彼らはかき氷を食べる
「あ〜暑い〜」
オレはテニスコートの受付がある建物のベンチに座って竜胆を待っていた。タオルの両端を持って顔の前で振り回して風を感じる。涼しくて悪くない。疲れるけど。
オレと竜胆は時間一杯テニスを楽しんだ。竜胆の打てない種類のサーブを教えたり、試合形式をやってみたりと十二分にテニスを満喫した。
なお、ここのテニスコート施設の特徴として、テニスコートを使用した人は追加料金などはなしでシャワー室を使う事ができる。なお、シャンプーなどは置いていない。受付でタオルなどを含めて購入する事ができる。他の所のテニスコートと比べても料金はそれほど違わないので、シャンプーとかタオルとかが十分売れているんだろうなとか思ったり。
さて、オレたちも当然その設備を利用して、現在オレは竜胆がシャワーを浴び終わるのを待っていた。
「お待たせ、日下部くん」
「うんにゃ、そんなに待ってない」
オレがいかにタオルで涼を取れるのかを研究しているうちに、竜胆は戻ってきた。
研究結果は他の人にタオルを持ってあおいでもらうだ。受付待ちをしている小学生を捕まえて、あおいでもらったのが一番涼しかった。大丈夫。ちゃんとお駄賃として小学生には塩分補給の飴ちゃんをあげた。頑張れ若人よ。
テニスをする竜胆は最近よく見るポニーテールにサンバイザーを被っていたが、今はもう下ろしてしまい、いつもの竜胆だ。夏日のなかテニスをして、シャワーを浴びた後だというのに何故だか竜胆は涼しげだった。竜胆の周りだけ冷気を纏っているようで、制汗剤のCMに出てそう。イメージの問題だろうか。
「じゃあ、帰るか」
「そうね」
オレたちは建物を出る。厳しい日差しがオレたちを襲う。折角汗を流したというのに、また汗をかいてしまいそうだ。
オレは日焼け止めを出すと肌に塗りたくる。待ってる時にやれよ。はい、ごめんなさい。
「意外ね。あなたもそうやって肌のケアに気を使うのね」
「ん?ああ、まあ昔からの習慣だな。姉ちゃんは色白の方が好みなんだよ。だから女装のために日焼け止めを塗ることを強要されていたからな」
「理由は何にせよ、いいことだと思うわ。肌のシミとかを防ぐのはもちろんだけど、皮膚ガンの予防にもなるしね」
「意識が高いな。確かに竜胆の肌は綺麗だよな。部活してるのに」
「……ただ日焼けしにくい体質なだけよ。ケアはしてるけど、ちゃんと見れば痛んでるわ」
そんなものか。オレはまじまじと竜胆の肌を見るが、とても痛んでいる風には見えなかった。
ぐっと顔を手で押されて、顔をずらされる。
「そんなに見ないで。恥ずかしいわ……それに汗をかいたあとだから」
「あ、新鮮な反応。普通はそうだよな。すまんかった」
今のはデリカシーが足りなかったと反省した。姉ちゃんも言っていた女の子に気を使える男になれと。じゃあ姉ちゃんは気を使わなくていいのと聞いたら蹴られた。いや、だってもう女の子って歳じゃ……。
ちなみに誤解しないで欲しいのは、姉ちゃんの言葉は決して将来のオレが女性と関わるときに困らないようにと慮って言った言葉では決してない。ただ残った最後の羊羹を譲れという意味だ。それでいいのか女の子。
「新鮮な、普通は、初犯ではでない言葉ね」
「犯罪レベルの行いでしたか!?」
「それでどういう犯行をしたのかかしら」
「『犯』って漢字をつけるのやめない?」
別にただ割とオレの周りにはパーソナルスペースが妙に狭い人が多いだけだ。アリアはそれほどもでもないが、家庭科部の諸先輩方や華恋、唯織はやたらと狭い人が多い気がする。
唯織は気がついたらピタッと隣にいるし、文化祭の時も自分の食べかけをオレの口に突っ込んできたりするし。
華恋は前レースゲームをした時にも勝った瞬間にその喜びのあまり抱きついてきたし。負かした相手に。やったー!やったー!と敗者に向かって告げる華恋。一瞬煽っているのかと思った。
家庭科部の諸先輩方もアリアや唯織に接するような感じでオレにもくる。
女性は男性に比べてパーソナルスペースが狭いと言われている。また女性の方が同性同士でのパーソナルスペースも狭いという研究結果もある。
その研究結果に照らし合わせるなら、皆さんオレのことを同性だと思っている節があるよね。
「まあ、そんな感じだな」
「……ひどいわね」
竜胆は頭を押さえて呆れたように首をふる。それからしばし何かを考え込むようにし停止し、かと思えばそれはないと言わんばかりにまた首をふる。どしたの?
