血の繋がり
マルスの血に染め上がるヒカリ。彼女の望む血縁の繋がりは、今ようやく叶えられたのかもしれないが、無垢な瞳はただ茫然と、突き出される拳に向けられる。その宮の拳は、変貌しているが故に巨大。マルスの内臓をずたずたに引き裂き、もはや修復不能なまでの致命打となっていた。
もう助からないと、マルスはそれを直感する。しかしヒカリだけは――
マルスはこれまで、ヒカリを常に冷遇してきた。ヒカリが窮地に陥ろうが助けないと、そう周囲に公言し続けてきた。そんなマルスがなぜヒカリを庇ったのだろうか。
それは、マルスはヒカリのことを真に妹として見ていたから。いや、それ以上の深い情愛と繋がりをもって、ヒカリのことを想い続けていたから。しかし次第に自衛団は拡大し、そのこと自体は喜びであったが、同時に不安の種でもあり、そしてマルスはこう考えるようになる。
ヒカリを狙われてはいけない――と。
マルスが得る富は並ではなく、それを狙う輩も当然でてくる。マルス本人ならば直接狙われたところで、それを対処しうるだけの力を有している。来訪者や食事にも気を遣い、暗殺や毒殺にも対策を講じてきた。
だが、そんなマルスをして守り切れない最大の弱点。それがヒカリの存在だった。ヒカリは人間であれば、常に持ち歩くことなどできない訳で、仮に人質に取られてしまえば、マルスはまったくもって無力となる。
そのことを弱点と悟られない為にも、最も有効な手段と認識されない為にも、ある時を境にして、マルスはヒカリに冷たくなった。人質に取られた場合に及ぶ、己や自衛団への影響が恐ろしいのではない。人質に取られてしまう、そのこと自体がヒカリの命を脅かしてしまうから。
マルスはそんな冷遇の意図を、誰一人として漏らしはしなかった。それは我王はもちろん、長い時を共にしたシャルやバンデッド、そしてユリアでさえも含まれる。その態度はやがて噂となり、”マルスなら妹だって切り捨てる”と、そう信じられる程になった。それは団員の目からして、マルスならやりかねないと疑心暗鬼に陥る程に。
しかしいくら偽装したところで、偽は偽のままであり、決して真にはなりえない。だからマルスは、真にヒカリに窮地が訪れた際には、偽を演じ続けることなどできなかった。
そして今、マルスの血に濡れるヒカリ。唖然とする幼顔が見上げられ、視線を合わせたその瞬間、ふとマルスは手を伸ばした。
マルスの最後の願い事。めいっぱい、ヒカリの頭を撫でてやりたい。
これを逃せば次はない。内に溢れる愛情を、想いのままに注ぎたい。五体全てが、愛妹への繋がりを欲している。切なる衝動に駆られるマルスだが、震える掌がヒカリの頭に触れる直前、意を決したかのように瞳を閉じると――
その手を頭から胴へ、ヒカリの華奢な体を、渾身の力で突き飛ばした。
「いいな、ヒカリ……俺のことは――」
忘れろ!!!
力の限りを尽くした重み。命の一滴まで搾りつくした最期の力。それをもって、マルスは己の肉体ごと――
宮の体を、全霊の力で圧し潰した。
その力はネクスト。いや、それすらも超える神業だった。人知を超えた力の下に開く大穴、底にはマルスの姿は影かたちも残らず、象徴である鉢巻と、マルスだった血だまりだけが、穴の底をじっとりと濡らしている。
四肢を崩したヒカリは穴へと這い寄り、吸い込まれるように身を落とす。血だまりの中に転げて、着いた手を返してみると、掌は真っ赤に染まっていて。そしてようやくヒカリは、マルスが死んだことを理解して――
「い……いやぁあああぁぁぁ……にいさぁああああああん!」
聞くに堪えない絶叫。救われたはずの妹の嘆きが、穴の底より鳴り響いた。