッセージが入っていた。
「ふむ」
オレはメッセージに返信すると、パタンと持っていたラノベを閉じる。オレはベッドから起き上がると、大きく伸びをした。
ラノベを机の上に置くと、部屋着から外行きの服に着替える。
それから重い腰を上げて出かけるのだった。
***
パァン!
良い感触、良い打球。気持ちよく振り抜いた打球がコートに突き刺さる。
「うん、よし」
私は頷きながら今のショットを反芻する。今日の部活もとてもいい調子でやることができた。
「オッケーナイスボール!じゃあ、ボール拾いしてコート整備!」
「「「「「「はい!」」」」」
練習後、私たちは片付けを終えると部室へと戻ってきていた。
汗を拭いて、水分補給を行う。
「竜胆さん、今日すごく調子が良かったね」
隣のロッカーを使う神楽坂さんが話しかけてきた。
「そうね。自分でも今日は気持ちよくボールを打てた気がするわ」
それは何故か。日々の練習の成果といったら、否定はしないし、それもあると思う。
でも、この前のことを思い出す。
日下部くんとテニスをしたことを。彼に思い切って苦手な所やできない所を聞いてみたが、意外にも彼は理論的にわかりやすく教えてくれた。いつになく真剣な顔だった。彼はいつも真剣だ真面目だと言うけれど、彼は基本的にはにやけてるか、ぼーとしたような顔をしている。
そんな彼がふざけることなく話す姿は何だか、どこか、何というか、言うなれば、かっこよかった。別にいつもの彼も彼らしいといえばそうなのだけど。
今も目をつぶると、彼のテニスをしている姿を思い出す。ただこれは彼が基本通りのテニスのフォームをしていたから覚えているだけで、他意はない。
「日下部さんとの逢瀬の成果ですね」
「ゴホッゴホ!」
むせた。
「……竜崎先輩、どこから湧いてきてたんですか?それと日本語は正しく使ってください」
「どこからでも湧いて出ます。先輩ですから」
「先輩ってそんな雑草みたいな性質してたんですね」
「そんな褒めないでください」
褒めてません。そう言おうとしたけどやめた。なんだかツッコミ待ちのような気がして嫌だったので。
「へぇ、あの変態、もといあの日下部くんとねぇ」
神楽坂さんがぐしゃとペットボトルを握り潰した。
変態は否定できない。
確か神楽坂さんの大切な妹さんと日下部くんが仲良かったのよね。
でも未だに日下部くんは生きているわけだし、文化祭の時も妹さんが日下部くんを探していたみたいだし、一応友好的な関係は築けてるのよね?
「……合宿を終えた私を1日かけて癒やしてもらおうと思ったのに、華恋ちゃんは日下部くんの家へ。この罪どうしてくれよう。どんな罰を与えよう。抹殺は華恋ちゃんが悲しむし、別の方法……そうよ、お世話になっているから一回挨拶に行かなければいけないわよね。その時に日下部くんをキュと締めれば、こうキュっと」
友好的な関係……。
ぶつぶつと光の消えた目で呟きながら虚空を握り潰す神楽坂さん。この感じの神楽坂さん苦手なのよね。
私の目に気づいたのか、神楽坂さんは何事もなかったかのように目に光を灯すと、不思議そうに私を見つめてくる。まるで何故私がこんな目をしているかわからないと言うように。
「うん、日下部くんね。私も一緒にテニスしたことあるけど、確かにうまかった気がする」
そう。前に一緒にテニスをしたのね。……しっかりと友好的な関係を築けているようね。
「あれあれ?もしかして私より最初に優しくして!なんて感じで嫉妬してますか」
「竜崎先輩、妄想と想像で話さないでください。先ほどから何か誤解があるようですが、彼と私は友達です」
「そうですか。ですが、例え友達同士だといっても、どちらかが下心を抱いてないとは限らないですけどね」
「…………。」
「竜胆さん」
神楽坂さんは私の名前を呼ぶと、私の両手を掴む。
「日下部くんから下心を感じたら、すぐに私に言ってね。私は竜胆さんの味方だからね」
私の味方というより彼の敵なのではないかしらこの人。ううっ、その瞳で覗き込むのやめて欲しいわ。
「まあまあ、そう邪険に扱うのは日下部くんが可哀想ですよ。それに神楽坂さんだって文化祭の時に彼に助けてもらったそうではないですか。その際に抱きしめてもらったりして」