「ごほん。行きましょうか」
そう言って竜胆は歩き始める。お咎めなしですか。珍しい。何だかムズムズするので頬をつねっておきません?調教されきっている……!
しかし今日は本当に暑い。早くクーラーが効いたバスに乗りたいもんだ。
その時、オレはあの特徴的な旗がはためいているのを見つけた。白の背景に青の波、そして赤色で大きく書かれた氷の文字。そう氷旗だ。
「なあ、竜胆。かき氷を食べてかないか」
「いいわね。そうしましょうか」
ということで、オレたち二人はかき氷屋へと入店する。がらがらとドアを開けて店内に入る。
昔ながらの店内にはテーブル席とお座敷が3つずつだ。クーラーはなく二つの扇風機が頑張って稼働している。窓際には風鈴が吊るされており、チリンチリンと風に揺られている。
「いらっしゃいませ〜お好きな席どうぞ〜」
エプロンを着てバンダナを巻いたお姉さんがそう言ってくる。
「どうする?」
「日下部くんの好きな席でいいわよ」
「じゃあ、畳触りたい気分だからお座敷で」
たまにあの感触を撫で続けたいと思うことない?もしオレが一人で来ていたら寝転がって頬擦りする勢い。これはもはや日本人に刻みつけられた遺伝子情報といっても過言ではないだろう。
オレたちは掘り炬燵式のお座敷に入るとテーブルにメニューを広げて、二人一緒に覗き込む。色々あるなー。シロップのみだけでなく、小豆入りや果物入りなんてものもある。
「私は抹茶にするけれど、日下部くんは決まった?」
「レインボー」
オレは様々シロップがかかったかき氷を指差す。好奇心には勝てなかったよ。
「あなたらしいわね」
その心は?虹のように明るい人柄ってこと?照れるぜ。
まさかこんなに冷静沈着で温厚篤実なオレをつかまえて子供っぽいってことはないだろう。
とりあえず店員さんに二人分の注文をした。そしてかき氷はすぐに到着した。
「大きいわね」
割と大きめのやつが。
竜胆はメニューのかき氷の写真と比較しながら現物を見る。明らかにメニューの方の縮尺がおかしい。コ○ダ珈琲かよ。これ途中で味を変えれるレインボーが最適解だろ。
「「いただきます」」
スプーンで氷をすくって口に入れる。ふわふわの氷が口の中ですっと溶ける。美味っ。
火照った体に氷の冷たさが心地よい。
まずは万遍なく味を楽しんでみる。それから二つの味を一緒に食べる。どの組み合わせでも合うな。まるで全部味が同じみたいだ。
「日下部くん。その、食べきれそうにもないから、少し食べてくれないかしら」
「いいよ」
「良かったわ」
竜胆は安心したように言うと自分のかき氷をすくって、オレに差し出した。
「はい」
「あむ」
抹茶もうまいな。ちょっと苦味があるだけに、レインボーの中には含まれていなかったが、これはこれで美味しい。
竜胆は微笑みながら、次のかき氷を差し出してくる。何だか餌付けされている気分。動物園のふれあい広場の兎の気分だ。なんか竜胆には氷を食わされてばっかりだな。
……竜胆も竜胆でパーソナルスペースおかしくない?
「はい」
「あむ」
まあ、いいか。
夏はかき氷がうまい!




