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契約

 訪れた武器屋は、一見すれば寂れた建物だった。大通りには面しておらず、脇道の奥にひっそりと店を構える。店内もちらほらと空き棚が目立ち、とても品揃えが良いとはいえない。商売としては如何し難いが、これはあくまで外面で、彼らの真の生業からすれば武器屋としての成否など取るに足らないのだろう。


 そんな店内に咲く、一輪の麗しき花。


「いらっしゃいませ」


 玉を転がす、透いた声が耳をくすぐる。歳の頃は我王より二つ三つほど下。波打つ茶髪はマルスに似たところを思わせるが、その顔付きはまるで別人。吊り上がる眦に骨骨しい険相を持つマルスと対を成すように、穏やかな人相で愛らしい微笑みを浮かべる。


「すまないが、買い物ではなくマルスに会いに来たのだ。ここで良かったか?」

「えぇ、聞いておりましたよ。ではあなたが我王さん、ですね」


 物腰柔らかな少女は丁寧に腰を折ると、二人をカウンターの奥に案内する。


 果たして外観からは、その建物が何処に続くかなど知るべくもなかったが、扉の奥は凡そ百名は余裕をもって収容できるであろう、広大なホールへと繋がっていた。しかしホールとはいっても、城や屋敷を連想する華やかなものではなく、椅子とテーブルの並べられた大衆居酒屋のような様相といった方が近い。


 この場に団員が集うのであろうか。今は静まり返る室内だが、必要分の椅子が並べられているのだとしたら、その団員数はやはり百名単位のものになるだろう。


「よく来たな。転生者」


 ホールの上方。吹き抜ける上階の手摺りに肘を立て、階下を見下ろす影が一つ。


「すまない、マルス。貴重な復興の時間を割いてしまって」

「いい、いい。堅苦しい挨拶の方がかえって時間の無駄だ。用件があるんだろ? だったらそれを、とっとと話しな」


 階下へ下りながらに話を進めるマルスは、跳ねた茶髪を掻きむしり、相も変わらずかったるそうな空気を醸し出している。


「もう、せっかちなんだから、兄さんは」

「その横槍も時間の無駄だ。ヒカリよ」


 確かに頭髪だけを見れば両者は似ている。ヒカリと呼ばれる少女を見た初めの印象を踏まえ、我王は自然と言葉を漏らした。


「二人は兄妹なのか。通りで髪の色や癖が――」

「いや、血は通ってねぇ。単なる偶然だ。それに顔付きは全然違うだろ」


 血の繋がりはない? しかし先程、妹の方はマルスを兄と呼んでいる。腹違いだとしても、全く血が繋がらないということはない。であれば義理の兄妹なのだろうか。しかし、二人の血縁上の関係はもっと希薄で、彼女の兄を慕う心根は、血の繋がりすらも凌駕するものであった。


「申し遅れました。私の名はヒカリ・エメルダ。名も無い孤児の私を拾い、育ててくれたのが兄のマルスです。兄は私の恩人であり、唯一無二の家族でもあるんです」


 胸を張り、自身の身の上を話すヒカリは、不遇な過去にも関わらず気高く見える。その誇りの出処がマルスにあるのは明白で、これだけを聞けば、口が悪く柄も悪いマルスは、実は清く正しい善人と思えるかもしれない。しかし口を開けば、その内容はというと。


「あのなぁ、誤解のないように言っとくが、ヒカリは使えるから拾った。それだけだ。気恥ずかしいから言ってるんじゃねぇぞ。後に幻滅されるのも癪だから言ってんだ。善人のレッテルは、妙な期待を持たれがちだからな」


 そんな、突き放すような発言をにやけて眺めるのがツンデレへの正しき対応なのだろうが、笑みを浮かべながらも、仄かに陰を落とすヒカリを見るに、ヒカリの求める兄妹関係はマルスとの間で築かれてはいないのだろう。


「でだ、用件を言え。そして、その横っちょにいるガキについても話してもらおう」


 ぎくりと体を震わせる宮。これまでのマルスの振舞い、そして有無を言わさぬ凄みと鋭い目付き。それらを鑑みれば、宮の委縮は妥当だった。


「ぼ、僕は、我王の友達の光野宮といいます」

「友達? 随分歳の離れた友達だな。てっきり我王が保護者かと思ったぜ」

「い、一応。同い年です……」

「はっ! それはてめぇが幼いのか、我王が老けてんのか、どっちだよ」


 小馬鹿にするような態度だが、マルスの反応も妥当だろう。そして、どちらかと言われればどちらも。宮は同年代より幼く見えるし、我王はその逆。どちらも二、三歳の剥離があるように見えれば、その差は四から六歳もあるように見えてしまう。


「まあ、いいか。俺らにとって歳なんてのは関係ねぇ。大事なのは使えるかどうかってことだけだ。では言え、てめぇらの目的をな」


 促された我王はまず、転生者として生まれた成り行きから話し始める。元の世界から始まり、ミラノアという神のこと、スキルを与えられたこと。そして、その力が魔物にはまるで歯が立たなかったこと。それらを話した上で、我王は自身の目的を簡潔に述べたのだった。


「俺は強くなりたい。しかし俺のスキルは強くない。そのヒントをあなたが持っているように感じた。個ではなく、チームで戦うあなた達に。俺はその答えを教わりに来たのだ」


 我王が話す間、マルスは口を挟むことなく話を聞いた。それは我王の話に感銘を受けたからという訳ではなく、一度全てを聞いた上で話を進めた方が効率的だと思ったから。


「なるほどな。噂に聞きし転生者。伝説を目の当たりにしてみれば、なんとも憐れなもんだぜ」


 さも同情するようなマルスの言い種に、宮は僅かな親近感を抱き始める。


「そ、そうですよね。神様のいい様に使わされて、その上見知らぬ世界に送られるなんて――」「そうじゃねぇ」


 更なるマルスの同情を誘いたかったのか、どうなのか。ただ、人間というのは共感に好意を抱く生物だ。宮はマルスに気を許し始めていたが、そんな宮の言葉をマルスは、容易くばっさりと切り落とす。


「それはむしろ幸運だ。なんの努力もなしに力を得られるなんて、悪党どもより理不尽で、富豪どもより恵まれた存在だぜ。悪党も悪党で悪知恵に日夜頭を働かせ、富豪は富豪と称されるまでに必死に富を築き上げた。てめぇらはそんな過程を抜きに力を手にしている。そんな力を有していながら、閏という女以外敗北を喫しているのが憐れでしょうがねぇって、そう言ってるんだよ」


 マルスの辛辣な言葉を前に、宮はがくんと肩を落とす。だが正しい。残念ながら、マルスの言うことは正しいのだ。誰しも力を得る為には少なからず努力をしている。そして、ようやくその努力をしようと動き出した我王と宮。マルスの言葉を否定しようものなら、これからマルスに教えを乞うこと自体を否定することになってしまう。


「そのことは理解している。俺達は世間知らずの、馬鹿で憐れな転生者だ。力の使い方も知らなければ、この世界の常識すらも未だ危うい。それをマルス、あなたに教えて欲しいのだ」


 我王の頼みは、人任せの甘い考えか? 否、見知らぬ世界を独力で生きようと考える方がよほど甘く、無謀な試みと言えるだろう。我王の判断は適切で、対するマルスの答えも甘くはない適切な回答だった。


「いいだろう。教えてやるよ。但し今回のそれは、契約だということを忘れるなよ」

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