「な、何で知ってるんですか!?」
「先輩だからですよ」
先輩だから何だと言うのか。
それにしても、抱きしめてもらった……ね。
「あれは、彼が無理矢理抱き着いてきたんです」
そう、彼が、彼から無理矢理。これは彼とはお話ししないといけないわね。友達として、彼がこれ以上罪を重ねないようにね。
「そんな言い方することないのでは?あなたが頭から倒れそうなところを受け止めてくれたと聞いてますよ」
「それは、そうですが」
「そうです。そうです。あれ?どうしました伊万里さん?そんな複雑な顔をして?」
「……っ。いえ、そんな顔はしてませんが」
冷静になろう。
どうやら竜崎先輩は私たちの反応を見て楽しんでいる節がある。先輩の思い通りの反応を返してなるものか。隙を見せれば先輩はそこに食らいついてくるだろう。
「ああ、そうです。二人には渡したいものがあるんでした。どうぞ」
竜崎先輩はそう言って、横長の紙を私たちに2枚ずつ渡した。
その紙を受け取った瞬間、私は固まった。
「これって」
「はい、そうです。皆さんが休日によく使うテニスコートの近くにあるかき氷屋さんの無料券です。2枚あるのでどうぞお好きな人と一緒に行ってください。あ、ここでいうお好きは自由にって意味ですよ。まあ別に本当にラブ的な意味のお好きな人と一緒に行ってもいいですけどね。うふふふふ」
う、うざい。
ご丁寧に説明をどうも。ええ、もうとても見覚えがある店名だ。これは偶然?隙を見つけるのではなく、作り出そうという魂胆かしら。でも、そう簡単にはボロは出さない。
「はぁ、何だかわからないけど、ありがとうございます。華恋ちゃんと一緒に行きたいと思います」
「是非そうしてください。私の姉がそこでバイトをしてましてね、それで割引券をもらったんですよ」
ここから一刻も早く離れよう。私はそう思った。
まさかあの女性店員が……。
竜崎先輩にお礼を言って、荷物をまとめるとすぐに部室の出口へと向かった。
「そんな逃げなくてもいいじゃないですか」
捕まった。
「別に逃げてません。ただ早く帰りたいだけです」
「そうですか。早速、無料券が役に立ちそうですね」
「は?」
何を意味がわからないことを言っているのだろうか。
「ふむ?その反応を見るに何も知らない?約束ではない。でも私には伊万里さんのクラスメイトの男子が、コートわきで待っているという情報が……もしや、彼がサプライズで……?なるほど。…………お引きとめしてごめんなさい伊万里さん。さようなら」
「はい、お疲れさまでした」
すんなり解放してくれ、私は部室のドアを閉めた。先輩のさっきの態度と呟き。まさか、本当に日下部くんがここに。サプライズなんてものはありえない。いえ、アリアは主導だったらあるいは……。それにもしかしたら普通に学校に用があったのかもしれない。
私の歩く足は自然と速足となる。部室棟をでてから、コートの方へと進んでいく。
そこの角を曲がれば、テニスコート……。私は角を曲がった。
「ん?」
「………………。」
「えっと、こんにちは、伊万里さん」
「……………………………………………………小島君。こんなところで何をしているのかしら?」
「え?もしかしてクラス委員長の名前覚えてなかった?いや、普通に部活終わりに男テニの友達を待ってるだけだけど」
「そう…………ごめんなさいね。あなたも何も悪くないのだけど……」
「うん?」
「どっか行ってくれないかしら?」
「何も悪くないのに!?」
プシュー
「おん?」
「え?」
「あれ竜胆、部活終わりか?」
「そうだけど……あなたはどうしてここに?」
「おかしいな。オレは竜崎先輩からバイト代も出すから部活を手伝ってくれって呼ばれたんだが、もう終わってるのか。……どうかしたか竜胆?」
「いえ、愉快犯の犯行に頭を抱えているだけよ」
「そうか。そっちも大変そうだな。んー、時間を間違えたかなー?」
「うちの先輩がごめんなさい。お詫びといっては何だけど」
「ん?」
「かき氷でも食べにいきましょうか?」
下げてから上げるとモテると聞いて




