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霜の魔人ロキ

 極地の大陸に訪れて、見上げれば澄み渡る寒空が続く。その下方に目を向ければ、自然に溶け込む白雪の居城。ロキという魔人は一年通して雪の積もる、その場所を根城にしている。長年この地に住まうロキだが、魔人の中では最年少だ。この土地と、そして魔物は、代々続くロキの一族の財産でもある。とはいえ一族といっても、血を分かつ者はロキ以外は既にいない。


 柔らかい白雪の上に降り立ち、足跡を刻んでは城を前にする。凍りつくまつ毛の向く先には、二層の門が待ち構える。手前が降雪を遮る門で、奥が城内へと続く門。このままでは立ち往生だが、すぐに奥の門が開けるのを確認する。そこに蠢く小さなシルエット、恐らく城に仕える者なのだろう。


 こちらに向かって来るにつれて、次第に露わになるその姿。癖の付いた銀髪は目にかかる程のミドルヘアで、隙間からは澄んだ湖面のような青い瞳を覗かせる。並べば宮か、それ以下の身の丈の人型の魔物が、しげしげとこちらを見上げている。


「我々はロキに会いに来たのだが」

「…………」


 声は届いているはずだが、その者は言葉も返さずに目を細める。子供のようにも思えるし、怪しんでいるのかと疑うも、同時に見た目とは裏腹に、異様な圧をも我王は感じる。


 そして我王を一瞥した魔物の視線は、次にイゴールの方へと向いた。


「遅いぞ、イゴール」

「いやはや、大所帯だったものでね」


 イゴールの配下ではないにしろ、随分と軽々しい口ぶりだ。魔物であれば魔人の恐ろしさを知ろうものだが、よくよく見れば癖毛からちょこんと覗く、小さな双角が生えている。


「この子供は――」

「子供じゃない、ロキだ。お前よりずっと年上なんだぞ」


 魔人ロキと聞いて、霜の巨人でも出てくるかと思えば、なんと目の前の小さな魔物が、ロキ本人だと言いはじめる。


「こ、この小せぇのが魔人かよ……」

「そういうお前たちが人間か。魔力もないし、弱そうだぞ」


 マルスの煽りに負けじとロキ。初対面にして一触即発だが、そこにイゴールが割って入る。


「ロキ。言っておくが、彼らは相当に強いぞ。我王くんとは一度手合わせをしたがね、正直この私が負けたって、何らおかしくはない戦いだったよ」

「イゴールが!?」


 まるで信じられないといった様子のロキは、改めて我王の足元ににじり近寄ると、まじまじとその巨体を見上げては、一言ぽつりと述べるのだった。


「全然、強そうに見えない」


 それはこっちの台詞だと言いたくもあるが、彼らには魔力が見えており、それが強さの判断基準になっている。人型同士の些細な体躯差など、大きな意味を為さないのかもしれない。


「まあいい、イゴールが言うなら信じてやる。着いてこい」


 小さな背中を向けると、城内へと歩みを進めるロキの後ろ姿。角も小さく目立たなければ、まるで人間の子供のようにしか見えない。


「寒ぃとよ、体も縮こまっちまうもんなのかね」

「いや、むしろ逆と言われる。貴重な体温を逃がさぬ為にだ」


 体温は皮膚から逃げていく為、皮膚面積の割合が小さい程に、寒冷地では有利に働く。だから極寒の恒温生物は大きくなりやすい。大きければその分、皮膚面積も大きくなるのだが、しかし大事なのは割合だ。大きい程に体積は増大し、相対的に皮膚面積の割合は小さくなる。よって熱の放射面積も合わせて少なくなるということ。


