後片付け
マルス・エメルダの死。それはイコール、ジュエラレイドの壊滅を意味する。頭が潰れればそれで終わり、脆い組織に思えるが、しかし魔物を倒せる者をリーダーと置く以上、マルスに代われる者など居はしない。
組織が無くなることへの不安は多大だが、しかしそれが些細なものと思えてしまうほどに、ユリアはマルスという個を好いていた。リーダーとしてはもちろんのこと、人として、そして異性として――
憧れを追い続けた眼だが、ユリアの瞳は今はただ、虚を映すのみのガラス玉に。
「私は一体……どうしたらいいの? 私のこの力は、誰に使えばいいというの? 教えて、マルス。私には……分からない……」
ユリアの精神は崩れゆき、今にも壊れる寸前だった。マルスがいれば大丈夫、マルスがいれば怖くないと、そんな言葉はもはや既に、意味を為さなくなってしまった。魂が抜け落ちてぶつぶつと、呟くユリアの肩は危なげに揺れている。
そんな頼りないユリアの肩を、震える手が押さえ込んだ。その者自身も砕けかねない、擦り切れた心をユリアに注ぐ。セラフィは医師に於ける使命感から、なんとか危機に持ち堪えていた。
「ユリアさん、お気持ち察します。ですが、ここはなんとか逃げ切りましょう! この場でユリアさんが死ぬことを、マルスは決して望んでません!」
愛したマルスの最期の望み。語らずして残した遺言。それに気付いたユリアの瞳に、僅かな光が灯りはじめる。
「マルスは……私を……」
「そうです。マルスは最期まで、あなたの力に頼らなかった。それはユリアさん、あなたに生きていて欲しいから。その想いを無駄にしてはなりません!」
苦しみの中でも力強く、優しい笑みを浮かべるセラフィ。亡き想いに胸を馳せ、ユリアの頬には一筋の涙が伝う。
「うぅ……そうね……そうだよね……マルスはきっと私のことを――」
気付いたところで会えない、話せない。けれど想いを残し続ければ、愛しい人は傍にいるはず。遺された者の役割は、失った者を忘れないこと。ユリアはそれを理解して、心には一筋の光が差す。愛したマルスが放つ輝き、その源へと向かうべく、見上げた眼に映る景色は――
「あ――――」
深紅を噴き上げる人の首、微笑むセラフィは、もういない。
「あ……ああああああ……」
胴を離れたセラフィは、光を失くして雪に埋もれる。その亡骸を穢すように、頭蓋を砕き割る細足が一つ。
「あなたが、ユリアさんね」
「ミ、ミネルヴァ……」
セラフィの命を穢す者。魔人ミネルヴァは、冷たい瞳をユリアに落とす。
「聞きましたわぁ。あなたのスキル、とっても危険な力ですこと。ヒカリさんに聞いておかねば、きっと後悔したことでしょうねぇぇぇ」
「え……ヒカリが……?」
「そうよぉ。お兄さんに協力したぁい、って言ったらぁ、あっさりと話してくれましたわぁ。とぉっても扱いやすい、お馬鹿ちゃんだことぉぉぉ」
マルスの死に次ぐセラフィの死、ユリアの精神は限界を超える。それでもなお死の瀬戸際、ユリアは思考を巡らせて、そして遂に理解した。このミネルヴァが波乱の、そして愛するマルスの命を奪った、災厄の元凶だということに。
(マルス……ごめん。私の力は、こいつの為に――!)
意を決した直後のこと、懐からナイフを取り出し、自身の胸へとかざすユリア。刃が胸を通り抜け、瞬く間に鮮血が溢れ出した。しかしミネルヴァは嘲笑を、何故なら刃の切っ先は、ユリアの胸から突き出されており――
振り上げたユリアの手元から、力なくナイフが滑り落ちる。座して絶命するその背には、剣を手にする魔人、ラーヴァナの姿があった。
「お見事です、ラーヴァナ。これで危険因子は消え去りましたね」
「えぇ、ヴィージャーも既にこの地に。我々の勝利は揺るぎないかと」
そしてミネルヴァは戦場を振り返る。見渡す限りは死屍累々。
ロキは既に決着した、小さき骸は雪に沈む。手負いのテュポーンをイゴールが追い、後に残るは兄に縋る、憐れな小娘一匹だけ。魔物の多くは死に絶えて、大蛇も竜も地に還る。生ける巨獣も、もはや朽ち果てる間際のベヒーモスのみ。
「完ッ璧……ここまで完璧に根絶やしに……やっぱり私は、神なのねぇぇぇ……」