「よく知ってるな、だからこっちの魔物はでっかいぞ。気を付けろ」


 土地柄から、魔物が強大なことは理解できた。しかし当のロキはまるで小人であり、果たしてその強さはどうなのか。マルスにはそれが疑問に浮かんだ。


「大丈夫かよ。餓鬼に見えるけどよ、ちゃんと戦えるんだろうな」

「まあ問題無いだろ。私は手合わせをしたことはないが、多分強いんじゃないかな」

「おいおい、戦ったことはねぇのかよ!」


 握り拳を作りだし、口元を押さえるイゴールは考えるような仕種を垣間見せる。そして少しの間を置いた後に、再びその口を開くのであった。


「過去にはね、ロキが我が国を攻めてきたことがあるんだ」

「だったらよ、ロキの強さだってその目で――」


 すると突然、ふっと息を漏らし出すイゴールの肩は、ぷるぷると小刻みに震えはじめる。口元に添えるその拳は、笑いを堪える仕種だった。


「ロキの奴ね、戦う前にバテてしまったんだよ」

「は、はぁ?」

「ロキにとっては私の土地は熱すぎたんだろうね。で、バテたロキを私が介抱してやった訳だ。それからだね、私がロキと関係を持つようになったのは」


 なんとも間抜けな話だが、ロキはその一件でイゴールの見方を改めた。孤独であり、噂程度にしか聞かない魔人同士の大雑把な情報。実際に会い、そして中身を知ることで、ロキは己の目で知ることの大切さを学んだ。


「今回の戦い、ロキにとっても意味はある。テュポーンの土地とロキの土地は緯度として変わらない。我が国より、テュポーンの土地の方がロキには適しているんだよ」

「そういうこと。うまくいったら、ニブルヘイムは半分もらう。だから頑張るぞ」

「ちょっと待て、ニブルヘイムとは?」

 

 ロキの語る新たな単語、耳にした我王は首を傾げた。合わせてイゴールも首を傾ぐ。


「あれ、知らないのかい? じゃあ前にも話した、ムスペルヘイムもご存知なかったのかな? 人類にも周知の事実と思っていたが……」


 ニブルヘイムとムスペルヘイム。それは魔人をして忌避する、禁忌の土地を指している。


「テュポーンの領土は、冷獄ニブルヘイムと言われている。アーリマンの住まう炎獄、ムスペルヘイムと合わせて、地獄と呼ばれる禁断の土地だ」

「じ、地獄か……聞けば禍々しいが、しかし生物が住むとなれば――」

「そういうこと、比喩的な意味だよ。魔人さえいなければ、資源の豊富さも相まって天国といえるかもしれないな。少なくともニブルヘイムの方は、だけどね」


 何やら含みを持たせるが、元の話はロキの強弱。実力は未だ知れないが、寒冷地であるニブルヘイムであれば、ロキの全力を見ることは叶うだろう。


「ロキは魔物の性質が強いんだ。術式の構築は不得手だが、魔力を体に纏わすことはとても上手だ。手合わせはしていないといったがね、狩りをするロキの動きは、とても真似できるようなものじゃなかったよ」


 株が持ち上げったロキはふふんと、得意げに鼻を鳴らしてみせる。


「魔物は言われた通り集めたぞ。これからロキは、どうしたらいい?」

「ロキは正面切ってテュポーンの軍と立ち向かう。奴に宣戦布告はしていないが、民にはちゃんと伝えておけよ。自国が戦時中だなんて、教えぬ訳にはいかないからね。それらはテュポーンの耳にも入るだろうが、そこは致し方あるまいよ」

「それは分かったけど、でもテュポーンとガチンコか……ちょっとだけ怖いぞ」

「いずれはね、でも今すぐじゃない。東方に構える根城まで辿り着ければの話だ。それに私の軍も加わるし、戦力が劣ることはないだろう。加えて我王くんとマルスくん、二人が敵の本丸に潜入する。指示系統が瓦解すれば、放逐しても自滅するさ」


 十をもって十を削るのではない、最小の被害で最大の戦果を上げる。その役割を担うのが我王とマルスの二人の人間。


「進軍は知られてもいい、ロキとの共闘がバレても構わない。ただ一つ、二人の存在さえ未知であればそれで足りる。魔人と魔物の争いに、人類など立ち入れない。その常識が、我々を勝利に導く戦略だ」

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